ヴァイオレット・ローエンシュバルフは拗らせている
タイトルしっくり来ていませんので、修正するかもしれません。
アコニの言い分は次の通りである。
ヴィオラが部屋を出たあと、最近読んだ本の話になった。その本をアコニが読んだことがないことを知ったヴァイオレットが、それを持ってこようと立ち上がったときによろけてしまったらしい。慌ててヴァイオレットを支えようとアコニも立ち上がったが、そのまま二人して倒れ込んでしまった。そこに運悪く、ヴィオラがガーベラを連れて戻ってきた、と。
ヴァイオレットもマリーゴールドも、アコニの言に間違いはないと首を縦に振ったため、ヴィオラはとりあえず剥き出しの牙を仕舞ったのである。そんな物語のようなことがあるのかとガーベラは一瞬疑ったが、貴族のお戯れと自分を納得させることにしておいた。
「……とりあえず、事情はわかりましたわ。私も、我を忘れたとは言え、失言をお許しください」
「とんでもない! 当然のことだと思います。こちらこそ、申し訳ありませんでした」
破廉恥王子、というヴィオラの発言を思い出し、ガーベラは込み上げてくる笑いを堪えるため唇を真一文字に結ぶ。おそらく王子に向かってあんなことを言えるのは、これから先後にも先にもヴィオラだけだろう。それほど、彼女にとって姉が特別なのだとわかる。
ヴァイオレットはヴィオラの言う通り美しい女性であった。透き通るような白い肌に、大きくて優しいエメラルドグリーンの瞳は遠くからでも目を引くだろう。ただし、長い前髪で瞳を隠して顔を伏せ、気配を消そうとしているため、確かに貴族の中では地味に映るのかもしれないが、ガーベラのような庶民にとってはやっぱり貴族のご令嬢にしか見えなかった。着ている洋服も、ガーベラの一張羅よりも高いことは明白であるし、何より所作が身分の高い人のものである。
「えっと、ガーベラさん、とお呼びしてよろしいですか?」
突然名前を呼ばれ、ガーベラは思わず変な声が漏れた。ヴァイオレットがにこりと微笑む。
「はじめまして。ヴィオラの姉のヴァイオレット・ローエンシュバルフです。あなたのことはヴィオラからよく聞いています。とっても優秀なお医者さんなんですよね? 素敵です」
真っ直ぐな視線を受けながら「素敵」と言い切られ、ガーベラは顔が熱くなるのを感じた。
「いやあ……痛み入ります。お姉様も、ヴィオラの言う通り、きれいですね」
「まあ、気を遣ってくださってありがとうございます」
ヴァイオレットは完全にお世辞と決め込み、定型通りの文句で返す。本心だと言う前に、先ほどスコーンを受け取ったメイドがお茶を用意して現れた。ガーベラが持ってきたスコーンも、高級そうなプレートに美しく盛りつけられている。
「来たわ! このスコーン、すっごくおいしいんですの。きっとお姉様と殿下もお気に召していただけますわ。ガーベラのおみやげなんですのよ」
「ちょっとヴィオラ、さすがに大げさだから」
「ありがとうございます、ガーベラさん。楽しみです」
「ありがとう」
ヴァイオレットとアコニに礼を言われ、ガーベラは恥ずかしさに思わずうつむいた。貴族様も王族も、みんな高飛車な者ばかりだと思っていたガーベラは、考えを改めざるを得なかった。少なくとも今目の前にいる次期国王候補と次期王妃候補は、ガーベラが思っていたような人間ではなかったからである。
楽しげに話すヴァイオレットとアコニを見て、ガーベラはヴィオラが心配する必要は何もないと思った。確かに、アコニほどの身分と容姿があれば女性からの誘いは引く手あまただろうが、ガーベラの印象では完全にヴァイオレット以外見えていないことは明白である。ヴァイオレットの本心はよく見えないが、少なくとも今までヴィオラから聞いていたヴァイオレットの様子と比較しても、王子に対してはとても心を許しているように思える。
「ねえ、ヴィオラ」
ガーベラはこっそり、隣に座る友人に耳打ちする。
「多分、そんなに心配しなくても、おねーさまと王子様は大丈夫じゃないかな?」
「えっ? そうかしら?」
「うん。あくまでわたしの予想だけど」
ヴィオラはわかったようなわからないような顔でヴァイオレットとアコニを見る。二人はすっかり自分たちの世界に入っていて、スコーンを食べながらずっと談笑している。とても間に入れるような雰囲気ではない。
ぽけっと二人を眺めていると、不意にアコニが立ち上がった。手には銀の懐中時計が握られている。
「申し訳ありません。そろそろ公務に戻らないと」
本物の王子みたい、とガーベラが呑気に思っていると、ヴァイオレットもすっと立ち上がる。
「お見送りいたしますわ。馬車はお使いになりますか?」
「いえ、大丈夫です。優秀な部下が迎えに来ているでしょうから」
アコニは何の躊躇いもなく、ヴァイオレットの右手を取るとその手の甲に唇を軽く押し当てた。本当にこんなことするんだというガーベラの言葉を聞き流し、ヴィオラは二人から視線を外す。まじまじ見るのは失礼だからと言うよりも、やっぱりどこか悔しいからである。
「お見送りしていただけるのは嬉しいのですが、離れ難くなるので今日はこれで。また手紙を書きます」
ヴァイオレットは何も言わず、ただ頷く。その顔は前髪で隠れてしまい、ガーベラは表情を読み取ることはできなかった。
アコニはヴィオラとガーベラにも挨拶をすると、笑顔で部屋を出て行く。本当に恋愛的な意味ではヴァイオレットしか見えてないことを思い知ったガーベラは、なぜだが自分の頬が熱を帯びるのを感じた。
ヴァイオレットはソファに座り直し、うつむいたまま小さくため息を吐く。その態度がガーベラにとっては違和感でしかなく、思わず何も考えずに言葉が口をついて出てしまった。
「あの……お二人は、婚約されたのですよね?」
「え……」
ところが、ヴァイオレットの反応は、ガーベラの予想とは全く逆であった。先ほどのリラックスした様子が一瞬でなくなり、顔が青ざめみるみる瞳から生気が失われていく。
ヴィオラとガーベラは思わず顔を見合わせ口を閉ざす。ヴィオラにとっても、これは予想外の反応であった。
「そんなに、噂になっていらっしゃるのね」
ヴァイオレットの声は震えていた。
「本当はご友人というのもおこがましいのだけれど、ここまで噂が広まっているなんて、ああどうしてこんなに恥ずかしい思いをしなきゃいけないのでしょう」
今にも泣き出さんばかりの勢いで、ヴァイオレットは両手で顔を覆う。
――あんなに愛されてるのに、なんでこの反応?
ヴィオラもガーベラも、同時に全く同じことを考えていた。
「もういっそこのまま露のように消えてしまいたい……」
ヴァイオレットの美しい瞳から、透明な雫がこぼれた。
「……おねーさま、どうしちゃったの?」
「わ、わからないわ。こんなご様子は初めてだもの」
ヴィオラはチラリとマリーゴールドに視線をやる。マリーゴールドは肩を竦めて苦笑いをするだけだった。
「あの、ヴァイオレット様? 大丈夫ですか?」
ガーベラが声をかけると、ヴァイオレットは涙を拭い顔を上げた。一生懸命笑おうとしている健気な姿に、ガーベラの胸が打たれる。
「ごめんなさい、こんなみっともないところを」
「いえ! えっと、何かあったんですか? お話くらいなら聞きますよ?」
「いいえ。ただ私のような者が王子殿下とあり得ないことで噂をされて、世間から後ろ指を指されているのがいたたまれないんです。それに、王子殿下の評判まで下げてしまうのではないかと心配で」
「え〜? すっごくお似合いでしたけどね」
全く他意もなく、ガーベラは自然に言葉を発する。ヴァイオレットはぽかんとガーベラを見つめた。
「もう、ヴァイオレット様しか見えてない〜って感じでしたよ? 本当に、こっちが恥ずかしくなるくらい」
ヴィオラとマリーゴールドは思わぬ伏兵の登場に、キラキラとした目をガーベラに向ける。ヴァイオレットは返す言葉も思いつかないのか、固まったままである。
「あとは、ヴァイオレット様のお気持ちだけだと思いますよ。何を心配されているのかいまいちわかりませんけど、アコニ王子はどんなときもヴァイオレット様の味方になってくださるはずですよ、きっと!」
ひと呼吸置いて、ガーベラは歯を見せてにっこり笑った。少し恥ずかしくなったのか、頬が朱色に染まっている。
「だって、ちょっと引いちゃうくらい好き好きオーラ出てましたもん」




