第四話 妖怪の始動
「何があった!」
悲鳴が聞こえたのはギルドにある資料室。少しでも情報を、と職員が資料を運んでいたはずだが。
近くにいた冒険者達が向かうと、腰を抜かして這って資料室から距離を取ろうとしていた職員がいた。
「で、でっかい生首がっ! 資料室ででっかい生首が現れたんだ!」
職員を仲間に預け、冒険者たちは各々の武器を抜いてゆっくりと扉を開くと……。
そこには何もいなかった。念のために部屋中を探すがそれらしい姿も、何かが移動できるような穴もなかった。
「見間違いじゃないのか?」
「ほ、本当なんだ! 扉を開けたら人よりもでかい生首が居て、しかも生きていたんだ!」
生きている生首なんて見たこともない。しかも人よりでかい生首が資料室に人知れず入って、誰にも気づかれずに出て行くなんて不可能だ。
きっとカロ山脈の魔物出没の情報で緊張のあまり錯乱したのだろう。
だがそれを迷惑だと思う者は誰一人いない。カロ山脈の魔物の話を聞けば誰だって錯乱するくらいはある。
その職員は少し休ませることにして、冒険者たちはすぐにカロ山脈の魔物の話に戻った。
その時に一人だけ、ふとおかしなことに気が付いた。
壁に映る影が一つ多かった。しかも明らかに一つだけおかしかった。
どの影も人の脚から伸びているのに、一つだけはまるで壁にそのまま映っているかのように元が無く、集まっているのは男だけなのにその影はどうしても女に見えた。
不思議に思いジッと見つめていると、影も見つめられていることに気づいたのか、その冒険者に手を振って天井へと昇って行き、消えた。
影が消えるのをずっと見ていた冒険者は今の現象がなんなのか首をひねり、少ししてからようやく理解した。
自分は疲れているんだ。
その冒険者は職員と共にしばらく休むことにした。
「全く、冒険者の連中何を騒いでいるんだ」
場所は冒険者ギルドの向かい側。主に傷などを治すポーションを販売する薬屋。
主な客は当然冒険者、そのため冒険者ギルドの向かいと言うのは薬屋にしてみれば最高の立地なのだが、如何せん冒険者がうるさすぎた。
大物を取ったら騒ぎ、男と女がくっついたら騒ぎ、何にもないけど騒ぐ。
店主である猫型獣人ミミリナ二十二歳(独身)にとってそれらは立地の好条件を上回る、最悪な環境だった。
三日前には昔からパーティを組んでいた二人組が結婚すると言う話になり、つい毒性ポーションを投げ込もうとしたほどだ。
どうせ下らない理由だろう。
何の騒ぎかは分からないが、すでに日は沈み客になる冒険者は来ないと判断したミミリナは早々に閉店にする。
店内の清掃にポーションの劣化具合の確認。ポーションの在庫の確認に材料となる薬草の発注。閉店してもやることはたくさんある。
さっさと終わらせて帰ろう。
掃除を慣れた手つきで終わらせ、ポーションも僅かに嗅いで劣化具合を判断。危なそうなものは半額にする。次に在庫のチェックへと移るとき、ふとおかしなことに気づいた。
目の前のポーションが震えていた。先程まで止まっていたはずなのに、最初は小さく、次第に大きく震えだした。
それに呼応するように家全体が震えだした。
ミミリナは過去に一度だけ同じ現象を体験したことがあった。
故郷から見える山の麓にある用事(見合い)で出かけ、帰り(断れた)に時に宿ごと揺れ住人達は慣れた様子で外へと避難していた。
「地震、だったか」
最悪建物が倒壊すると聞いていた。ミミリナは猫型獣人特有の俊敏さで店外へと脱出する。
きっと外では冒険者が騒いでいるのだろう、と憂鬱になりながら。
しかし外に出るとそこには、誰もいなかった。
それに地面も揺れていなかった。皆にいたときはあれほど揺れていたのに。
「ミ、ミミリナちゃん! ちょっと来ておくれ!」
不可解な現象に呆然としていると三つ隣の宿屋のおばさんが呼んできた。慌てた様子だが地震の影響のようには見えない。
「どうしたんですか?」
「でっかい顔がボンッ! ってあったのよ! ミミリナちゃん元冒険者でしょ! 助けておくれ?」
はぁ? 訳も分からず宿屋に向かえばそこには何もなく、おばさんも首を傾げた。
何か変なことが起きているのか、幻覚でも見たのか分からないがミミリナは一度店に戻ると。
棚に並べていたポーションが床に落ちて全滅していた。
幻覚ではなかったようだと思うと同時に夢であってほしいと願った。
『大首』
人以上にでかい生首。大かむろ、と同じだったり別だったり? 人を驚かすだけの妖怪。無害ともいえるが、目の前に自分よりでかい生首が現れたから怖いし、驚くし、心臓に悪い。しょうもない妖怪だがそれこそ妖怪でもある。
『影女』
女の影。以上! 特に何かするわけでもなくいるだけ。しかし何故影だけで女だと思うのか。ある意味二次元の女。どこかの井戸から這い出てくることはない。妖怪として影が薄い。影の妖怪のくせに。
『家鳴』
家を揺らして驚かせる妖怪。もしその家が姉歯建築だったら……。家だけを揺らすので別に地震を起こすわけではない。家を揺らせるのだからかなりの力があるのかもしれないが、家鳴は家の中で最も激しく揺れている場所にいるのだから見つけやすかったりする。
『ぬっぺふほふ』
変な名前の妖怪。一頭身の肉の塊で顔と皺で判別がつかない。一説には臭かったり、足が速かったり、肉を食べれば不死になれるとも言われている。驚くことに徳川家康の元に現れたこともある。結局良く分からない妖怪。