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ブラッティ クレセント  作者: りんめい
フェンリル
2/10

―Ⅱ―

 安眠が妨害されることほど腹立たしいことはない。最近の俺はそう考えるようになった。特に夜間の巡回があった次の日は、だ。

「……うるせぇ」

 しかし、初めは大人しかったノックは次第に激しくなり、終いにはドアが壊れんほどのものになっては流石に寝ていられない。

 ウィルはのっそりと起き上がると、癖のついた髪もそのままにドアを開けた。

「なんだよ……」

「さっさと起きろ。出るぞ」

「午後から合流するから、午前はアルさんに任せた……」

「てめ、ケンカ売る気か」

 朝の挨拶とはとても言えない会話を交わしながら、所長、アルフォンス・オードヴァルは不機嫌に唸った。

 ウィルは毛布を目深にかぶり、もう一眠りしようとする。しかし、アルフォンスはそれを許さない。僅かな殺気を感じ、ウィルが顔を逸らすと同時に、アルフォンスの拳が突き刺さった。

「危ねぇっ! 何しやがる!」

「仕事をしない所員を叩き起こしただけだ。目が覚めただろ」

 確かに、先程の戦闘(?)のせいで、神経が高ぶってしまった。更に外は嫌らしいほどに輝く五月の太陽がある。今更寝なおす気にもなれない。

 ウィルは悪態をつくと、アルフォンスに従った。







 総人口が最盛期から七割減少し、人類の生存可能域が80%以下になってから三十年。ロンドン市には、伸びていく大樹のように、摩天楼が成長している。

 そんなビルのワンフロアに、ウィルとアルフォンスはやってきた。

「おい。これって、ロンドン中の事務所が集まってるんじゃないのか」

 大きな木製の扉を開き、ウィルが率直な感想を述べる。長机に置かれたプレートは、相当数に上っている。中には名高い事務所の名も混ざっていた。

「えっと、俺達の席は……」

 見回してみると、すでに何ヵ所か来ているようで、雑談している姿が見える。

「ウィル、久しぶり」

「その声……。エルザか」

 場に合わない若い声に振り替える。一つに纏められた茶色い髪が、特徴的な女性が立っていた。

 戦前、家が近かったということもあり、そのままの関係が続いている。まあ、お互い知らなくていいことも、知ってしまっているわけだが。それはともかく

「なんで、ここにいるんだ?」

「同業者だからよ」

「同業者ってな……」

 ウィルは頭を掻きながら呟いた。様々な事務所がある事からわかるように、EPAは一枚岩ではない。事務所間で格差や隔壁があり、些細なことで小競り合いが絶えないような関係のところもある。

 彼女――エルザの所属している事務所は『日輪の獅子』。規模、勢力共に最大級の事務所だ。確か、ベルリンやパリにも進出していると聞いた。

「なんで、事務所のトップが集まるようなこんな場所にいるんだって聞いてんだよ」

「ウィルもここに居るじゃない」

「俺達は従業人四人の弱小だからな」

 桁が違うんですよ。桁が。

「弱小ねぇ。そんなに目立ちたいならうちに来たら? 私が推薦しとくから上位の仕事もできるはずよ」

「言っておくが、俺は事務所辞める気はないからな。それより――」

 ウィルは呆れた眼でエルザを眺めた。

「なんでお前がそんな権限持ってんだよ」

「それは――」

『御機嫌よう。皆さん』

 エルザの言葉を遮るように、部屋の備付スピーカーから優しげな声音が割って入る。

 その声にウィルはハッとした。ウィルだけだは無い。エルザも、煙草に火をつけていたアルマンも、この場にいる全員が泡を食ったように立ち上り、部屋のモニターに釘付けになった。

 新雪を被ったような服装に銀髪。第三次世界大戦と呼ばれた戦争が終結した後の、ロンドン統治者。――女王、エリザベス。

 ウィルは、突然現れた権威者に不安感を抱いた。何かとんでもないことに巻き込まれたのではないかという直感。

『そんなに固くならず、楽にしてください』

 誰一人着席する者はいなかった。

『さて、まず始めに断っておきましょう。これは危険を伴う依頼です。そして、外に漏らすことは許されません。その覚悟のない方は、お帰り下さい』

 その言葉に場がざわめいた。それでも、立ち去る者はいない。

 ウィルは不快に思った。強制力のある依頼は命令とどこが違うのか。

 ウィルの心境を知ってか知らずか、女王は全員を一瞥すると、特に表情も変えずに頷いた。

『それでは、説明いたします。その前に、ウィリアム・アスターク。この場に居ますか』

「は……?」

 声を発した瞬間に何事かと周囲の注目が集まる。

『貴方の名誉を気付付けるようなことがあるようでしたら、先に謝罪しておきます』

「それは……、構いませんが」

 曖昧に頷くと、女王は口を開いた。

『二日後、ロンドン中心部にA~Sランクの幻獣が出現します。あなた方にはそれを倒してもらいたい』

 女王の言い回しで覚悟はしていたが、背中に冷たいものを感じる。

 幻獣はE、D、C、B、A、S、Xの順に魔力を主とした全体評価でランク付けされている。それでいくと、今回予言された幻獣はかなりの強敵ということになる。

「女王。質問を許してもらえますか」

 静まり返った中で、一人手を上げていた。アルフォンス・オードヴァル。うちの所長だった。

「その情報のソースをお伺いしたい」

『貴方もよくご存じですよ、アルフォンス。』

 女王は全員に向き直ると、口を開く。

『情報はアリア・オードヴァルの予知です。これ程信憑性の高いものはありません』

「アリアか……」

 オードヴァルが小声で呟いた。EPAで数十人いる予知専門の祈祷者プレイヤー。その中で92.86%の的中率を誇っている彼女は、様々な意味を込めて「預言者」と呼ばれている。

『三日後、ロンドン中心部のどこかに出現、総数は一。種族は……、フェンリル』

 女王が言い切った後、全ての視線がウィルに突き刺さる。女王の前でなかったら、止めを刺し損ねたガキとして罵詈雑言を浴びせられていただろう。

 幻獣を完全に消滅させる方法はいまだ見つかっていない。しかし、物理的に『殺す』ことは可能である。がそこまでだ。

 種によって時間はまちまちだが、魔力が回復してしまえば体は修復され、元に戻ってしまう。

「ですが、フェンリルの場合、早くて半年はかかる筈では……?」

『私は専門ではありませんので』

 まあ、期待はしていなかったが。突然変異だとかだったら、汚名を拭うことも出来たはずだが仕方ない。

『中心部で大規模汚染パンデミックが発生でもしたら、ロンドンは地図から消えることでしょう。それでは、皆さん、よろしくお願いします』

 最後に笑顔でとんでもないことを言うと、映像はそこで切れてしまった。

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