第十三話 懲悪
「今日起きたらと枕が縦になってたのよ」
「あらそれ、枕返しじゃない」
あの古文書が正式に発表されて以降、枕返しが活動を始めた。
最初こそ始祖龍に関連する話題と期待されたのに対し、内容がしょぼいと評判は良くなかったが、実際に被害を受けると一変して好印象に変わった。
まず実被害なく、起きて初めて知れること。そのおかげでサンタのプレゼントのような扱いを受けている。枕返しの被害に遭えばその日は運が良くなるなど、流行のようなものまで出来始めている。
妖怪としては大成功と言っても過言ではない状況で、ぬえは抽選の日を思い出しては臍をかみ、というか実際に布を噛んで悔しがる古典的表現をしていた。大老に向かって。
「すまん、何をしているのか分からん。妖怪の習慣か?」
「悔しがるって表現なんよ。キィーってつけた方が良いん?」
キィーと目の前でやって見せ、大老はどう反応したものか困ったような顔をした。
どうやら受けが悪いらしい、ぬえは早々に悟って布を食べると本題に入った。
「始祖龍の換金終わった?」
ぬえが来た理由は金の無心。と言っても正当な報酬であり要求するのは間違いではない。ただ他の妖怪に知られないように一人こっそりと来て、金を貰おうとするぬえの行動は問題だが。
それを知らない大老は用意しておいた袋を取り出した。
「ミミリナへの賠償分と必要経費を引いた、始祖龍一匹分の金じゃ。他の二匹はまだ売れん。というのも金持ち連中が金を集めている最中でな。ここで売り払うより待った方が金額は跳ね上がる」
一匹、ということで首を傾げたぬえだが大老の思惑を知ると納得して頷いた。しかしそれなら気になるのは何故一匹だけ売ったのか。……誰に売ったのか。
「もしかして大老が一匹買った?」
「わしではなく冒険者ギルドだな。始祖龍の素材など今まで誰も手に入れたことが無いため大変貴重だ。だから大々的に宣伝しオークションを数か月後に開くことになったのだが、さすがにそうすると始祖龍の素材がカラルに残らない可能性も出てくるのでな。念のために一匹だけは冒険者ギルドで買い取らせてもらった。駄目だったか?」
別にどうでも良かった。むしろ本来なら数か月後に入る金が少ないだろうが早く手に入ったのだ。誰にもばれずに、ぬえとしてはありがたいことこの上ない。
「分かったんよ。そっちはそっちでお願いするんよ。ところでこれって大金? それともお小遣いくらい?」
渡された貨幣には何かの刻印が入っているものの、国なんぞ知らないし金相場など考えたこともない。
ぬえからすればこれは金、これは銀などと分かる程度。
「そうだな、一般人からすればその袋を後生大事にし、どこかに隠せば四六時中見張っていたい程度の金額は入っている」
つまり結構な大金。そう理解したぬえはセンキュー、と感謝の言葉を述べて窓から飛び出して行ってしまった。
外からは何ら反応が無い。つまり何らかの手段で騒ぎにならないように出て行ったと言うことだ。無駄に高度なことをしている。
とはいえ、これで重荷が一つ下りたと安堵し仕事に戻ろうとした時。
「ん? 君は」
ついこの間見た顔がいつの間にか部屋にいた。
宵越しの銭は持たぬ、一気に金を使い果たそうと良い店はないか探していると、ふと店から出てくる妖怪を見つけた。
「座敷童なんよ。いま活動が許されているんは枕返しだけなんよ?」
「げっ、ぬえ。別に活動はしてないわよ。今は店のリサーチ中よ。どの店が良い店か、店主の性格は。あんたみたいに適当じゃやっていけないのよ。今から調査しないと次に活動できるようになっても間に合わないの」
ぬえなどは単純に姿を現し行動するだけで良いが、座敷童などは家に憑りつき栄枯盛衰を取り扱うことになる。その家が道を外れず善行を積み続ける限り座敷童は出て行かない。というよりも出て行けない。例え世代が変わろうともそれは同じ。逆に道を外れたり悪行を重ねればどれほど居心地が良くても出て行く。
家を盛り立てたり廃れさせるのは座敷童の妖術だが、住み続け出て行くに関しては外から課せられたルール、呪いに近い。
過去に犯した罪ゆえに。
「はっは、今度は調子に乗らんように気を付けるんよ? あ、そうなんよ。この辺りで珍しい店ってあるん? 高くても良いんよ」
「良く分からない注文ね。とりあえず思い当たるのはまっすぐ行ったところにある紫色の屋根の店ね。魔法具専門の店よ」
魔法具、この世界独自の道具。座敷童に礼を言うとぬえは魔法道具専門店へ走って行った。
しばらくすると大きく豪華な装飾が施された紫色の屋根を発見。店前には一人屈強な警備と思われる者までいた。
好奇心の強いぬえはそのまま店を直撃、したかったが入る前に警備に肩を掴まれ止められた。
「小僧、ここは遊び場じゃねえ。とっとと帰んな」
「こんだけじゃ足りん?」
大老に渡された袋の中身を見せると一瞬驚いた顔を見せ、すぐに手を離して。
「失礼しました!」
頭を下げ、扉を開けた。そして見える店内には水晶やら檻やら怪しい物が置かれていた。
警備の反応を見る限りこれらを複数買う程度の金額はある。ぬえは店内に突撃し。
「婆、予算はこんだけだ! 商品の説明を頼む。買うと言ったら商品分取ってくれ。ちなみに、ぼったくろうとすれば祟るからな」
僅かに妖力を漏らして店長と思われる老婆を威圧、その後老婆の説明の下魔法具を購入して行き最終的には店に置かれていた半分近くの魔法具を買った。
映像を収める水晶、中にいる生物から力を奪いより強固になる檻、使い捨てだが前もって設置した札の場所に飛べる札、見た目以上の圧倒的な容量を誇る袋等々。
どこかで見たことがありそうなものから、見たことのないもまで気に入った物を購入し、受け取った金を使い果たした。
しかし手に持つのは袋一つ。
異世界なんだと、今更ながら感じたぬえは日も暮れない内にマヨイガへ帰還する。
「……囲まれてるんよ」
気が付いたのはカルの森とマヨイガの境界線辺り。周囲には霧が立ち込め腕を伸ばせば手が見えないほど。
後もう少しで霧が晴れマヨイガと言う所辺りだろうと目星を付ける。
マヨイガまで走るか、それとも霧に紛れて相手を撒くか。ぬえは考えていると前方から気配を察知した。
「三、いや四。後方には一。誰なんよ」
カルの森から迷い込んだ冒険者かと思ったがすぐに可能性から外す。マヨイガの霧は慣れていない者では前に進むことすら難しい。集まって動くなど困難極まりない。
ならば候補に挙がるのは。
「ぬえ、ようやく帰ったか」
妖怪だ。
「がしゃどくろ。それにいっぽんだたらに牛鬼。後ろには雪女までいるんよ。どうしたんよ? もしかして迎えに来てくれたんよ?」
「迎えか。そうとも言えるな。ずっと帰ってくるのを待っていた」
何とも嫌な予感がした。ばれないように逃げ道を確保しようと左右を確認するが見えるのは霧のみ。
「枕返しが帰って来てな。ぬえが金を貰ったと言うのだ。なら当然その金は妖怪の全員のために使われるべきもの。しかしその金を持つぬえは帰らない。心配にもなる」
「おお、心配してくれるとはありがたいんよ。でも大丈夫、この通り怪我一つなく戻ったんよ」
「心配したのは金だ」
容赦ない言葉。ぬえはさすがに自分の置かれた立場を理解した。
相対するはあまりに無謀。なら取れる行動はただ一つ。
「金はあるのだろうな?」
「今からとてつもなく良いことを言うんよ。良く聞くんよ? 話せばわかる」
「問答無用!」
直後に反転。後方には気配が一つしかない。その妖怪を避けカラルまで逃げれば寿命が僅かに伸びる。
痛いのは嫌だ。ぬえはその一心で逃げ出そうとしたが。
「げぇ! ぬりかべ!」
目の前に現れたのは通せんぼの達人と異名のあるぬりかべ。足を払えば消えるが払うよりも早く追いつかれた。
もはや逃げ道は無い。
「人道的対応を要求する」
「残念、妖怪道的対応だ」




