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ヴァイオレット・ローエンシュバルフは慕われている

妹と主人公付きのメイドが出ます。


「お姉様」


 ヴァイオレットには、2つ年下のヴィオラという妹がいる。ヴィオラは姉と違い、成長するにつれ賢く、そして美しくなっていった。結婚の申し込みが後を絶たないのに、本人には今のところその気がないらしく、また両親も子どもの気持ちを一番に尊重したいということから、勝手に婚約者を決めるということもしていない。

 そしてこの妹は、大人しい姉とは違い活動家でもある。戦地に自ら赴き怪我人の手当や炊き出しなどのボランティア活動を精力的に行い、学校に行けない子どもたちを月に一度ローエンシュバルフ公爵家の屋敷に集め、無償で読み書きと計算を教えていた。ヴァイオレットはそんな妹を心から誇りに思い尊敬している。そのため、自分のような者と関わることを良しとせず、極力この妹から遠ざかるようにしていた。

 それでも妹はこうしてときどき、どういうわけかヴァイオレットを探し当てて声をかけてくる。今日はわざわざ誰も来ない手入れもあまり行き届いていない屋敷の離れで読書をしていたのに、澄ました顔をしてやって来た。以前一体どうやって見つけるのかを尋ねたことがある。妹は何でもなさそうに「勘」と答えてくれた。

 今日も「勘」で見つかってしまったヴァイオレットに妹はにこりと微笑みかけた。妹が話す内容はほとんど決まって次の通りだ。


「お姉様、来月の勉強会にはお姉様にも参加していただきたいわ。それに再来週には殿下の誕生パーティーが王宮で開かれるそうよ。お姉様もぜひ一緒に行きましょう」


 勉強会とは先で述べた、子どもたちに読み書きと計算を教える例の催しのことである。そして社交の場への誘いも忘れない。ヴァイオレットが本から顔を上げて答えるより早く、マリーゴールドが楽しげな声を上げた。


「それは素敵ですわ! ヴァイオレット様、ぜひご参加いたしましょう。ドレスでしたら今から手配すれば絶対間に合いますわ」


 マリーゴールドは、ヴァイオレットより6歳年上のメイドである。ヴァイオレットが6歳の頃から、ヴァイオレット付きのメイドとしてこれまで過ごしてきた。彼女はヴァイオレットを心から慕っており、いつどんなときでも主人のそばを離れようとしないメイドの鑑のような女性である。


「子どもたちもお姉様に会いたい会いたいとずっと言ってますのよ? それに殿下のお誕生日パーティーだって参加しないと、お父様とお母様の肩身が狭くなりますわ」

「それは……」


 ヴァイオレットは一度、優秀な妹に代わって子どもたちに教えたことが一度だけある。最初は妹の代わりなど務まらないと固辞したが、一生のお願いだと妹に泣かれてしまい、仕方なく一度だけという約束で代わったのだ。

 平凡な姉が代わりということで、ひそひそと心ないことを言う使用人もいたが、元来心優しく賢いヴァイオレットなので子どもたちからの絶賛止むことを知らず、その後もまたヴァイオレットに教わりたいと熱望する子どもたちがひっきりなしに妹に詰め寄るのだという。ヴァイオレットはその話を聞いても、優しい妹が姉を立てるために言っているのだろうと真剣に取り合わず、また、一度きりの約束であることを盾に、引き続き辞退しているのである。

 子どもたちに対しても頑ななので、社交の場などもってのほかだ。両親のことを出されると弱いが、自分が出しゃばることでますます両親の名誉を傷つけることになると言い続け、こちらはヴィオラが泣いて縋っても絶対に首を縦に振ることはない。

 そんなヴァイオレットなので、今回も曖昧に笑うだけで何も言わなかった。ヴィオラもテレジアもいろいろな言葉でヴァイオレットの説得を試みるが、毎日祈るだけの孤独な生活を送っていたローズの人格が残っているのでなかなかの強敵である。心の氷は簡単には溶かせない。もちろんこれは、ヴァイオレット以外は知らないことであるが。


「ねえ、お姉様。どうしていつもそう自分を過小評価なさるの?」

「過小評価じゃないわ。私は本当のことを言っているだけよ。それに世間でもそのように言われているのでしょう?」

「それは世間が間違っていらっしゃるのです!」

「そうですわ! お姉様のように大変賢くてお優しくてお美しい方を、私は見たことありませんもの!」


 ヴィオラとマリーゴールドが大声で憤慨するのを、ヴァイオレットは申し訳なさそうに聞いていた。この二人はどんなときでも、いつも無条件にヴァイオレットの味方をしてくれる。それは大変ありがたいことではあるのだけれど、一方でヴァイオレットにとっては重荷になることもあった。自分はこの二人に何も返すことができないという無力感からである。


「お姉様は本当にお優しくて大変優秀で非の打ち所なんて全くない、私の自慢のお姉様ですわ。目の霞んだ人にはわからないだけ。――また、お顔を拝見しに伺います。失礼いたします、お姉様」

「ありがとう、ヴィオラ」

「マリーゴールド、くれぐれもお姉様のことをよろしくね」

「もちろんでございます」


 ヴィオラは姉の手をしっかり握って微笑むと、背筋を伸ばし颯爽と部屋を出て行った。その美しい後ろ姿をぼんやりと眺めながら、まるで絵画のようだとヴァイオレットは呑気に考えていた。


「ヴァイオレット様、お茶のお代わりはいかがですか」


 そんな思考を断ち切るように、マリーゴールドがヴァイオレットに声をかける。


「いただくわ。ありがとう、マリーゴールド」


 ヴァイオレットは再び本に視線を戻し、読書を再開した。マリーゴールドはその横顔を盗み見、自分にしかわからないようため息をつく。

 どうしてヴァイオレット様は、日陰へ日陰へと隠れてしまわれるのだろう。本当は器量に優れ才覚にも恵まれたお方なのに。

 マリーゴールドは初めてヴァイオレットに見えた日のことを、今でも鮮明に思い出すことができる。身分の低い自分にも決して態度を変えることなく優しく微笑みかけ、自分の手を包み込む掌は暖かく、かけられる言葉の一つ一つから賢さが滲み出ていた。それは今も変わることがない。

 それなのに。

 成長していくにつれ目元を隠すように前髪を伸ばし、使用人が着るような服ばかりを好んで着て、社交の場にも全く出ようとしない。ごく稀に社交の場に出ても片隅でぽつんと佇んで誰とも話さず、たまに話しかけられても無知を装い少し困ったように愛想笑いを浮かべるだけ。挙げ句の果てには、旦那様と奥様がおつけになったお名前をバカにして、すみれのようにどこにでもいるありふれた女性だと揶揄されている。

 マリーゴールドにとって、これ以上腹立たしく、またもどかしいことはなかった。あまつさえヴァイオレットのことをよく知らない使用人までもが、ふざけて彼女のことを茶化すのを耳にするたびに感情に任せて怒鳴り散らしたい思いだった。しかし自分がそんなことをすればヴァイオレットがますます軽んじられてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 いつの日かこの主人に日の目を見せることだけが、今のマリーゴールドの願いであり、目標であり、人生の全てなのである。


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