インベイダー
彼女の名前はプロヴィアス=マミヤ=ド=モモコ、若干七歳にしてベテルギウス連合艦隊の指揮を執る提督であった。
今までに撃墜した巨大メリタ星人の数、実に3270。歴代最高と言われたその撃墜数は未だに破られる事はない。まさに殿堂入りと呼ぶに相応しい彼女であったが、今日もその記録を更新し続ける。
そんな彼女の一日を、僕はここに記そう。
「提督……ご決断を!」
通信席に座る太ったアカサカ中尉がハンカチで額の汗を拭いながら、ブリッジに響き渡る声で叫んだ。
「あのね、こうぎゅーんとやって、バーン! ……わかった?」
無邪気に椅子に座る彼女が、とても明確で聡明で天才的かつ実直でありと広辞苑の中からあらゆる賛辞を並び立ててもなお足りない決断を下す。
「がってんしょうち!」
アカサカ中尉はありとあらゆる計器を操作し、各戦闘機に的確に命令を伝達する。
「あー、あーこちらコントロール、コントロール。フォックス1聞こえるか!」
「フォックス1、どうぞ」
我が艦隊のエースパイロット、アオキ少尉の駆るフォックス1は、もはや戦闘宙域に到着していた。
「ぎゅーんとやって、バーン!だ、どうぞ」
「こちらフォックス1、中年の脂ぎった擬音では何も伝わらない。どうぞ」
「……デブリを壁にして敵を殲滅しろ!」
「了解」
フォックス1のエンジンが唸る。止まっているように見えるのは、あくまで相対性の問題だ。実際は音速を超える速さで進みながら、華麗に横移動を繰り返している。
巨大メリタ星人は何の予備動作も無しに全身から体液を放出する。かすっただけでも機体が壊れる、最強最悪の必殺技だ。こいつのせいでベテルギウス連合の板金屋が大儲けしたことは言うまでもない。
だが、そこはアオキ少尉だ。機体が溶解液に触れるスレスレで回避し、巨大メリタ星人に次々とレーザーを浴びせていく。
「くたばれ、一つ穴野郎!」
プロヴィアス=マミヤ=ド=モモコ提督の撃墜数のほとんどはこのアオヤマの撃墜数なのだが、七歳なので仕方がない。むしろアオキはそうなる事を望んでいた。
「俺、この戦いが終わったら……!」
アオキが被弾する。それから爆発。
表示されるゲームオーバーの文字は、今日の敗戦を教えてくれた。
「あ、ママ!」
乾いたカウベルの音とともに、プロヴィアス=マミヤ=ド=モモコ……じゃなかった。間宮桃子ちゃんのお母さん、間宮菜々子さんがやってくる。もう何年か旦那と死別したせいで、こんな夕方まで働かなければならない。
だから、学校が終わってから僕の経営する喫茶店は彼女との待ち合わせ場所になっていた。営業をサボっては良く来る赤坂も暇な大学生の青木も彼女の相手をしてくれた。
そして何と言っても彼女の目当ては、当店自慢のインベーダーゲーム。お金は僕が設定をちょろまかしてもらわないようにしている。依怙贔屓だと言われるが、桃子ちゃんが暇になるよりよほどいい。
「ごめんなさいね緑山さん……その機械、お高いんでしょう?」
「いえいえ、桃子ちゃんのためだからね」
美人だなあ、菜々子さん。
「それじゃあ、またお邪魔しますね」
「ママ、きょうの晩御飯はなーに?」
「うーん、なににしよっか」
暖かな家族の会話を眺めながら、僕はいつまでも手を振った。それが気に食わない常連客がなんとこの店には二人。
「抜け駆けはいけませんなあ、自分だけ愛のハイスコア稼ごうというのですか?」
「そうだよ、俺だって憧れてるのに」
もちろん赤坂と青木だ。
「ねえマスター、ところでこのゲームまだやっていい?」
「そうそう、さっきはちょっとミスっちゃって」
ニヤニヤと笑いながら、二人が似たような事を聞いてくる。
だから僕はため息をついて、いつものようにこういった。
「その前に、ツケ払ってよ」