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2.夢見る新人

 

「ありがとうございます!!」


 そう言って90度の角度で頭を下げたのは晴れてこのギルドの新人冒険者となったキルシュ=ベルレイ君だ。不安そうな顔でここに足を踏み入れた彼は、私から結果を聞くなり昨日以上に顔を輝かせた。いやはや、若人の眩しさにおばちゃん目が潰れそうだよ。


「お礼なら長へどうぞ。」

「あ、はい!そうですね。それ勿論ですが、リラさんにもお礼を言わせてください!」

「・・・・・・はい。それはご丁寧にどうも。」


 ちっとも話が進まないのだけれど。彼のキラキラ光線を受け流し、私はざっと仕事方法について説明を始める。


「いいですか?まず、仕事を受けるには掲示板に貼られた依頼を見てください。内容はランク毎に分かれています。冒険者ランクはFからSまでありますが、新人君が最初に受けることが出来るのはFランクの仕事だけです。入口に一番近い掲示板がFランク用ですから、そちらを見てくださいね。やりたい仕事が見つかったらカウンターへ来てください。そこで契約書にサイン。私の方で仕事内容について説明はしますが、詳細は全て依頼主に会って確認が必要になります。・・・分かりました?」


 説明を終えて彼の顔を見れば、何故かキラキラ光線健在のまま視線が私の顔に向けられている。おいコラ新人。やる気あんのか。三十路前の女の肌を凝視するなんて極刑モンだぞ。


「私の話聞いてました?」

「はい!勿論です!掲示板を見て仕事を決めたらリラさんの所に来ればいいんですよね!」

「・・えぇ、その通りです。それではいってらっしゃい。」


 彼がウキウキと壁一面に張られた掲示板を眺めに行くと、私は深い息を吐いた。なんていうか・・・、若さってすごいね。テンションの違いにおばさんついていけないわ。


「リラさん!!」


 えぇ!?はやっ!もう戻ってきちゃったよ。


「俺、あれがやりたいです!!」


 新人君が指差した方を見た瞬間・・・、私は彼の頭を思いっきりはたいていた。


「痛っ!!」

「・・・・ねぇ、私の話聞いてたのよね?」

「聞いてましたよ?」


 何故私が怒っているのか分からない、と顔にデカデカ書いたまま、新人君は首を傾げる。悪気が無いのって一番タチが悪い。


「君が指した依頼のランクは?」

「えーと・・、Sランクです。」

「私はさっき、新人君は何ランクなら仕事を受けられると言った?」

「Fランクです。」

「聞いててなんでそれを選ぶのよ!!」

「リラさん!!痛い痛い!!」


 思いっきり耳を引っ張ってやったら涙目でこちらを見返してきた。ってか、この子本当に成人してる?少年にしか見えなくなってきたわ。年齢詐称じゃないでしょうね!?


「いや、だからその・・・、今すぐ受けられないのは分かってるんです。」

「じゃあ、何よ。」

「いつかあの依頼を受けますっていう宣言をしたかったと言うか・・・」

「はぁ・・」


 つまりSランクをこなせるような冒険者になりますって言いたかったわけ?しかもそれを何故私に言う必要がある。


「それなら長か、スカードに言ったら?」

「俺は、リラさんに聞いて欲しかったんです。」

「・・あ、そう。なら聞いたわよ。良いから受けられる依頼決めてらっしゃい!」

「はい!!」

 

 やる気があるのはいいんだけど、何考えてるんだかイマイチ分からない子ね。

 因みに彼が指差したのはこの国北西の山脈にいると言われているアースドラゴンの鱗を取ってくるというもの。7年前からここの掲示板に貼られているが、今だ誰も挑戦した事の無い依頼だった。


「ねぇ。リラさん。」

「何ですか?」

「最短でSランクの依頼を受けるにはどうすればいいんですか?」


 彼が選んだFランクの仕事は東南の森に生息するエイジンキノコの採取。薬の原料になるキノコで、Fランクにはこういったおつかいの仕事が多い。

 しかし、本気でSランクやる気でいるんだな。まぁ、いいけど。


「Sランクの依頼を受けることが出来るのはAランク以上の冒険者だけよ。Aランクになるには、・・・・・そうね、全て順調にいっても最短で半年って所かしら。」


 冒険者ランクを上げるには一定の規定がある。Fランクの仕事を5つ以上こなせばEランクに上がることができる。EからDは10、DからCは20、Bには35、そしてAになるには50以上。日程を詰めて短期の仕事だけで頑張っても半年はかかるだろう。しかもそれは全て成功させた場合の話だ。うちのギルド最高ランクのスカードでもAランクには三年かかっている。それでも他から見れば異例の速さなのだけれど。しかも、Bランク以上は長の承認も必要となる。いくら任務を成功させても、長が不適格だと言えばそれまでなのだ。


「半年って言うのはあくまで理論上だけどね。今までの実績を見て早くて3年。遅い人は何年経っても辿り着かないわ。」

「・・・半年か。」


 ねぇ。だから私の話聞いてる?半年は理論上だって。けれど、私の目の前に居る新人君の表情は真剣そのもの。一体何が彼をかき立てているんだろう。


「ねぇ、新人君・・・」

「キルシュです。」

「?」

「キルシュって呼んでください!」


 カウンターに両手をついて、前に乗り出してくる新人君。あ、瞳は琥珀色なのね。綺麗だわ。


「・・・新人じゃなくなったらね。」

「それっていつですかぁ・・」


 がっくりと肩を落とす新人くん。悔しいわね。瞳が綺麗だから、ちょっと見蕩れちゃったじゃない。


「Eランクになったらじゃない?」

「本当ですね?」

「え、えぇ・・・」

「よし!頑張ります!」

「はぁ、頑張って・・・」


 キノコ狩りの書類にサインをさせ、いつものように説明を終えて彼を見送る。だから一体、彼は何のために頑張るのだろう。謎だわ。


「おや、もうキルシュは行ってしまったのかい?」


 はい、出た出た。真面目な新人君の不真面目すぎる保護者登場。


「・・・・・・・そうですね。」

「そんなに嫌そうな顔しないでよ。傷つくなぁ。」

「自覚があるなら顔を近づけないでください。」

「所でキルシュの調子はどうだい?」


 何が所で、だ。悪びれる様子が無いのがまた腹立たしい。


「調子も何も、今しがた初仕事に向かったばかりですよ。」

「あははっ、張り切っていただろう。」

「そうですね。まぁ、新人の子ってみんな最初はそんなものでしょう。」

「彼にとっては憧れだしねぇ。」

「憧れ?」


 気になる単語を聞いて、カウンターに寄りかかったスカードを見上げる。幼い頃冒険者に憧れる少年は多い。けれど現実は収入の安定しない、危険も多い仕事だ。既に成人している彼が憧れるような仕事ではないと思うのだけれど。


「そう。このギルドに所属しているAランクの冒険者に憧れているらしいよ。」

「へぇ。じゃあ、ロイか。」

「決めつけるには早いんじゃない?Aランクは他にもいるだろう。」


 Aランク冒険者としてこのギルドに登録されている人間は3名いる。目の前のスカードと先程名前を挙げたロイ。残る一人は登録しているだけで仕事をしてないので、実質引退しているに近い。


「じゃあ、ロイですね。」

「いや、だから・・・、なんでそこで僕の名前が挙がらないのかな。」

「貴方に憧れる人なんている訳無いでしょう。」

「・・・・泣いてもいい?」

「鬱陶しいので外でどうぞ。」


 誰が男泣きなんて見たいんだ、バカもの。






 さて、ここで少し私の事を話しておこう。

 名前はリラ。今年で28になる。若い頃長く伸ばしていた髪を一度肩口でバッサリ切り落としてから、ずっと肩に付かないくらいのショートボブを保っている。生まれつき赤味の強い髪は嫌いではないけれど、目立つからちょっと鬱陶しかったのよね。

 実は私、一度離婚歴があって、それから紆余曲折を経て今は紫雷のギルドの受付に収まっている。前の夫との間に子は出来なかったので、お陰様で未だに寂しい独り身だ。まぁ、バツイチな時点で再婚は諦めているので、今更悲観したりはしない。それ所か仕事が無い私を拾ってくれたラウダ夫妻には感謝しきりで、彼らに少しでも恩を返したいと奮闘中だ。

 実家は出ているのでギルド近くに家を借りて一人暮らし。だから基本、昼と夜は奥さんの食堂で食べている。独り暮らしには本当助かる。従業員が少ないので中々お休みは取れないけれど、私は良い職場だと思っている。ご飯を食べに行けば奥さんか顔見知りの冒険者達がいるから寂しくないし、ラウダさんは尊敬できる人だし、冒険者達から土産話を聞くのも楽しい。

 そんな訳で、いつものように酒場に切り替わった食堂で夕食を食べていると、キノコ狩りを終えたらしい新人君が顔を出した。


「あ、リラさん・・」

「お、新人君。お帰り~。」

「ただいま、です。」


 ぱっと顔を輝かせる新人君。けれど直ぐにその笑顔が曇った。彼の目線は私と同じテーブルに座っているスカードに向かっている。そりゃまぁ、保護者役がロクに仕事のアドバイスもせず、こうして呑んだくれてたらなぁ・・・。やっぱり彼が尊敬しているのはロイの方だろう。

 彼の心境など気にも留めないのか、ニヤニヤと笑いながらスカードが片手を上げて新人君を手招きした。


「よう。お疲れ~。どうだった初仕事は?」

「あ、はい。無事に終わりました。依頼主の医師宅にもちゃんと荷物を届けてきました。」

「そーか。そーか。じゃあ、今日はもういいな。呑め呑め。」

「え!いや、でも先に報告しないと。」


 お、新人君は偉いねぇ。それに比べてこのチャラ男は・・・。でもまぁ、今日は特別な日だしね。


「報告は後でいいよ。それより先に一杯だけ乾杯しようか。」

「え?いいんですか?」

「君の初仕事でしょう?お祝いだね。」


 きょとんとする新人君が可愛くて、思わずぐりぐりと頭を撫でる。あ、赤くなった。可愛いなぁ。スカードが奥さんにビールを一杯頼んで、グラスを渡す。奥さんも気前がいいから、きっとこの一杯は奢りだろう。

 スカードが食堂の皆を見渡してグラスを掲げた。


「そんじゃ、我が期待の星、キルシュ=ベルレイ最初の任務完了と我らの仲間入りを祝して、かんぱーい!!」


 わっと皆が盛り上がり、あちこちでグラス同士を合わせる軽やかな音が鳴る。突然の事に感動しているのか、新人君の目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「はい、乾杯。」


 両手でぎゅっと握り締められていた彼のグラスに、自分のグラスを合わせる。すると新人君ははっと夢から覚めたような顔をして、またあのキラキラした笑顔を見せた。

 気の良い仲間達、美味しい料理とお酒、そして希望を胸に抱いた青年の笑顔。本当に、ここは良い職場だと思う。






 一日中森を駆けずり回っていたせいか、それとも酒場の雰囲気に飲まれたのか。新人君はビール一杯で早々に酔っ払ってしまったようだ。おかげで私は今、酔っ払いの話につき合わさる羽目になっている。因みに、彼の保護者である筈のスカードは早々に戦線離脱し、他のテーブルで楽しそうに飲んでいる真っ最中。さてはあいつ、新人君が酒に弱いの最初から知ってて押し付けて行ったな。


「もうっ、聞いてますか~?リラさん。」

「あー、はいはい。聞いてますよ。それで?なんで冒険者目指したんだっけ?」


 話の続きを促すと、何故か彼はふにゃっと笑った。ビールを飲みだした時点ですぐに顔は真っ赤だったけれど、益々赤くなったようだ。


「んふー、それはですねぇ。結婚してもらう為なんです~」

「・・・はい?」

「だから結婚ですよ~。俺ね、昔好きな人にプロポーズしたんです。」


 昔と言ったって、彼はまだ成人したばかり。プロポーズもそれ程昔じゃないだろうに。


「その時ね、その人がこう言ったんです。『ドラゴンの鱗を取ってきたら結婚してあげる』って。」

「・・・・。」


 思わず言葉を失ってしまった。それってさぁ、要はお断りって意味じゃないの?つーか、そんな御伽噺みたいなこと言うってどんな女だ。しかもそれを鵜呑みにして、彼はトレジャーハンター目指しているってわけだ。アホか。けど、期待で目をキラキラさせている彼にそんなこと言ってもなぁ。しかも今は酔っ払いだし。


「だから君、Sランクの『ドラゴンの鱗』をやるって言ったのね。」

「はいー。そうなんですぅ~。」


 さいですか。テーブルに突っ伏したまま、幸せそうに笑う新人君がなんだか不憫に思えて頭を撫でる。

 その彼女は知っているんだろうか。新人君がその言葉を本気にしてギルドに登録した事。知っていればこんな馬鹿なことする前に止めたと思うんだけど。


「ねぇ。」

「はい~?」

「因みにそのプロポーズってどのくらい前の話?」

「えーと・・・・」


 指を折りながらチンタラその年月を数える新人君。あれ?おいおい、どんどん指が折れていくぞ。もしかして年単位じゃなくて月単位とかで数えてる?

「多分、14年位前・・・かな?」

「14年!?」


 ってことは何か、新人君はまだ6歳の時?つまり相手の女の子も同い年くらいでしょ?どう考えても子供の戯言じゃないか。


「・・・・・・。」


 あぁ。ますます不憫になってきた。何このピュアっ子。絶滅危惧種じゃないの?ちょっと、相手が誰だか知らないけど、責任もって絶滅する前にこの子引き取りなさいよ!

 あ、そう言えば最短でSランクの任務をやる方法を聞いてたのも彼女の為か。そこまで頑張って彼女がその時の約束覚えていなかったらどうするつもりなの!っていうか、仮に覚えていても、子供の頃の言葉なんて絶対本気じゃないだろう。頑張った結果がそれじゃあ可哀想過ぎる!!不憫!!この子マジ不憫!

 居た堪れなくなって優しく新人君の頭を撫で続ける。彼は幸せそうな顔でへへへっと笑った。



 ・・・・・・・・不憫な子。

 

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