君に捧ぐ永遠の恋歌
いろいろ要素を詰め込みました。
ノリで読んでいただければ…。
「……すまない。俺は彼女を愛してるんだ」
そんな言葉を吐き捨てて、マースはくるりと踵を返し、愛し愛しの少女の元へ振り返ることなく歩き去った。
残されたのは哀れにも、婚約を破棄された可憐な少女。白い頬がはらはらと理不尽さに濡れている。
「シャラ」
そっと声を掛けながら、アランはシャラを抱き寄せた。真珠にも似た彼女の涙を、誰にも見せるつもりはないとそっと胸に囲い込む。
「アラン、私……」
「わかってる。何も言わなくても良いよ。ここへは誰も来ないようにしてあるから、思いっきり泣いても大丈夫だから」
華奢な肩を震わせて悲しみ言葉を詰まらせるシャラの背中をそっと撫で、アランは優しく囁いた。
とろりと滴り蕩けるような、糖蜜にも似た麗美な声で甘く甘く繰り返す。
哀しまないで。大丈夫。僕がなんとかしてあげるから。
泣きじゃくるシャラを慰めながら、唇の端をつり上げた。
まさかこんなに呆気なく堅物の義兄が堕とされるとは、さすが稀代の女狐と心の中で拍手する。
たかが勉強出来るだけの平民娘が厚顔無恥に、この学園に特例で入学したのが運の尽き。
破天荒な行動と素朴で田舎臭い性格で、あれよあれよと言ってる間に次々問題を起こし始めた。
大貴族や王族の見目良い少年達が皆、こぞってリリィを見初めては、その権力を振りかざし彼女の気を引かんと踊り出す。
被害に合うのは周囲のみ。かたや貴族と平民で、同じ価値観あるなどと思う彼女がおかしいと指摘しようものならば、リリィの取り巻き牙を剥きよってたかって制裁を加えて学園追放し、次第に誰も顔背け耳を塞いで口噤み、関わり合いを避け出した。
それでも以前は尊敬と憧憬を集めた彼らのこと。一時の恋愛ごっこだと、思ってじっと我慢した。
しかし彼らは自覚せず、恋の炎は冷めやらぬ。
くるくる変わる表情と物怖じしない言動が、彼らの心を暖めて癒やしてくれたと聞き及ぶ。
どうせ治らぬ阿呆ならば、誰にも迷惑かけることなしに恋愛ごっこなり真実の愛に生きてほしい。
アランがしたのはただ単に、屋敷に帰った義兄に向け「羨ましいな……」と呟いただけ。
兄弟と言っても腹違い。しかも数ヶ月の違いのみ。
正妻の子であるアランへと常に劣等感を持ち続け、努力に努力を重ねた末にようやく認められた後継者の座。
その開放感は生真面目なマースを僅かに歪ませた。
高みに昇るは難しく、転げ落ちるは何と容易い。
ライバルだった義弟の羨望の言葉に乗せられて、自分の歩く道筋の不安定さに気付かない。
元々当主の地位になど、アランに何の思いもない。アランが気にするはただ一つ。幼なじみの少女のみ。
少女の気持ちがマースに向いても、アランの心は変わりない。
想い通じたそれからは、シャラは輝く笑顔にて日に日に可憐に咲き誇る。マースのためにと己を磨き、一層努力を惜しまなかった。
シャラの笑顔のためならば、一生義兄の補佐として彼女のそばに居続けようと、決意したのは遠き夏の日。
マースを越えぬと心に決めて、力を抑えて生きてきた。
そんなアランの決心も、もはや何の意味がない。
シャラを泣かせる愚かな義兄を許すことなど到底出来ぬ。
恋は思案の外と言うなれど、周りを見回す目を閉じて、苦言提言聞きたくないと耳を塞いだその先に、幸福溢れる未来が待つと信じる阿呆に同情はしない。
涙に暮れるシャラの旋毛に、額、目元へとそっと何度も口付けて、アランはゆるりと微笑んだ。
天使のような悪魔のような、魅惑的な笑みだった。
掲示板の周りには、既に黒山の人集り。先日受けた実力試験の順位が先ほど張り出され、教科ごとと総合の序列が生徒に知らされる。
今までならばリリィが首席、次席以下にも取り巻きの名前が連なり騒いでいた。
声高に喜び褒め称え、やはりリリィは特別だと取り巻き達は持て囃す。
周りの生徒の冷めた目に彼らは気付く様子なく、はしたないほど過剰とも思える抱擁繰り返していた。
「アラン様、首席おめでとうございます!」
「全科目満点だなんて素晴らしいですね。先日の剣術の授業でも教師が絶賛していましたし」
掲示板へと目をやる前に口々に生徒から賞賛される。「ありがとう」と微笑めば、目元を朱に染め吐息を零した。
「さすがアラン様」
「ええ。……あの方々とは違いますわね」
「ほら、噂をすれば。今回はどんな顔をなさるかしらね?」
ざわめく波を掻き分けて、くだんの娘が駆け寄った。もちろん後ろに続くのは取り巻き達の姿のみ。
嘲笑と侮蔑を滲ませた視線を気にすることはない。今度も己が首席だと瞳の中に自信を宿し、しかし態度は殊勝げに惑うように見上げてる。
どこかでくすりと笑いが漏れて、娘の顔が凍り付く。けれどもそれは一瞬で、にこやかな笑顔を貼り付けた。
「アラン、おめでとう! やっぱりアランはすごいね! 満点だなんてびっくりしたよ。ねぇ、今度私に勉強教えてくれないかな?」
「リリィ! 何でこんなヤツに。勉強なら俺達と一緒にすれば良いじゃないか」
「そうだ。今回はまぐれに決まっている!」
「不正でもしたんじゃな~い?」
取り巻き達が息巻いて、アランを睨み貶し出す。とりわけマースの表情は憤怒と悔しさ入り混じり、男らしい顔立ちを悪鬼の如く見せていた。
「皆、そんなこと言っちゃダメだよ! アランだって頑張ったんだから。満点なんて私でも取れないもん。別に皆は教えてもらわなくても良いんだよ。私はアランに教えてもらうんだ」
リリィはこてんと首傾げ、無邪気な口調で突き放す。舌ったらずな声を出し、断られるとは思っていない驕慢な態度が透けていた。
「悪いけど忙しいんだ。勉強なら彼らに教えてもらって」
迷惑だと暗に伝えれば、リリィはムッと唇尖らせて拗ねたように顎を出す。
「だって皆、私の勉強の邪魔するんだもん! せっかく一緒に勉強してあげてるのに、すぐに私にくっついてお喋り始めるのよ?」
「そんなっ」
「リリィ、君だって喜んでたじゃないか!」
「そうだよ、君が好きなお菓子だってわざわざ用意したのに」
「お菓子は好きよ? でもさ、ちゃんと勉強しなきゃ、ね?」
ちらりとリリィが走らせた視線の先の掲示板。今まで常に上位者に輝いていた名前がない。取り巻き達は青ざめて、一層憎悪に燃え上がる瞳をアランに向けながら唇噛み締め悔しさに肩を震わせ耐えていた。
それもそのはずこの一団、王族始め大貴族と隣国の貴族が揃ってる。そのため授業も出て来ずに生徒会室で遊んでは、窘める教師を権力で黙らせやりたい放題で、勉強してる様子もなし。
それでもリリィは次席に留まり何とか面目保ちはしたが、取り巻き達はさもありなん、大いに順位を下げている。
これで己を省みて奮起するなら見所があると思うがこの表情。反省どころかアランへと恨みを募らせ睨むのみ。
固唾を飲んで見守っている生徒達の心中は失望絶望諦念とどれが一番多いだろう。
「ア、アラン様っ、先ほど教師が探していましたよ」
「ああ、ありがとう。案内してくれるかい? では急ぐので失礼」
前半部分は助け舟を出してくれた生徒へと、後半部分は取り巻き達へ簡素な声で投げかける。
「ちょっとアラン、私に勉強教えてくれるはずでしょ!」
喚くリリィをまるっと無視して、早くその場を離れんとくるりと転じた肩口を誰かにがしりと掴まれた。
「待てよ、リリィが話しかけてるだろ?」
「離してくれないか、マース。僕は教師に呼ばれてるんでね。君達と違って暇じゃないんだ」
「なんだとっ!」
「勉強のことなら先ほど断っただろう? 平民に媚びへつらうなんて真っ平ゴメンだね」
「リリィを愚弄するなっ」
いきり立つマースは振りかぶり、アランを殴らんと拳を上げた。しかしそれより僅かに早く、アランが肩の腕を取り逆に捻ってひらりと離れた。
「な……っ」
まるで華麗なダンスのように鮮やかに身を翻し、体格優れるマースの手から容易に逃れた軽やかさ。周りの悲鳴が一転し、感嘆の声に染められる。
「何をしてるんだ! リリィを侮辱されたんだぞ、罰を与えてやれよ」
唖然としているマースの背中に取り巻き達の野次が飛ぶ。
「アランってばひどいっ」と泣きべそのリリィをちらとも見ることなしに、アランは軽く肩を払って生徒を促し歩き出した。
ざわりと不穏なざわめきが起きて突然人波が割れた。
エントランスへ続く扉が恭しく開かれる。
「まぁ……」
「なんてことだ」
「こんなこと今まで聞いたことないぞ」
驚愕と困惑に眉を寄せ生徒達が見つめる先は、煌びやかに着飾ったドレス姿の華やかな少女。胸元飾る花々は、取り巻き達から贈られたものだとすぐに知れ渡る。それを囲む少年達も少女の衣装に合わせた如き色や小物を取り入れたタキシードを纏っていた。
卒業間近に開催の夜会は全員参加である。事前に決めたパートナーと二人でホールに入るしきたり。もちろんアランの隣にはシャラが着飾り寄り添っている。
今宵のシャラのドレスには、アランの贈った白薔薇が胸に飾られ咲き誇り、清楚な美貌を引き立てていた。薔薇の形に似せられた白いチーフを胸に挿し微笑むアランと可憐なシャラに、誰もが賞賛と羨望の眼差しそっと向けていた。
「アランっ!」
リリィはアランを見つけると、声を張り上げ小走りに駆け寄りぱあっと笑顔になった。開いたドレスの胸元にたわわな果実が押し込まれ、図らずアランは覗き込む形になって苦笑した。
リリィはあどけない顔をして、身体は既に妖艶な色香を纏って熟れている。情けないのは男の性か、なるほどこれには目が眩み、ふらりとよろめく気持ちもわかる。
「ねぇ、私と踊りましょう?」
「リリィ!」
「あら、このダンスパーティーは誰と踊っても良いんでしょ? 私、アランと踊ってみたいの。一曲だけ、ね?」
可愛らしい懇願にアランが頷くはずもない。今にもしなだれかかるかのように身体を寄せてきたリリィをすげなく突き放し、アランはスッと後ろへ下がり届かぬ位置へと間を空けた。
「僕のパートナーはシャラなんでね、今日は彼女以外と踊る気はないよ」
「アラン……」
震えるシャラに柔らかい笑みを浮かべて引き寄せた。
理解はするが共感しない。己の欲に負けるなど、どんなに恥ずべき心であるか彼らは重々承知のはず。 それでも彼らが選んだ未来、誰のせいにも出来はしない。
「そんなのおかしいわよ。だって私、誰と踊っても良いって教わったわ。だからアランもシャラに縛られてないで、好きな人と踊っても良いのよ!」
見当違いも甚だしい言葉を叫んで胸を張る。まるで自分がアランにとって好きな人だと言わんばかりだ。
「好きな女性ね」
「そうよ!」
喜色を含んだその声にびくりとシャラがおののいて、キュッとアランにしがみつく。
騒ぎを見守る不安げな生徒達を見回すと、アランは艶やかに微笑んで伸びやかな声で促した。
「さぁ、美しい花々が咲き乱れてるんだ。眺めるばかりではもったいないよ。手に取って近くで麗しい姿を見せてもらおう。皆、今宵は我らの成長を示す場だ。美しい花を散らさぬように、礼節と矜持を持って楽しもうじゃないか!」
いつの間にか止まった音がアランの合図で流れ出す。管弦楽の軽やかな調べを背中に少年達は、次々と己のパートナーを誘ってホールに飛び出した。色とりどりのドレスの裾がくるりふわりと翻り、それはまさしく百華繚乱。踊る少年少女の顔も誇らしそうに輝いて、流れる優雅な旋律に合わせて刻むステップ、ターン。
アランは満足そうに瞳を細め、シャラの手を取りお辞儀して片目をぱちりと瞬いた。
「シャラ、どうか僕と踊ってくれないかい? 今夜の僕のパートナーは君だけだ」
「え……?」
「嘘よ! アランはマースへの対抗心でシャラメリアを好きだと勘違いしてるだけよ!」
ぴしりと指を突き付けて、リリィは声高に言い放つ。
「何だ、そうだったのか。お前俺の婚約者だった女に懸想してたのかよ」
「ははは。しょせん負け犬の考えそうなことだな」
「シャラメリアってリリィを苛めてた女だろ? 趣味が悪いな」
嘲り嗤うマースに続き取り巻き達も囃し出し、リリィの機嫌を直そうと媚びるように唇を歪めてシャラを見下した。
「シャラが苛めてた? まさか。彼女がそんなことをするはずがないさ」
「ええ、アラン。私は苛めてなんかいないわ」
シャラは毅然と顎を上げ、ひたとリリィに対峙した。細い背中をス、と伸ばし前を見据える少女の肩が、いつの間にやら震えてはいないとアランは気が付いた。
その姿は今までの気弱な彼女とは違う。公爵家の令嬢と呼ぶにまさしく相応しい威厳と存在見せつけた。
気圧されたのはリリィの方で、ヒステリックに眦を吊り上げ頬を赤らめて、金切り声で叫び出す。
「嘘じゃないわ! 私、何度も転ばされたり、水を掛けられたりしたもの」
「シャラがしたという証拠は?」
「だって、そうなんだもん! シャラメリアは悪役キャラなんだから」
冷たいアランの視線を受けて、リリィは幼い子供のように地団駄踏んで喚き始めた。
話にならないと肩竦め、アランがシャラと後ろに下がる。そこへするりと滑り込むはアランの友人達だった。
騎士を目指した彼らの姿は同年代と思えぬ迫力で、思わず怯んだ取り巻きにリリィは怒り罵倒した。
「何よ、邪魔しないで! 大事なイベントなのよっ」
「見苦しい行いはよせ」
無理矢理通ろうとするリリィを窘め、やんわり退場させようと腕を掴んだ生徒の仕草に取り巻き達がハッとして、すぐさまリリィを守るべく生徒をドンと突き飛ばした。
「リリィ、大丈夫か?」
「もう、もっと早く助けてよね。これじゃイベントが発生しないじゃない!」
プリプリ怒るリリィの言葉には時折不明な単語が混じる。これは下々の言葉かと、取り巻き達は首を捻って曖昧に頷きリリィを宥めんと何度も謝り媚びていた。
「もう充分だ」
突然奏でる音楽を止める厳しい声がして、ホールの二階の紗幕の裏から人影幾つか現れた。
「国王陛下……」
誰かが小さく呟いて、皆が一斉に礼を取る。
「嘘……何で?」
呆けたように呆然と立ち尽くすリリィを王太子が慌てて押さえて叱咤した。
「リリィ! 不敬罪で死罪になりたくなかったら、ちゃんとするんだ! あの方は俺達と違う。君を特別扱いはしないんだよ」
「だって、国王が来るのってバッドエンドしかないのよ……私、ちゃんと好感度上げたのに」
無理矢理平伏させられるリリィのくぐもった声を聞き、取り巻き達は色を無くした。
「も、申し訳ありませんっ! この娘は平民でして」
「我らがよく言って聞かせますので、お許しを」
「すぐにこの場を下がらせます」
リリィを庇う取り巻きの姿を冷めた目で眺め、王は深く溜め息をつくとゆるりと首を振る。
「学園とは貴族達の礼儀と教養をも身に付けさせる場と思っていたがな。あぁ、その娘の処遇は学園長に任せよ。平民に学園の門戸を広げたいと申した者達には良い見本になっただろう。たとえ学園内とは言えども、王家や貴族を蔑ろにして良いと思う平民が育つならば害悪でしかない。身分を弁えない平民を増やすわけにはいかないからな。誰か、その無礼な娘を連れて行け」
「御意に」
控えた騎士が頭を下げ素早くリリィを掴み上げ、高い悲鳴に躊躇せず強い力で引きずって扉の外へと連れ出した。
畏れ小さく縮こまる取り巻き達には目もくれず、王はアランを見つけると親しみ込めて名を呼んだ。
「アラン、久しいな」
「陛下もご健勝な様子で安心致しました」
「お前はなかなか顔を見せてくれないからな。ようやく便りを寄越したと思えば、こんな茶番を見せられるとは思いもしなかったぞ」
「申し訳ございません。陛下の目で確かめて頂くが一番かと思いまして」
「ああ。どうやら我が息子は王太子として自覚に欠けるようだ。それほど平民の娘が恋しいならば、望み通りに廃嫡してやろう。お前の代わりはいくらでもいる。好きに生きろ」
「お待ちください、父上っ!」
突然の宣言に、元王太子が腰を上げ陛下に縋り駆け寄ると、そばに控えた護衛の騎士が彼の身体を押し留めた。
本来ならば国王の許可なく声を発したり、立ち上がることは不敬だと責められ罰せられること。それは王子と言っても同様で他人の目がある公の場では臣下と見なされる。
特に今宵の夜会では、王家に連なる者として立場に則した振る舞いをするのが当然だといえよう。
おそらく聡い者達はとっくに気付いているだろう。
単なる生徒の夜会にしては本格的で大仰で、教師の姿がちらともない。
それもそのはずこの夜会、卒業控えた最終の実技試験のためのもの。
これから厳しく凄惨な貴族社会に出る前に小さな夜会を体験し、そつない会話や身の処し方を実践通して理解して、なおかつ使いこなすよう教師が仕掛けた試験の一環。
更には近い将来の妻を見初める側面もあるため女子とて気を張って、淑女たらんと心掛け、ダンスやマナーや礼節を学んだ成果を表す場。
各家の者にも予め招待状を出しており、生徒達には秘密裏に観察出来る席がある。
しかし大抵は家令らが主に変わって来校し結果を知らせているだけで、形ばかりの試験であった。
それが今宵は常とは違い、ぴりりと漂う緊張感。何かあるぞと勘ぐっていた生徒も少なくない。
あまりに不甲斐ない結果に王はふぅと嘆息をつき、かすかに痩せた肩を落とした。
「余はこれほど情けない息子を持った覚えはない。ロト侯爵は良い跡取りを持って幸せだな。グリンカ公爵もそう思わないか?」
「ええ。まこと我が娘シャラメリアの夫に相応しい青年です」
「はっ。ありがたきお言葉、いたみいります。アランは自慢の息子でして」
国王の隣に立った壮年の二人が食えない笑み浮かべ、素知らぬ顔で会話する。
ちらと横目でシャラを見てアランはフッと頬緩め、混乱しているシャラの背をそっと叩いて頷いた。
シャラとマースの婚約は、しょせん貴族の謀。家同士の結び付き強める意味がほとんどで、そこに愛情含まれることなどあまり例がない。
貴族の娘に生まれれば、愛がなくても家のため嫁いで行くのが当たり前。跡取り残し家守り女主人とかしずかれ、社交界やお茶会で他家の夫人と交流し、夫の仕事を影ながら支えていけば良しとなる。
幼い頃からマースへと嫁ぐと思い生きてきたシャラには寝耳に水だろう。
「おそれながら、陛下。お願いがございます」
かつての母親そっくりの顔で王を見つめれば、眩しそうに目を細め王は軽く首肯した。
「他ならぬお前の願いだ、許す。申してみよ」
「はい。シャラメリア様は幼なじみですので、彼女にとって私は兄や弟のようなもの。せっかくの機会ですので、この場を借りてシャラメリア様に結婚の申し込みをしたいと思いまして」
「アラン! 貴様、元からこれが狙いかっ! 義兄の婚約者だぞ、恥を知れっ」
くわと目を剥き激怒してマースが叫び立ち上がる。すぐさま騎士が取り囲み目を光らせ威嚇した。
マースに目をやる国王に先ほどアランに向けていた親しみなどは見当たらず、ただ凍て風に似た寒々しい口調で呟くだけだった。
「ロト侯爵、やはり卿は早計だったようだな。長子だからと言って優秀とは限らないではないか」
「まことに返す言葉もございません。アランが次男として弁えていたのを己の力量と勘違いし、少々図に乗ってしまったようです。このような醜態を晒しては、とてもとても後継ぎにすることは出来ませんな」
「うむ。やはり卿の後継ぎには我が妹、オリビエの遺児アランこそ相応しいと思うが?」
「おっしゃる通りで」
満足そうに頬緩め、王はアランに向き直る。
「さあ、ロト侯爵家のアランディアスよ。余が立会人になってやる」
「ありがたき幸せ」
アランは優雅に起立して、隣のシャラの手を取った。自然シャラも立ち上がり戸惑う瞳が揺れ動く。
心配そうにちらちらとマースを気にするシャラの手を握りしっかと視線を合わせ、自分を見てと熱孕む眼差しのみで訴えた。
「シャラ……いや、シャラメリア様。幼き頃より貴女だけをお慕いしていました。貴女の心が私になくとも、一生貴女のそばにいたいと願うほどに。未来永劫貴女を愛し続けると約束します。だからどうか私と結婚して頂けませんか?」
片膝ついて片腕の拳を胸に当てながら、真白く細い指先に唇触れるふりをして、情感込めた求婚の言葉でシャラをかき口説く。
「アラン、私……あの、」
真摯な瞳をぶつけられ真っ赤に頬を染めながらシャラは戸惑い困惑し、周囲をちらりと見回した。
羞恥に震える可憐さに皆は目尻を下げ笑んだ。生徒の中にはうっとりと憧れ込めた眼差しで、二人を見つめる者もいる。
いくら貴族の務めと言えども、恋に恋する年代の少年少女に好まれる姫と騎士の話のようなドラマチックな展開に、胸震わせぬはずはない。
言葉はなくとも祝福の空気に包まれ照れながら、シャラはアランに笑み向けてこくんと微かに頷いた。
「あの、私、今までずっとマースと結婚するとばかり思ってたから、その……」
「構わないよ。僕は、マースのために頑張ってる君ごと好きなんだから。そりゃあずっとは寂しいから、いつかは僕を好きになってほしいけど、こればかりは無理強いするわけにはいかないからね。君に好きになってもらえるよう頑張るから、シャラも僕をそばで見ててよ」
シャラの潤んだ瞳から、とうとう涙が一粒零れた。後から後から溢れ出てぽたりぽたりと滴り落ちる。
それでもさすが令嬢の矜持は揺るがず持ち続け、涙に濡れる顎を引きシャラは嗚咽を飲み込んだ。
麗美な微笑み浮かべると
「アランディアス様。貴方様の良き妻となるよう精一杯努力いたしますわ。どうか末永くよろしくお願い致します」
と淑女の礼をした。
その完璧さ。流麗さ。
一瞬ホールの音が消え、次いで割れんばかりの拍手が湧いた。
「さあ、ここに一組の将来の夫婦が誕生した! 今宵は無礼講だ。皆、踊り、存分に彼らを祝福するが良い!」
朗々たる国王の声が響いて手を振ると、楽団から楽しげな旋律流れ広がった。
ワッとはしゃぐ生徒達、それぞれパートナーの手を取ってホールの中央近くへと行ってダンスを踊り出す。
くるりくるりと色とりどりのドレスが揺れて花開き、踊る少年少女の顔も笑顔満開咲き誇る。
もちろんホールの真ん中で誰より輝く笑みを見せるは、今日の主役と相成ったアランとシャラの二人の姿。
巧みなリードに促されシャラがくるりとターンする。広がるドレスが美しくシャラの美貌を引き立てた。
眩しそうに目を細めアランは口元弧を描き、幸福そうな表情で愛するシャラを見つめてる。
「好きだよ、シャラ。永遠に君だけを愛してる」
「……ありがとう。ずっと私のそばにいてね」
「もちろん。僕の一番はいつだって君なんだから」
見惚れるほどに端正な容姿のアランに囁かれ、シャラは一瞬泣きそうな瞳をアランに向けた後、零れんばかりの笑顔を浮かべそっと「多分、私も」と頷いた。
学園生活締め括る小さな小さな舞踏会。
繰り返される祝福の声と素晴らしい音楽と煌めく灯りは夜更けまで、途切れることなく続いてる。
まるで夢幻の中にいるかのように美しい舞踏会は終わらない。
いつまでもいつまでも終わることはなかった……