1.紫雷のギルドへようこそ
がやがやと喧騒で騒がしい店内。店奥に構えたカウンターに座り、いつものように書類に目を通す。内容に不備がない事を確認して私は顔を上げた。
「トル街道から王都までの護衛。Dランクの報酬2000G。報酬は任務完了時点で依頼主から受け取っているわね?」
「あぁ。確かに2000受け取った」
「オッケー。依頼主はグエンさんだから大丈夫だと思うけど、何かトラブルとかあった?」
「いいや。あのじいさん、人が良すぎて心配なぐらいだ。任務後だってのにメシ奢ってくれたよ。またグエンのじいさんから依頼があったら俺に回してくれ」
一見すればいかついと評されるであろう傷だらけの顔が破顔する。余程嬉しかったんだろう。この人、根は真面目なのに大柄な体躯と強面のせいで上品なお貴族達からは犬猿されがちだから。見栄より実益重視な商売人のグエンさんとは気が合ったに違いない。
「分かった。伝えておくわ」
書類の一番下に『済』の赤いハンコを押して仕事は終了。
「はい。お疲れ様でした。次の仕事見ていく?」
「先にメシにするよ。後でまた来る」
「分かったわ。またね」
彼との会話が終わると処理済の書類を所定の箱へ入れて、私は店内を見渡した。
「はい。次の方ー」
声をかければ順番待ちしていた若者がカウンターに向かって歩いてくる。若いと言っても上品ないでたちではない。どちらかと言えば粗野で、腰には得物となる武器が下がっている。先程の強面や目の前の若者だけではなく、このお店に集まる者達は皆こんな感じだ。
私がカウンター業務を請け負っているこの店、実は知る人ぞ知る冒険者ギルドだったりする。規模としては小さい部類で、ギルドの長であるラウダさんの他には私を含め従業員が3人だけ。この建物も半分はギルドを訪れる人達相手の食堂兼酒場になっている。そちらを担当しているのは長の料理上手な奥さんだ。
小さいながら『紫雷のギルド』と言えばその道では知らない者が居ないと噂されるほど有名だ。理由は二つ。一つはラウダさんがかつて国王陛下から直々に依頼を受けていた事もある優秀な冒険者だったこと。そしてもう一つはここが優良店として一目置かれていること。
ここはギルドとしては珍しく依頼者も冒険者も『一見さんお断り』。その為、初めての人なら紹介者が必要となる。
冒険者ギルドは堅気とは少し離れた商売だから、当然犯罪が絡んでくる事もある。それは依頼者側・冒険者側の両方から。そこで、ラウダさんが認めた者しかこのギルドを利用できないよう予め制限をかけているのだ。いくら有名でも大規模なギルドに発展しないのはそういった事情が大きい。だからこそ、両サイドから信頼が厚いのだ。
それと大きな特徴がもう一つ。それは任務後の報告。どこでもやっていると思われがちだが、そんな事はない。登録した冒険者がギルドの仲介で仕事を得るのは何処でも同じ。報酬の殆どは任務完了直後に依頼主から支払われる事が多いので、基本ギルドは紹介するまでが仕事。その後のことは当人同士の自己責任が当たり前だ。
けれどここは任務後のアフターフォローまでちゃんと行う。冒険者は生まれも育ちも堅気の商売につけないような粗野な者が多いのが現状。だから問題を起こすのは冒険者の方だと思っている人も居るだろう。
だが一概にそうとも言えない。任務をちゃんとこなしても報酬をケチった依頼主がなんやかんやと難癖つけて正当な報酬を支払わないなんて日常茶飯事。そこで、このギルドでは依頼主だけではなく、冒険者側からも任務の様子を聞き取りする。先程私が強面の男としていた会話の内容がそれだ。任務中依頼になかった仕事をやらされなかったか、依頼主とのトラブルはなかったか、約束通りの報酬をうけとったか。任務を終えた冒険者は必要事項を書類に書き、私が全てを確認。そこでやっと任務完了となる。
このシステムを考えたのは勿論ギルドの長であるラウダさんだ。元冒険者だったラウダさんはその昔出自が卑しいとかで貴族達に難癖つけられたり、無茶なことを依頼されたり、ギルド側が犯罪に手を貸していたりと色々なことを経験してきた。それを活かし、自分の下に集まった冒険者達が気持ちよく働いて正当な報酬を受けられるようこのギルドを作った立派な人だ。
冒険者ギルドで女性が働いていると言ったら、当然良い顔をしない人も居る。集まってくるのは得物を持った男達ばかりだからそれも仕方がないだろう。けれど私は此処で働ける事を誇りに思っている。若い頃沢山お世話になったラウダ夫妻に恩を返したいというのもその一因だ。
さて、先程と同じように任務完了の報告書を受け取り、次々にやってくる仕事を捌いていく。新しい仕事を探していると言われれば、相手のランクにあった仕事を紹介し、登録を進めていく。
「近々里に顔を出そうと思っててさ。ヘマ地方に行くような仕事は無いかな」
「うーん。南ねぇ。ドンピシャはないけど、これはどう? ここからトレッタ街までの積荷と馬の護衛。終着点は割りとヘマに近いと思うんだけど」
「あぁ。確かにな。トレッタなら一日あればヘマに行ける。うん。これにするよ」
「了解。依頼主はレウス男爵の次男坊ね」
「あぁ。アイツか……」
「苦手? 金払いもいいし、悪い人ではないんだけど」
「そうだな。俺達を下に見たりもしないし、悪いやつじゃないんだが……」
「……まぁ、アホだけどね」
「……だな。アホなんだよな」
「どうする? 止めとく?」
「うーん。いや、やるよ。あっちは物騒な所でもねぇし、それにしちゃあ、報酬が良いしな。あいつの面倒見てるとガキの世話してるような気がする以外は問題ない」
「うん。まぁ……、仕事内容の割りに報酬が良いのは、多分その世話賃が含まれてるんじゃないかな」
「そう言うことか」
「そう言うことよ」
仕事の請け書に彼のサインを貰い、私が承認印を押す。これで書類上は彼が依頼主と契約をした事になる
「じゃあ、二日以内にレウス男爵のお屋敷に行ってね。貴方の名前はこちらから連絡しておくから。仕事の詳細はもう一度ご本人から説明を受けて」
「あぁ。分かったよ。じゃあな」
「はーい。頑張って」
ひらひらと手を振って彼を見送る。さぁて、そろそろお昼の時間ね。受付もひと段落したし、夫人特製ランチをいただこうっと。
ラウダ夫人の美味しいロールキャベツでお腹が膨れたら、自分で淹れたコーヒーで一服して午後の仕事開始。え? 別に夫人がコーヒー淹れるの苦手とかじゃないよ? 単にお客さん相手で忙しそうだったから、自分の分は自分で淹れただけ。
さてさて、そんなこんなでいつも通り仕事をこなしていると、午後三時を回るちょっと前、見慣れぬ若者が店に入ってきた。
金というには少し落ち着いた色合いの髪は生まれつきなのか、くせがついていてふわふわと揺れている。着ているのはこの街の人々となんら代わりの無い綿の服だが、皮のブーツはよく手入れがされていて、くたびれた様子は無い。ベルトや鞄も同様で、170センチぐらいしか無い小柄な彼には不釣合いな長剣が腰から下がっている。ここで十年カウンターに座っている私でも見た事が無い顔だ。それに加えあの希望に満ち溢れたキラキラした目。絶対に新人冒険者だろう。うちのギルドに加入希望と言った所か。
彼は中に入るなりキョロキョロと店内を見渡し、カウンターを見つけて顔を更に輝かせた。小走りにこちらをかけてくる姿は冒険者というより尻尾を振って喜んでいる子犬のようだ。
「すいません! 受付はここですか?」
「……はい。こちらは冒険者ギルド受付カウンターです。どのようなご用件でしょうか?」
彼の勢いに気圧されそうになりながらも、なんとか笑顔を作って迎える。近くで見ると益々若いな。もしかして未成年?
「こちらのギルドに登録したいんですが!」
やっぱりそうきたか。私は新規登録用紙を手元に用意し、もう一度彼の顔を見た。うっわ。さっきよりも瞳のキラキラ度が増してるよ。う〜〜ん。言いにくいが仕方が無い。
「失礼ですが、年齢はおいくつですか?」
「二十歳になりました!」
「……そうですか」
これで成人しているのか。さては誕生日を迎えた早々一直線に此処に来たクチだな。だが甘いな、新人君。うちは一見さんお断りなのだよ。
「紹介状はお持ちですか?」
「紹介状?」
すると彼はぽかんと口を開いた。紹介が必要な事は知らなかったのだろう。紹介者同伴ならば紹介状は不要だが、彼は一人。うちのギルドが認識している人間の紹介でなければ登録はできない。
「ではお引取りください」
にっこり営業スマイルで言うと、誰かの「おっかねぇ」という言葉が耳に入る。おいコラ、聞こえてるぞ。
これはラウダさんがギルドを立ち上げた時からのルールなの。いくら相手が希望に満ちた若人であろうとルールはルール。同情してそれを破るなんてあり得ない。
するとがっくり肩を落として帰るのかと思いきや、彼はぽんっと手を打った。
「あ、紹介者ならいます!」
「え?」
「俺、スカードさんの紹介で此処に来たんです!」
ぱっと晴れたお日様みたいな顔をする青年。一方、その名前を聞いて私の顔は一気に曇った。
「……スカード?」
「はい! 俺、スカードさんには色々お世話になっていて、ここに来たのも彼のお勧めなんです。スカードさんの名前を出せば大丈夫だからって言われて」
「へぇ。そうですか」
私は内心思いっきり舌打ちをした。
スカード=バトラー。この国で有名な彼はAランクの冒険者だ。ウチにも登録していて、数少ないAランクとして仕事をこなしている。当然仕事は出来るのだ。Aランク様なのだから。おまけに甘ったるいマスクのモテ男で、貴婦人達に絶大な人気のある彼は三十半ばで未だに妻帯せず、浮名を流している。
「あれ? お前もう来てたの?」
「あ、スカードさん!!」
アッシュブラウンの長髪頭が店内に入ってきた途端、私は目に見えて顔をしかめた。長身で小奇麗な男は青年を見つけてこちらにやってくる。
「やぁ、リラ。久しぶり。元気にしてた? 中々会いに来れなくてごめんね」
なんだその文句は。まるで私がアンタの愛人のようじゃないか。だから嫌なんだ。毎回会う度に気安く声をかけてくるスカードは私の神経を逆なでしてくる。だがしかし、私は今仕事中。プロは私情に流されてはいけないのだ。
「そちらの青年があなたご紹介というのは本当ですか?」
「うん。そうだよ〜。こいつ中々根性あるから入れてあげてよ」
イラッ。おっといけないいけない。それが本当なら私がやるべきことは一つだ。
「こちらの新規登録用紙に記入をお願いします。ペンとインクはあちらの机に一式用意がございますのでご利用ください。必要事項を全て書き終えたらもう一度こちらのカウンターへどうぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
完璧な営業スマイルで彼に書類を渡し、業務説明を終える。意気込んでいるのか、彼は足早に机にかじりつくと、さっそくペンを取った。
……そして、何故お前はまだ私の前に居る。
「スカードさんもあちらへどうぞ」
「いいじゃない。今は誰も並んでないんだし。せっかくだからもうちょっとおしゃべりしようよ」
チャラ男のどうでも良いトークは受け流し、私は青年をチラリと見る。
「……本気ですか?」
「おや? やっと僕の気持ちに応えてくれる気になったのかい?」
「茶化さないで。本気で彼に冒険者が務まると?」
「どうしてそう思うの?」
「彼、いい所のおぼっちゃんでしょう?」
一見何の変哲も無い格好だけれど、革製品は手入れが行き届いて、良いものが使われている。革製品は当然普通の服より高価だ。元々高い物にお金をかける余裕があるのだから家が裕福な筈。おまけにあの長剣。鞘は地味だが柄の意匠が凝っていて、見るものが見れば良いものだと一目で分かる。貴族のお坊ちゃんが一般市民に紛れ込もうと服を地味なものに変えてやって来た、というのが妥当だろう。
「流石だねぇ」
「質問に答える気はないのですね?」
「君はどう思う?」
「決めるのは長です」
「君は生まれが良い所のおぼっちゃんってだけで、彼に冒険者が務まらないと判断するの?」
「…………」
あぁ。だからコイツほんと嫌い。
つっとスカードの長い指が私の顎に掛かる。しかめツラしたまま上を向かされ、スカードの青い瞳が余裕の笑みで見下ろしてくる。
「怒ったかい? 可愛いね、君は」
段々と近付いてくる端正な顔に手元の『済』ハンコを押してやろうか。それともペンをご自慢の高い鼻に刺してやろうか。そう思っていた時だった。
「あ、あの!!」
私とスカードが同時に横を向く。そこには先程の青年が真っ赤な顔でプルプルしながら、登録用紙を握り締めていた。おやおやごめんよ。若人には刺激が強かったかな?
「書き終わりましたか?」
「はい!」
「ではこちらにどうぞ」
スカードを押しのけ、作ったスペースに青年が陣取る。なんか怒ってる? もしかして、希望に胸膨らませている大切な時にスカードが受付女とふざけているので苛立っているのだろうか。
私は彼から書類を受け取って、上から目を通した。登録用紙には名前と年齢以外に書く項目はそれほど無い。まずは住所。当たり前と思うかもしれないが、冒険者は定住していない場合が多いので、実は住所が無い人も半数はいる。その場合は連絡を取れる場所、つまり活動拠点にしている場所や長期滞在している宿屋、世話になっている友人宅などを記載する。何かトラブル起こしてそのままトンズラされない為にも、連絡先は必須だ。次に経歴。ここは詳しく書かなくても良い。要は自分がどんな仕事が出来るか、向いているかの自己アピール。ここを明確にしてくれればこちらも仕事を紹介しやすいし、内容によっては今まで受けてこなかった新しい仕事を用意する事だって出来る。初めて仕事をする場合、得物は何か、得意な事は何かを書くのでも良い。
そう言えば前に動物が好きって書いた人いたなぁ。だから何?とその時は思ったけれど、ここは農業と酪農が盛んなのどかな街だから、逃げた牛や羊を探してくれって依頼が月に一度はあって、その人が重宝しているんだよね。
さて、彼の場合はというと、名前はキルシュ=ベルレイ、20歳。住所は……あらら、これ、完全に貴族街の住所じゃない。自分がおぼっちゃんだって事隠す気はないのか。仕事の経歴は勿論無し。得物は長剣。やりたい仕事はトレジャーハンティング。あら意外。お宝探しね〜。ま、夢見がちってトコか。ここはどんな無謀な事を書こうが私が口を挟む事ではないからいいけどさ。早速この書類を受理して、長に検分してもらわなくては。
「はい。書類は確かに受け取りました。登録の可否はまた明日以降結果を聞きに来てください」
「え? 直ぐに登録してもらえないんですか?」
「はい。そうです。書類を出しただけでは登録は出来ません。上の者が判断をしますので」
「そうですか……」
ま、冒険者は命をかけることもある仕事だ。そう世間は甘くないのだよ新人君。
長に提出した新規登録用紙は『可』の押印と共に私の手元に返ってきた。つまりこれで、キルシュ=ベルレイはこのギルドの立派な冒険者、という事になる。
「よろしいのですか?」
「ん?」
「彼、貴族のお坊ちゃんですよ」
書類を受け取った姿勢のままラウダさんへ問えば、彼はくっと喉の奥で笑った。
このギルドを造ったと同時に冒険者を引退したラウダさんだが、今だ鍛え抜かれた体と鋭い眼光は健在だ。なんせならず者が集まるギルド。そのトップに立つ長がひ弱ではやっていけない。それに現役の頃は『紫雷のラウダ』として恐れられた人だ。二つ名の由来は彼の瞳が紫色な事と、狙った獲物は逃がさない眼光の鋭さであったらしい。この『紫雷のギルド』の名は此処から来ている。
その紫の目を細め、ラウダさんは私を見返した。
「そうだな。だが、お前のお眼鏡にかなったんだろう? なら間違いねぇさ」
「…………」
そうなのだ。スカードとキルシュの前で私には決定権がないと言ったが、それは半分嘘になる。登録希望者が現れた際、まずは書類を受け取った時点で私が長にそれを回すかどうかを判断する。私がダメだと判断すれば、長まで行かずに振り落とされてしまうのだ。
「信頼していただけるのは嬉しいのですが……」
「嬉しいならいいだろ。ちゃんと面倒見てやれよ」
「……善処します」
問題はあのいけすかないナンパ男、スカードだ。最初は彼がキルシュのフォローに入ることだろう。つまりしばらくあの二人はセットでギルドに来るという事。
あぁ。しばらくはカウンター業務が面倒くさくなりそうだ。
冒険者ランクのイメージはこんな感じです↓
S → 王の勅命で依頼を受けることの出来る冒険者。王族・国賓の護衛、国家機密を含む任務。
A → 軍隊レベル。国際レベルの犯罪者・犯罪組織の検挙、大型獣の捕獲、未開の地の開拓等
B → 警察官レベル。国内犯罪者の検挙など。Bランク以上は騎士団から協力を仰がれる事も
C → 騎士初級レベル。実力はあっても王室への信頼がないとBランクには上がれない為、ここで挫折する者が多い。
D → 用心棒レベル。貴族や商人の積み荷の護衛等。冒険者の人口が一番高い
E → 何でも屋レベル。実績と信頼が薄い為、長期の仕事は請けられない
F → お試し期間。一般人ではちょっと危ないお使いレベル