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なんか自分のペースでお賽銭箱まで歩いたら封印されていた可愛い幽霊救ったんだけど

作者: 僕と久保

 あの時期の俺は、とにかくいろいろとついていなかった。彼女には振られ、そこそこうまくやっていたサークルのバンドからは見捨てられた。ついでにサークルから永久追放も受けている。

 まさに、行く当てもない子猫といった有様だ。尤も、俺は犬派だけども。



『あなた、歩くのが速すぎるのよ』


 元カノから振られた決め手は、この一言。元カノ曰く、俺の歩くスピードや歩幅が著しくハイだったらしい。それについていく彼女が億劫に感じ、俺と別れた。結論だけ抽出すれば、こんな感じだ。

『なんで独りよがりな歩き方なの?』

 どうせ別れるからこの際言ってやろうという気概をじりじりと感じる中、俺は彼女の猛烈なダメ出しを一身に浴びた。気遣いがなっていないから始まり、周りを考えないその他諸々。すべての有難いご意見お言葉を一言に集約すれば、「お前の歩くスピードが気に入らない」である。元カノはお世辞にも背は高くなかったし脚だって長くなかった。だから俺の歩幅とは合わなかったのだろう。二人三脚なら、彼女が終始地面に擦られてもみじおろしになっていたかもしれない。そうした事件を未然に防いだのだ。元カノは、自己防衛能力に秀でているのかもしれない。

 ただこれだけは言わせてほしい。元カノは脚は長くなかったが胸はあったし顔はよかった。俺が交際していた理由も、それに尽きる。

 で、ある日いきなり別れ話を切り出された。理由は前述を参照されたし。

 そもそも一言モノ申したい。俺は俺の気持ちいいテンポで歩いているのだ。人によっては室内温度25度でも熱く感じる人だっているし29度でも寒いと感じる人だっていていい。俺にとってはそんな価値観で、俺の中で最もしっくりくるスピードで歩いていたにすぎない。自分の最も気に入った靴で、この上なく心地よく感じる速さで足を前へ押し出し、最上級に心地いい風の切り方をしていただけだ。それを配慮の欠如や独りよがりなんて言われるのは、誠に遺憾の極み。千万億丁の不躾と言ってもよかった。多様性の意味を、今すぐ辞書で調べろ。

 しかもその元カノ、実際ヤッたこともないのに「セックスだってどうせ独りよがりでしょ」という捨てセリフまで吐いて俺との交際を打ち切りやがったのだ。やったことないのになぜわかるんだ俺はすごく相手のことを思いやるし女性を思いやって事の及ぶぞ実際やっていないお前に言われる筋合いはないと三時間ほど問い詰めてやりたかったが怒涛のダメ出して放心状態の俺は何も言えず、「あ、うん」としか言えなかった。これが俺だと思うなかれ。いつもはもっと毅然と、理路整然と相手と話す男なのだ。きっとそうだ、そうだと思いたい。

 そんなある日のことだ。俺は、幽霊にあった。

 なんてことを言うと相当に奇特な目で見られるのだが、そこはそういうものだと思ってご理解いただきたい。何せ現に、俺の後ろでソイツがついて回っているのだから。そこは現実として、俺の中でも受け止めておきたい所存だ。

「すごく汗かいてるけど、大丈夫?」

「おかげさんで滂沱の汗だよ」

 後ろから投げかけられた、俺にしか聞こえない声にこたえる。周囲から見たら、俺が独り言を垂れ流すやばいやつにしか見えないだろう。俺みたいなやつが俺以外にいたら、多分救急車で精神科を呼んでいる。世の中とは、得てしてそういうものさ。

 で、なぜ俺がそんな目に合っているのか。それに関して少々冗長な回想を挟みたいと思う。分かりづらいかもしれんが、ご容赦いただけば重畳だ。



 バンドから捨てられた。『お前のテンポ早いんだよ』と、情け無用に見捨てられてしまった。「お前セックスでも自分だけ張り切って腰振るだろ」とリードボーカルに言われて、怒りのあまり以前宅飲みで酔った際に勢いで撮ったリードボーカルの全裸ダンス動画をLINEのグループに晒し上げた。そんなことをしたせいか、俺はバンドどころかサークルにすらいられなくなった。俺としてはハンムラビ法典的に侮辱を侮辱で返しただけなのだが、それがよろしくなかったらしい。とにもかくにも、一年近く馴染んでいた居場所から無慈悲にも放り出された。彼女からも振られ、慰めを当てにできない。気分はさながら、トラベルバッグすら持たずに異国にぽつんと立った異邦人だ。これからどうしようと、何のヴィジョンもなく神社へ立ち寄る。こんな不幸が続かなければ、俺は神社へ行くこともなかっただろう。蒸し暑くじっとりとした湿気が俺の肌をべろりと舐めあげる中、58段を自分のテンポで駆けあがる。普段ならこんな苦行、絶対に御免だ。

 五円玉を数枚放り投げ、手を合わせる。「俺と同じくらいの歩幅で歩けて顔もよくて胸も標準より大きくて声が可愛い彼女ください」と、今になって考えると欲望のミルフィーユを5円玉三枚の述べ15円で祈った。

 祈った顔を上げると、少女がいた。しかも、宙に浮いている。

 しかし顔はいい。胸だってある。何より顔がタイプだ。可愛い。子犬系だ。茶色のショートボブや大きな目が愛くるしい。顔立ちも整いすぎずに、されどバランスのいい愛嬌を抱かざるを得ない顔立ちだった。正直なことを申し上げると、ど真ん中だ。

「私が見えるの?」

 少女の問いに対し、熱さも忘れ、俺は首肯する。確かのあの瞬間、俺はこの世界ではないどこかに立っていた。顔やスタイル、加えて声までストライクゾーンな少女に巡り合ったからだろうか。あらゆることを、少女以外のすべてを認知できなくなっていた。

「私、幽霊なんだけど」

 まあ浮いているもんな。俺はびっくりするほどの冷静さで内心頷き、「大事なのは内面だよ」と、いかにも高校時代のもてない男子みたいなことを切り返す。

「私、変な幽霊なの」

「俺達からしたら幽霊は全部変だぞ」

 我ながらごもっともなお説に、彼女は首を振った。

「私ね、この神社の階段58段を19秒で駆けあがって鳥居をくぐって8秒でお賽銭箱にたどり着いた人以外には封印を解けない幽霊なの」

 本当に変な幽霊だなお前。


 そして話を聞くに、封印を解いた俺について回るらしい。なんというか、ノリで餌を上げた犬にすごく懐かれたような気分だ。しかし、振り払えるものでもない。

「自分で性処理するときは、見ないふりするから」

 そうじゃない。

「嫉妬で他の交際相手を呪い殺すとかしないから」

 そうでもない。

「俺さ、歩くスピードが速いからお前のこと置き去りにするけど」

「あ、そんなこと」

 俺の深刻なお悩み相談をそんなこと扱いし、彼女笑う。

「私さ、宙に浮いて移動するし障害物もすり抜けるからそこは心配しなくていいよ」

「そりゃよかった」

 俺は笑う。

「まあ俺も、最近サークルで浮いてるんだけどな」

 したり顔のジョークに、彼女は目を逸らす。

「あっ……うん」

「嘘でもいいから笑ってくれよ」



そんな彼女との付き合いも、かれこれ四年目に突入しつつある。

 それでは聴いてください。

 新曲、『なんか自分のペースでお賽銭箱まで歩いたら封印されていた可愛い幽霊救ったんだけど』。




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