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5.昔の男

 すいません。突然時間が飛びます。


 

 春を迎えた町にある小さな酒場。そこで今日はちょっとした祝い事があった。酒場とは紫雷のギルドに併設された長の奥さんが経営している食堂で、新たなAランク冒険者が誕生したお祝いである。勿論祝杯をあげているのはギルド内部仲間達。要するにごっつい男共ばかり。そんなむさくるしい酒場で私は忙しそうに美味しいおつまみを作り続ける奥さんのお手伝いをしていた。


「まさか本当にAランクになるなんてねぇ。」


 そう呟きながら奥さんが揚げたてのポテトを大皿に盛り付ける。私は喧騒の中心へと目を向けた。そこでギルドの仲間達にもみくちゃにされているのはキルシュ=ベルレイだ。彼の周囲ではひっきりなしに乾杯の音頭とグラスの合わさる音が鳴らされている。


「あれからもう2年か。早いなぁ。」


 そう。彼がこのギルドに入ってから早くも2年の時が過ぎようとしていた。彼のことを新人君、と呼んでいた頃が懐かしい。あの時はまさか貴族のお坊ちゃんが本気でAランクを目指しているなんて思ってもいなかったけれど、彼はあっと言う間に実力を開花させ、ここまで上り詰めていた。2年でAランクなんて、彼を紹介したスカードを抜いて最短記録を出してしまった。


「ウチで4人目のAランクか。」

「あら、ロイ。」

「久しぶりだな。リラ。」


 ロイ=エオイア。紫雷のギルドの中で初のAランクを獲得した冒険者だ。私がこのギルドで受付を始める以前からの知り合いでもある。彼も長に恩があってウチに席は置いているものの、五年前王都に引越ししてからは疎遠になっていた。


「そうね。王都に帰ったんじゃなかったの?」

「仕事でな。近くまで来たから長に連絡取ったんだ。そうしたら夜に来いって言われてさ。」

「ジンで良かった?」

「あぁ。」


 彼が昔から良く飲んでいた酒を注いでカウンター越しにグラスを渡す。長身に日焼けした肌、短く刈られた黒髪、抑揚の少ない話し声。何もかもが昔と変わりなくて、なんだか懐かしい。


「仕事は順調?」

「まぁな。割と安定しているよ。お前の方は相変わらずか?」

「なにそれ。どういう意味?」

「年取っても変わらねぇよなぁ。」

「レディに年齢の話はご法度よ。そんな常識も知らないの?」

「それは失礼。男の一人や二人捕まえたのか?」

「・・・・・相変わらずで悪かったわね。」

「そう怒るなよ。」


 他愛の無い軽口が心地よい。知り合ってからの年月が長いからか、私にとってロイは気の置けない仲だ。そんな私達に気を使ってくれたのか、奥さんがカウンターから私を追い出した。


「ほらほら。もうお手伝いはいいから、リラも呑みな。せっかくの祝い事でしょう。」

「・・そうですね。ありがとうござます。」


 お言葉に甘えてカウンターを回り、ロイの隣に腰を下ろす。二人で乾杯をして、私はワインに口をつけた。






「あっれ~?いつのまにかロイが来てんじゃん。」


 カウンター席に座った長身を見つけて仲間の一人が声を上げる。随分前に町を出たロイだったが、今日は仕事でこっちまで来ると聞いていた。仕事が上がって顔を出したのだろう。


「しかもちゃっかりリラをキープしているし。」

「変わんねぇなぁ、あいつも。」


 ギルドに入ってからというもの俺達に鍛えられたとは言え、やはりそれほど酒に強くない今日の主役キルシュが真っ赤な顔を上げた。多分リラの名前に反応したんだろう。


「・・・・。スカードさん。誰ですか、アレ?」

「あ~、ロイだよ。ロイ=エオイア。お前も聞いたことあるだろ?このギルド初のAランク。」

「・・・・・・・。」


 酔っ払ってるせいなのか、それとも別の要因があるのか。キルシュの目が据わっている。まずいなこれ。周囲は酔っ払いだらけだし、いつ昔の話を持ち出すヤツが現れてもおかしくない。


「あ~、あのなぁ、キルシュ・・・」

「まぁ、あの二人の間にゃあ、入れないわなぁ。」

「俺らだって昔の男の前でリラと呑むのも気が引けるしな。」


 あ、馬鹿。

 早速危惧していた事態に陥る。恐る恐るキルシュを見れば、その顔面は蒼白だった。


「リラさんの・・男・・・?」

「あぁ、そうか。お前は知らねぇわな。」

「あの二人、恋人同士だったんだよ。」

「ばっか!おまえら!!!」


 慌てて馬鹿共の言葉を遮ろうとするがもう遅い。キルシュはドンッと思いっきり持っていたグラスをテーブルに叩きつけ、席を立つ。同時に座っていた椅子が後ろに倒れて床に転げた。突然の豹変に同じテーブルに居た仲間達も唖然としている。

 あ~ぁ。俺、知~らね。






「リラさん!!!」


 突然背後からの大声。びっくりして振り返れば、そこには顔を真っ赤にしたキルシュが。おいおい、どうしてそんな泣きそうな顔しているの?仮にも君は今日の主役でしょうが。


「何?どうしたの?」


 するとキルシュは下げた両手をぎゅっと握って私と隣のロイを交互に見た。


「そ、そそその、リラはさんは・・・・・、ロ、ロイさんと・・・」


 あぁ。そうか。私とロイの話を誰かから聞いたんだろう。それにしても知り合いのそんな話で動揺するなんて可愛いなぁ。成人しても幼い想い人との約束を護ろうとしているドリーマーな彼だから仕方が無いのか。

 状況を飲み込めずに居るロイの代わりに、私は一つ頷いた。


「もしかして、昔付き合ってたって話を聞いたの?」

「あ・・・あう・・・その・・・」

「真否と問いたいならその通りよ。ま、大分昔の話だけどね。」

「う・・うぅ・・・」

「えっ!!ちょっとどうしたの!?」


 驚いて思わず駆け寄る。キルシュが突然泣き出してしまったのだ。何よこれ、よっぱらいって訳わかんないわ。


「だっだって・・今も仲良さそうだから・・・」


 そのまま両手を回され、ぎゅっと抱きつかれてしまった。キルシュは他の冒険やよりも華奢で若いといっても立派な成人男性。しかもAランクまで辿り着いた冒険者。そんな彼を相手にしたら、私なんてすっぽり腕の中に収まってしまう。

 うーん。なんだろう。この状況。姉が他の男に盗られるのが嫌だ!!っていう弟の心境なのだろうか。まぁ、うちのギルドに入って以来、なんだかんだと面倒見てあげているしね。慕ってくれるのは嬉しいけど、過去の事まで追及されてはたまらない。


「仲良いって・・・。そりゃ付き合いも長いしねぇ。言っておくけど、私に不倫を楽しむ趣味は無いわよ。」


 するとぐりぐりと私の肩に頭寄せていたキルシュが顔を上げた。その目は涙で潤んでいる。


「・・・・不倫?」

「結婚してるもの、彼。」


 ポカンとした顔でロイを見るキルシュ。一方ロイは楽しげな顔でグラス片手にキルシュの様子を眺めていた。


「男の嫉妬はかっこ悪いぞ、ボーズ。」

「~~~!!!!」


 かぁっと一気に首まで赤くなるキルシュ。どれだけ自分が恥ずかしい事を喚いていたのか気づいたのだろう。気が抜けたのか、彼の足元がふらついた。


「わわっ、ちょっと!!」


 慌てて彼の体を支える。こっちはか弱い女性なのよ!!大の男一人抱えられるわけないでしょう!!


「しっかり立って!倒れちゃうでしょうが!」

「うぇ~~ん。リラさ~~~~ん!!」

「もう!強くないくせに呑み過ぎなのよ!!ここで吐いたら追い出すからね!!!」


 引きずるようにして事務所の奥へ連れて行く。皆が飲み食いしている酒場で吐いたらブーイングものだ。しかも誰が掃除すると思ってるんだ!全く!!

 よっぱらいを押し込んだのは普段休憩や怪我人の処置に使われている狭い個室。ソファと小さな丸テーブルしかない部屋だ。使い古されたソファに転がし、水と念のためバケツを持って部屋に戻る。すると部屋に入った私を見て、何故かキルシュはほっとしたように息を吐いた。


「大丈夫?水飲む?」

「あ・・、はい。飲みます。」


 億劫そうに上半身を起こしたキルシュの胸元は、ボタンが上半分くらい開けられていた。お酒のせいで熱かったのか、自分で開けたみたいだ。綿のシャツから覗く胸元は、正直言って目に毒だった。童顔な容姿や明るい性格のせいで随分子供だと思っていたけれど、こうしてみるとやっぱり歳相応に男の色気がある。


(・・・って、やばい。ガン見しすぎた。)


 これでは男日照りと言われしまいそうだ。ま、実際その通りだけど。


「しばらくここで寝ていけば?」

「はい・・あの、リラさんは?」

「私?私は向こうに戻るけど?」


 そう言ってソファの傍から立ち上がろうとしたけれど、腕を引かれて失敗した。ポスッとキルシュの隣に収まってしまう。


「何?まだ何か用?」

「・・・その、ロイさんのこと、まだ好きですか?」

「は?」


 ポカーンと彼の顔を見返してしまった。俯いたままの彼の横顔は耳まで真っ赤。けれど表情は何かに追い詰められたかのように、苦しげに眉をしかめている。

 どうしちゃったのかしらねぇ。この子。

 ロイのことは隠す必要も無いと思っている。過去恋人のような関係だったことも事実だし、それは昔から居るギルドの仲間達なら皆知っていることだからだ。


「恋愛として好きかってきかれたら、好きじゃないけど?」

「本当に!?」

「人間としては好きだけどね。」

「・・・・人間として・・・。」


 それをどう捉えるべきか悩んでいるようだ。真剣に唸るキルシュに思わず笑ってしまった。


「ロイはね、恩人なのよ。」


 そう。恋人と言うよりは、恩人という言葉が正しい。

 ここではリラと名乗っているけれど、私の本名はリルリラ=ベルモア。ここより北西に小さな領地を持つベルモア子爵の長女だ。元々深窓の令嬢なんて言葉とは無縁の性格で、ダンスもドレスも刺繍も、私の興味をひくものではなかった。好きだったのは読書と馬術、おまけに剣術。幼い頃から護身術にと二人の兄と共に指南役に剣を教わっていたのだけれど、十四を過ぎると令嬢には相応しくないからと剣を取り上げられてしまった。それからは花嫁修業の日々。当然鬱憤溜まって、家をこっそり抜け出しては愛用の剣を片手に領地を馬で駆けていた。

 それでも貴族の家に女として生まれた以上、政略結婚が最大の仕事だとも理解していた。だからそれまでは好きにしていたかったのだ。


 19歳でボンドレー侯爵の長男に嫁入り。既に30を過ぎた夫だったけれど、文句は無かった。お互いに一度顔合わせをしただけで政略結婚。夫からすれば相手は誰でも良かった筈だ。何故なら、夫には身分差のために結婚を許されなかった愛人がいたのだから。

 愛人の存在を知らされたのは、奇しくも初夜を終えた翌朝だった。私は私なりに政略結婚でも上手くやっていこうと思っていたから、ショックではなかったと言えば嘘になる。けれどそれはそれで都合が良かった。無理に愛情を持とうとしなくても良い、と相手が言っているのだから。だから私は提案した。愛人に子供が出来るまではそ知らぬフリをするから、と。

 貴族の女の最大の仕事は子を産む事。それなのにいつまで経っても本妻に子が出来ず、愛人に子が出来れば当然侯爵も愛人の存在を無碍には出来ない筈。その代わり、子が出来たら私の不妊を理由に離婚して欲しい。そう願い出たのだ。


 お互いの目的のために同士となった夫との関係が気軽で良かった。仮面夫婦を演じるなんて、器用じゃない私にとっては苦痛でもあったけど、この先に自由が待っていると思えば乗り越えられた。

 そして結婚して3年後。愛人に男の子が生まれた。夫と愛人にはとても感謝され、慰謝料もちゃんと貰って、ある意味円満な離婚を迎えた。プライドの高い私の両親は離婚なんてとんでもないと反対したけれど、不妊の事実を突きつけられればどうしようもない。

 一旦実家に戻ったけれど腫れ物のように扱われ、両親は私の顔など見ようともしなかった。けれどそれも想定内。私は元夫から貰った慰謝料とずっと大事に手入れをしていた愛剣を持って家を出た。


 全てを納得してこうなったけれど、それでも夫に愛されなかったこと、両親との確執、貴族としてのメンツや夫の親族から浴びせられた皮肉や罵声の数々。それらは確かに私の胸を抉っていて、実家を出た頃はそれなりに精神的に荒れていたと思う。

 剣の腕を頼りに日雇いの職に就き、少しずつ南へ移動していた時、出来たばかりの紫雷のギルドに行き着いた。当時はこの辺りに知り合いなんて一人もいなくて、当然ツテの無い私ではギルドに入れない。そんな時、声をかけてくれたのがロイだった。既にBランクまで上り詰めていた彼は、私が転々としていた各地のギルドで名前を聞いたことがある程有名だった。私が職を見つけるのに苦労していると気づき、長に紹介してくれたのだ。

 面倒見の良い長と奥さん。そして冒険者として先輩のロイ。心がささくれていた私にとってその出会いは何物にも代え難いものになった。ラウダ夫婦は私を実の娘のように面倒を見てくれたし、ロイはしばらくペアを組んで共に仕事もした。

 仕事のパートナーとなったロイは精神的に不安定だった私を支えてくれた。仕事でもプライベートでも。まぁ、長い期間若い男女が常に行動を共にしていれば心も許すし、情も湧く。確かに体の関係はあったけど、甘い恋人同士というよりは互いの寂しさを埋め合うような、傍にいることでお互いを支えるような、そんな関係だったのだ。

 そんな昔話を終えると、キルシュの手が私の両頬を包んだ。


「何?」

「今も、・・寂しい?」


 寂しそうな顔しているのはそっちじゃない。私はワザとごつんとキルシュの額に自分の額をぶつけた。そしてニッと笑う。


「全然。今はギルドの連中の面倒で忙しいの。」


 あんたも含めてね。そう答えれば、キルシュの表情がふっと緩む。


「ねぇ、リラさん。」

「うん?」

「俺ね、ちゃんとAランクになったでしょう?」


 あぁ。ギルドに入るなり早々Sランクの依頼を指名した時のこと、まだ根に持ってたのか。


「はいはい。あの時は馬鹿にして悪かったわよ。」

「・・そうじゃなくて、俺ね、絶対ドラゴンの鱗取ってくるからね。」


 あぁ。そう言えばこの子、幼い頃プロポーズした相手と結婚する為にギルドに入ったんだっけ。キルシュならSランクの依頼もこなしそうだなぁ。元々は貴族の子息。ドラゴンの鱗を手に入れたら、ギルドを辞めて可愛い想い人へ二度目のプロポーズをしにいくのだろう。騒がしいキルシュがいなくなると、ここも寂しくなるなぁ。

 私はぐりぐりと金色の髪をかき混ぜて笑った。


「頑張ってね。」

「はい!」


 琥珀色の瞳が2年前と同じようにキラキラ輝いて見えた。

 

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