帝王国の晩餐・2
やや遅い時間に登城した。普段は陛下が最後に入場するが、今夜は主役として最初から本堂に座り、人々からの祝辞を聞かなければいけない。皇太子が最後に陛下へ祝辞を呈するので、陛下はその後自由に動ける。逆に皇太子の後からは祝辞が出来ないので、貴族達は早く登城しなければいけない。この日に陛下の前に祝辞しない貴族は重病では無い限り反逆者扱いになるので、帝王国の貴族は全員集合する最大イベントだ。
名前を呼び上げられながら本堂に入ると、数百人の目が一斉にこちらを向く。
これが嫌なんだ。
髪の毛が最新の流行りじゃなかったら、ドレスにシワがあったら、バカにされて。
背筋が真っ直ぐじゃなかったら、動きが羽根のように軽くなかったら、鼻で笑われて。
表情が硬いとか緩いとか。声が大きいとか小さいとか。相手がこうとかああとか。
大嫌い。
『チャチャと終らせような、ラン』
隣に立つアズ兄を見上げたら、感情が和らいだ。味方が側に居るだけでこんなに違うと実感する。心強いってこういう事なんだ。足がやっと動いて、会場に進んだ。
『アズ兄、大好き』
念話でそう伝いながら、ちょこっと微笑んだ。会場の群れがどうでもよくなった。
『公の場でもそんな事言われると我慢出来なくなるぞ』
『何の我慢?』
とぼけて聞くとアズ兄は色気に満ちた笑顔を返した。
『知りたいならもう一回言ってみろ』
『破廉恥な事はダメ』
『破廉恥な事だと思っちゃうランが一番破廉恥だが』
『経験済みだから』
『まだ経験していない事だったら?』
念話で耳囁く感覚が出来ると知らなかった。頬が徐々に赤らんでいる。
『駄目だ。はぁ、早く姉貴に挨拶して帰ろう。こんな可愛いランを野郎共の目に入れるのは許さねえ』
『問題ないわ。私の目にはアズ兄しか入らないよ』
『ック』
念話でそんな音も出せるって、やっぱりアズ兄は天才だね。
いつの間にか私達は帝王の座の前に着いた。相変わらず綺麗な魔帝王様は珍しく角を細かく調整して冠の形にした。王座と似てて茨と花の組み合わせは可愛らしい筈なのに、真っ黒だと雰囲気は一気に厳しくなる。服装は勿論透けていたりチラリズム満開の楽々スタイルではなく、きっちりした魔帝王らしい黒をベースにした大礼服。最高品質と一流の仕立ては純金の刺繍や服飾品が一杯で、重たそう。パンツスタイルなのに、上着の縁は足首まで続いて、スリット入りのドレスにも見える。
深くお辞儀しながら私は挨拶した。
「即位から7年目に入り、おめでとうございます。私、ミランネ・セリカ・デゥ・ストロイは末永く陛下の治世が続くよう、忠誠を尽くして陛下を支えます」
「ありがと、ミランネちゃん」
いつになく生気のない返事が返ってきた。相当疲れてるわね。昼からずっとそこに座っているに違いない。学生達や文官達は十人単位で早くから挨拶しないといけないから、多分今日は数千人の挨拶を受けている。これが嫌で王族なんてなりたくないと心の底から思ってしまう。
その場から離れる前に、アズ兄は私の隣でお辞儀をして、同じ言葉を放った。その美声が本堂に響き、今夜最後の挨拶だと判る。
ギリギリセーフでギリギリアウトな行動。夫婦であるならば一緒に挨拶してもいいが、まだ婚約者のままであれば、各々別に挨拶しないといけない。正式に私が魔帝王様の前から下がってからアズ兄が挨拶しないといけない。
「ありがと、アズール。これからは晩餐を楽しむといいね」
最後は魔帝王自身の行動確認だね。
「はい。有難う御座います」
アズ兄のエスコートで立ち去ると、王座の前に一人の男性が現れた。
「陛下、最初のダンスは私で良ければ」
ゴーデン・ピュパーシ、アバエン公爵の三男坊で、帝王国の非公開魔法ランキング第三位。魔素量なら私より遥かに上。庶子だが、その魔法才能と整った見た目で正式にアバエン家の三男となった。
「…よろしい」
彼のエスコートで魔帝王が本堂の真ん中に移ると、オーケストラの音と共に他の貴族達の呟きが耳に入ってきた。
「絵になるわ」
「やっぱり、陛下に一番相応しいのは彼だ」
「年内に婚約発表かもしれないね」
確かに高貴な雰囲気を満開している。そして、絵になるカップルに違いない。でも、見ていると心地悪いと感じるのは私だけ?猫を被りすぎて魔帝王様は魔帝王にしか見えなくなる。もうナタリヤお姉さまの一欠片も残っていない。自分の過去にハマり過ぎてちょっと辛い。
『あいつ、ビビっているくせに。目も合わせられないとどうやって姉貴と恋仲になれると思ってんのかさっぱり分からん』
『え?』
『大丈夫、姉貴はあんな弱い男を選ばない。無理矢理コネで配偶者になっても、初夜開始一分で死んじゃうから』
『何の下衆冗談を言ってんの』
『本当の話。ランは知らないけど、継承戦中に姉貴が婚約した事がある。元帝王の次男と。姉貴より弱かったが、まぁまぁ釣り合えるじゃないかなと周囲が思った。が、詳しく知らないけど、ちょっとエッチな事したら彼が死んだ』
『陛下の魔波が感情に左右されるからね…』
『そういう事。ピュパーシは姉貴と手繋げる事だけで皆から褒められる。普通の貴族なら一発で気絶するからな』
『同情してしまったわ…あれ』
『何』
昨日、確か魔帝王様は先生の腕を引っ張って飛んだよね。彼は慌てたけど、そんなに大変そうに見えなかった。
そう伝えると、アズ兄は苦笑いした。
『主と似ているかも。ランだって前に姉貴に抱き締められても平気だったよな』
横目で野心家が見えたのか、アズ兄は私を本堂の真ん中に案内した。
『俺等にも虫が寄ってきそうなので、ちょっとぐらいダンスしよっか』
体を寄添い、いつものようにアズ兄の腕に包まれ、人前でこんな事していいのかとつい疑問が浮かぶ。
アズ兄も同じ事を考えたのか、間近で微笑みながら耳に囁く。
「ダンスの存在に感謝しなければ」
生美声攻撃はしないでくれ!本気で照れる。
音楽に乗って、踊り始めた。今までそんなにダンスに興味がなかったが、必須の教育として叩き込まれた。そのおかげで階段を登るぐらいの感覚でほぼ無意識に出来てしまう。
なのに、妙に緊張する。
アズ兄の顔が近い。キスを迫るぐらい近い。その唇の寸前まで来て、頬に息が触れて、つい目を閉じてしまいたいぐらい近い。
「こんなに反応されると、ついやってしまいそうだな」
ワザとだね。睨みたいけど、目を合わせられない。
『アズ兄の意地悪』
腰にある手でさらにきつく抱き締められた。息が出来ない。心臓も爆発しそう。元第2王子はこんな感じで亡くなったのかも。私だって死んじゃうよ。
「曲、終わっているよ」
だから囁くのを止めて〜
「アズール、ちょっとミランネちゃんを貸して」
ようやく解いたと思ったら、違う人が腕の中にいた。
「ハハ、びっくり顔まで可愛いって、罪な女だね」
一ヶ月前に初めて見た、男体化した魔帝王様が目の前にいる。
「姉貴、悪ふざけはーー」
「わあっているよ、アズール。そんなに焦らないで。ちょっと話をしたいだけだ」
そして、私にニコッとして、喋った。
「ミランネちゃん、一曲いかがですか」
久しぶりにアズ兄の甘攻め!
毒々しいシーンは少ないので、ギャップ足りないかも知れません。ギャップな程でも無い気もしますが。
そして、先生は朝帰り…




