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マリーゴールドは心に誓う

少し寄り道してマリーゴールドの話です。

 マリーゴールドは一度、ヴァイオレット付きからヴィオラ付きのメイドになってはどうかと執事に言われたことがあった。これから先、身分の高い子息との結婚の望みが薄いヴァイオレットよりも、名家の子息から結婚の申し込みが殺到し、両陛下からも目をかけられているヴィオラのメイドになったほうが、マリーゴールドの将来も明るくなると考えてのことである。もちろん普通であれば喜んで受けるのだが、マリーゴールドは激怒し、自分はヴァイオレット以外に仕える気はないときっぱり言い放った。

 さらにマリーゴールドは、ヴィオラに対してこういう話がきたがこれはどういうことかはっきり言って迷惑であると直談判までしたのである。当然、姉に対して並々ならぬ敬愛を抱くヴィオラがそんな話を知る由もなく、反対に姉のことを軽んじるような発言をした執事に激怒し、二人がかりで執事に詰め寄った話は屋敷内では非常に有名であった。余談であるが、以降ヴァイオレットへの軽率な陰口は激減したということである。

 ヴァイオレットはこの話を聞いて心から胸を痛め、マリーゴールドに妹についたほうが将来が明るくなることを説明したが、マリーゴールドは人目も憚らずぽろぽろと涙を流し、初めてお目見えしてからヴァイオレットに一生お仕えしようと誓ったこと、もしヴァイオレット以外に仕えなければならないと言うなら死すら厭わないことを訴えた。ヴァイオレットはそこまで言うならばとマリーゴールドの想いを聞き入れ、そのまま仕えるということで一応決着はした。

 この騒動のあと、執事はヴィオラとマリーゴールドへはもちろん、自分が仕えるローエンシュバルフ公爵夫妻に説明と謝罪をした。その際、夫妻に対して、なぜマリーゴールドはあそこまでヴァイオレットを慕っているのか尋ねたらしいが、夫妻もただただ首を傾げるばかりだったようだ。




******






「あちらにいらっしゃるのが、ヴァイオレット様だ」


 花に囲まれたガゼボの中で本を読むその姿に、マリーゴールドは息を呑んだ。初めて人を見て、美しいと感じたのだ。腰まで伸びた艷やかなブルネットの髪、透明感溢れる白い肌、華奢な体躯、俯いて髪が顔にこぼれる様子も長い睫毛で影ができる様子、その全てが、一枚の絵画のようで本当にこの人は同じ人間なのだろうかとさえ思った。高貴な方だからという理由では片付かない。先ほどローエンシュバルフ公爵夫妻にも挨拶をしたが、高貴な方独特の美しさはあったが、正直これほどまで心を揺さぶられることはなかった。


「ヴァイオレット様、マリーゴールドでございます」


 美しい少女は顔を上げて、エメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐマリーゴールドに向ける。形のいいピンクの唇が三日月の形に変わり、本を閉じてゆっくりと立ち上がった。所作の一つ一つがとても丁寧だ。公爵家の令嬢だからだけではない。きっとこの人の人柄が多分にある。マリーゴールドは瞬時にそう思った。


「はじめまして、マリーゴールド」


 ヴァイオレットはマリーゴールドに近づき、躊躇うことなくマリーゴールドの手を握る。その掌の暖かさにマリーゴールドは何も言えなかった。孤児院で育ったマリーゴールドにとって、それは初めて感じた暖かさであった。

 親の顔も知らずに育ち、12になった途端にこの屋敷の奉公人になるように言われた。それはマリーゴールドの自立を促す親切のように見せかけた、ただの厄介払であることを聡明な彼女は知っている。貧富の差は縮まらず、孤児は増えるばかり。仕事をもらって追い出されるだけならまだいいほうだ。孤児院を追い出され家も仕事もなく、ゴミ箱を漁って生きている子どもがこの国には溢れている。時には犯罪にだって手を染める。生きていくためではない。お腹が空いて、何かを食べたいからだ。満たされたいからだ。

 貴族なんて、どうせいけ好かない奴ばかりだろうと思っていたマリーゴールドにとって、自分の手を躊躇いなく握りしめ、疑うこともなくにこにこと笑いかけるヴァイオレットは全くの予想外だった。ローエンシュバルフ公爵夫妻も温かく迎えてはくれたが、マリーゴールドの手を握るなんてことはしなかった。そもそもそんな発想もないだろう。それが貴族だ。それなのに……。


「私はヴァイオレット。よろしくね」

「……はじめ、まして」


 声が掠れた。体の真ん中が、じんわりと熱を持つ。初めての経験に、マリーゴールドは戸惑っていた。


「これから」


 そのとき、マリーゴールドの心は決まった。


「これから何があってもずっと、お側におります。絶対に。……ヴァイオレット様」


 この方を何があっても守る。お側を離れるときは、自分が死ぬときだ。この暖かさを、優しさを、美しさを、何があっても傷一つつけさせない。


「ヴァイオレット様、永遠にあなた様にお仕えいたします」


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