第十話 とりあえず家鳴が悪いんよ
妖怪の集合と妖怪会議の関係で外はすっかり夜となっていた。
夜行性の魔物が徘徊するのか、ぬえと拉致された風狸は平然とカルの森を歩いていた。
「全く信じられんのよ! 最大の功労者を追い出すとかありえんのよ」
「きゅー! きゅー!(信じられんのも、ありえんのもお前だ! 勝手に連れてきやがって!)
可愛らしい鳴き声で抗議する風狸だが、怒った様子のぬえの耳には届かない。届いたとしても無視される。
何とかぬえの腕から逃げようと風狸は身をよじるが逃げ出せず、運良く出れてもすぐに叩かれて死に、風が吹いて蘇ればすでにぬえの腕の中、を先程からずっと繰り返していた。
そしてついにカラルまで着いてしまった。
魔物用の高い城壁をあっさりと飛び越え、潜入成功。とはいえ、今回のぬえは人型で風狸も狸に似た動物にしか見えずあまり人目を気にする必要は無い。
堂々と大通りを歩きミミリナの店に向かう。
途中で迷って近くの猫に道を聞きながら。
「ミミリナ、いるん?」
夜、ということもありミミリナの薬屋は鍵が閉まっていた。なのでぬえはノックしてから反応を待たず、妖術で鍵を開けて堂々と店に入った。
あまりの図々しさに風狸は顎を閉じずぬえを見上げるが、そんなことは気づかずに奥へと進んでいく。
「え? 誰? 今日は閉店何ですけど。というか、鍵かけてなかった」
「いたんよ。ミミリナ、協力してほしいんよ」
「協力? 私に? あれ、どこかでそんなことを言われたのような」
話通ってないのか? と風狸がぬえを睨むと、首を傾げたぬえだがすぐに事態を理解したように手を叩いた。
「この姿は初めてみせるんよ。人の姿だけどぬえなんよ。こっちは風狸なんよ。ミミリナ分かる?」
「ぬえって昼間の……。ええ! 戻ってきた!」
何で、とばかりのミミリナの驚き様にぬえは顔を歪め、風狸はぬえがどんな行動をとったのか想像してため息を吐いた。
ミミリナの反応があまりにもお世辞にも歓迎しているように見えなかった。好意的な反応が一切なかった。
「そうそう、昼間のぬえなんよ。ミミリナに協力してほしくて戻ってきたんよ。あ、こっちの風狸はおまけだから気にしないで良いんよ。むしろ上げる」
それなのにぬえは一切気にせず、むしろ図々しく抱きかかえていた風狸を前に出して渡そうとする始末。
怒った風狸がぬえの手を噛みつくが、器用に噛みついた部分だけ鋼に変えて防ぐ。
が、その程度無視して噛み砕こうとする風狸。比較的無害に見えても妖怪なのだ。
「いや、いらない。というか、今人が来ていて」
「風狸はいらないって。で、人が来てるん? 出直すのも面倒なんよ、だから隠れてて良いん? 話し終わったら現れるんよ」
消えたり現れたりするのは妖怪の十八番。何ら問題ないとミミリナの返答も待たずに姿を隠そうとするぬえだが、それより早く奥から人が現れぬえに声を掛けた。
「いや、隠れる必要は無い。丁度君とも話をしてみたいと思っていたんだ。ぬえ君?」
「大老!」
冒険者ギルド代表。カラルの街を代表する一人。通称大老。
カラルでこれ以上にいない偉い人だった。
「つまり、被害の調査をしていてミミリナの店に来ていたんよ?」
「ああ、基本的な被害は驚いただけで済んでいるのだが、ミミリナ君の店だけは酷くてね。ポーションが全滅したと言うではないか」
すでにどんな状況だったのか話を聞いているぬえらは家鳴の犯行と分かっていた。そしてその家鳴はすでに冷凍刑に処され罰は終えている。
問題はミミリナの経済状況に深刻なダメージを与え、店を開けるのが当分難しいと言うこと。また開けられても以前ほどポーションを用意するのにまた時間が掛かると言うこと。
しかしそれは冒険者ギルドとしては非常に困る。金を貸してでも近いうちに開けてほしい。
そこに丁度犯人と同じグループに属する者が現れたとすれば。
「なるほど、損害賠償請求なんよ」
「まあ、そうとも言える」
犯人は家鳴であり、自分たちは関係ない。そう突っ張ることは出来る。しかしその後にミミリナに協力してもらえるかと問われれば難しい。
ここは妖怪にとって支払い、協力してもらうのが最善。家鳴に後で請求すれば良い話。ただ問題が一つ。
「こっちの金なんか持ってないんよ」
異世界の金なんて見たことも触ったこともなかった。無縁と思い探したこともなかった。しかし手が無いと言うほどでもない。
「だから稼ぎ方教えて欲しいんよ。株とかあるなら元手さえあればすぐに増やせるんよ」
いざとなれば座敷童や銭神に任せれば良い。逃げ道もあり、ぬえは気安く言ってのける。
「かぶ? 何らかの特殊な技能があるならそれを使えば良いが、こちらも立場上あまり易々と使って欲しくはない。となれば、基本である何かを売るになる。そう言えばクラーから聞いたが単眼単足の化け物がアシュラベアーを殺したそうだな。もしそれがぬしの仲間であるなら買い取ろう。冒険者ギルドは魔物の素材の買い取りをしている」
単眼単足、いっぽんだたらのことだと容易に想像が出来た。
そして誰かに見られたと言うことは、カロ山脈ではなくカルの森である可能性が高い。確かにカルの森で魔物と交戦した話は聞いていた。しかし死骸は持って帰っていない。
しかし今ならマヨイガに三つほど大きな死骸がある。
「それって魔物の死骸なら何でも良いん?」
「どこかに有益な部分があるなら何でも良い。希少な物と判断されれば色も付ける。あるのかね?」
「あるんよ。風狸、がしゃどくろ辺りに運んでくるように言ってきて欲しいんよ。だいだらぼっちがいればそっちの方が早いんけど、とっくの昔に地獄に移動したんよな」
勝手に動かしていいのか? と風狸は目で聞いてきたが、ぬえは躊躇いなく頷いて見せた。
そもそもあの死骸の所為でこちらの手柄が目立たなくなったのだ。ぬえ的にはなくなってくれた方が良い。それに何か言われても協力するための条件と言えば良い、責任は家鳴に押し付ければ良い。
内心高笑いが止まらない中、風狸が飛んでいくのを見送る。一飛びで山を一つ二つ軽く超える風狸ならあっという間に戻ってくるだろう。
後は待つだけとなり、そこでふとぬえは気になったことを聞いた。
「ところで爺、あんたは誰?」
ずっと付き添っていたミミリナの顔が真っ青になったのは言うまでもない。