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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第一章
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第七話 紋章術

 西洋剣術の中では何も武器の攻撃だけというわけじゃない。接近戦を考慮して編み出されたソードレスリングも進歩していき、相手の牽制(けんせい)を一気に崩す事もできるようになった。武器を持つからこそ、主な攻撃は肘打ちや膝打ち、足払い等と邪魔にならぬものであり、対人戦ではその優位性を存分に示してきた。


 けど騎士が戦争にて戦力を横行していた中世の時代、文化の成長と共に槍兵の優位性が頭角を現し始め、次第に白兵戦の重要性は(すた)れていった。更に大砲、銃の発明によって、いつしか剣や槍といった武器は原始的な存在へと葬り去られ、歴史的の中へと消えていった。


 無論、騎士という称号も現代では比喩的な存在へと変化していった。


 でも、忘れてはいけない。単に戦い方が変わっただけであって西洋剣術が弱かったわけじゃない。丸腰で相手と同じ土俵にいる場合、火が(くすぶ)れたとはいえ、現代まで生きてきたその技術は――


「てやあぁぁぁっ!!」


 ――途轍もなく強烈な物だ。ワイルドウルフが一斉に襲いかかる中、自分の持ちうる強靭な硬さを攻撃力とし、叩き落とす。


 蹴りで、拳で、肘で、膝で、時には頭突きで一匹一匹づつと戦っていく。

 

 僕にはナイトスクールで昔の伝聞を元にして再現された戦法にも精通していて、相手との立ち回り方を工夫してもいる。背後左右が壁となるよう樹々を後ろにし、正面のみを見据えるように立つんだ。一見、素人目で見れば追い詰められ、圧倒的不利に見えるかもしれないけど、これは相手の攻撃方法を正面だけに限定させるという立派な戦法でもある。それに従い、先ほどから僕はワイルドウルフが来たら叩き、来たら叩きと同じ動作を繰り返している。相手は複雑な知性を携えてはいない只の獣、ワイルドウルフ達は僕の術中にすっかりハマっていた。


「帰ってくれ、僕はお前達を殺す気はないよ。諦めるんだ」


 言葉の意味はわかってないだろうが、ワイルドウルフ達に言い聞かせるようにそう呟く。もはやボロボロの状態で息も荒くなっているのが分かるが、それでもなお、僕を仕留めようと躍起(やっき)になっているのは無意味としか言いようがない。なんせ仮に僕を仕留めても腹を満たす事なんて叶わないんだから…。


〈甘いのぅ。わざわざ本気で攻撃せずにいるとはな〉


「たとえ動物だろうが魔物だろうが命は命なんだ。それに、別に殺すのが目的じゃないんだから退いてくれるのを待っている」


 実を言うと、先程から本気で叩いたりしているわけじゃない。この鎧の身体での攻撃なら、目の前の魔物達の息の根を止めることなど造作もないかもしれない。だけどそれは駄目なんだ、僕にとって命を奪うことは何より重い事だと知っている。両親を失ったあの日から…。


 とにかく、先ほどから生かさず殺さず的な威力で攻撃を放っているが、いい加減退いてもらいたいくらいだ。


〈それは難しいのぅ、こやつらは一度狙った獲物は最後まで狙う頑固者じゃからな〉


「そうか、はは、少し困ったかな…」


 流石に弱音を吐きそうになるが、諦めるわけにはいかない。気持ちに喝を入れ、再度構えを作り出す。


 と、その時――


「焼き尽くせ!」


 ――いきなり僕とワイルドウルフ達との中間点に火の玉が飛んできた。爆発を上げたそれは周りに火の粉を撒き散らし、落ち葉の敷き詰められた地面を燃やし出す。おかげでワイルドウルフ達は大混乱だが、僕も流石にビックリした。

 

「あーもう! さっきから訳わかんない!」


 火の玉が飛んできた方向へと視線を向けてみると、そこには木の上に避難させていた筈の少女が居た。手をこちらに伸ばす姿勢をしつつ、何かに苛立っている様子を窺わせるのが見える。


「そこの鎧の人! 私をこんな森の中まで連れてきて何するつもりだったの? もしかして貴方ここ最近ここいらで騒いでいる盗賊団の仲間!?」


「い、いや、違うよ! あのままだと魔物に襲われちゃうから君を抱えて逃げてきただけなんだ」


「ふーん、だから樹の上に置いたって事? それなら感謝するわ。でも、私の荷物も持ってきて欲しかったんだけどね」


「えっ、荷物?」


「私の魚籠! あれには私の今日の昼食が入ってたのよ。おかげでオカズが減るハメになるじゃない」


「あ、いや…その、ごめん……」


 ぐぅの根も出させない物言いに思わずたじろう。


 その間にワイルドウルフ達は何匹か逃げていく様子が見られるが、勇気ある数匹はそのまま逃げずに残っている。しかも目標を少女へと変え、鋭い形相で睨んでいる。


「ワイルドウルフね、そいつら私の村の畑や家畜を時々荒らしに来るから厄介なのよね」


 やれやれとめんどくさそうな表情を露わにしつつ、ため息を漏らしているようだ。どうやらこの魔物達と少女には少なからずの因縁がありそうだ。


「いいわ、何度でも相手してあげるわ。掛かってきなさい!」


 挑発じみた大声を出し、人差し指と中指、親指だけを伸ばした形とする独特の手による構えを作り出すのが目に映った。ワイルドウルフ達は一斉に彼女へと襲いに駆け出し、その危険を察知した僕は直様声を荒げて言う。


「危ない、逃げて!」


〈あーそれは無粋という話じゃぞ?〉


「何言ってんだよ! あんな小さな女の子にあいつらを相手する力なんて!」


〈そりゃお前の世界での事じゃあるまいか? タヴレスではこのような事、日常茶飯事じゃが。それに、あの小娘…中々と『良い物』を持っておるしな〉


 何を言っているのかと考え、慌てて少女の方へと向かおうとしたけど足を止める。何故かだって? 空中に指で円を描いていたからだ。それも只、指でなぞっているわけじゃない。彼女の指先からは橙色の光が発されていて、それぞれ三本の指が別々の動きで絵を描いているかのように動かされ、光は残光として空中に留まる。


 そんな摩訶不思議な現象に目を取られ、動きを止めた僕はそのまま少女の動向を見守る。円の中に不思議な文様を描いた、いわば魔法陣のような物を描き終えると、少女はそれを両手で包み込むように潰すや、いきなりその手に炎が生じる。


 まるで手品のような現象に何が起こっているのか全く分からない僕はあたふたと見守る。そこでフィロが関心する言葉を漏らす。


〈ほぉ、『あれ』の使い手がまだ存在していたとは…〉


「あれ何!? フィロが言ってた魔法っていう物なの?」


〈それに当てはまるな。アレは魔術の術式の一つ、『紋章術』と呼ばれる類じゃ。己の魔力で直接『紋章陣』を刻むことにより、魔術行使の触媒を必要としない高等技術じゃよ〉


「紋章術…」


〈じゃが、精密な陣の形成ゆえ難解な術式のために使い手はほとんどおらず、今ではほとんど行使する者は見られんそうじゃ。まさか、こんなところで再び見れるとはのぅ〉


 何だかよくわからないが、とにかくすごい物らしい。その間にも、炎を手にした手を弓引くように脇で構え、一斉に飛びかかってきたワイルドウルフ達に目掛け、掌底(しょうてい)を打つように手を振ったのを目に映した。


「焼き尽くせ!」


 すると、炎は少女の手から離れ、巨大な火の玉としてワイルドウルフ達へと襲いかかる。凄まじい爆音が響き渡り、熱気が辺りに広がっていく。思わず条件反射で目部分を腕で抑えてしまう。

 

 数秒経つ頃には静寂が広がり、ゆっくりと腕をどけて見てみると、そこには死屍累々としたワイルドウルフ達とその中心で五体満足のまま立つ少女がいた。


「あらら、ちょっとやりすぎちゃったかな?」


 何だか予想とは違ったらしい。少女は即座にまた指で空中をなぞり出す。

 

 同じ事をするのかと思い、そのままじっと様子を見守るが違った。紋章陣というものを描き終えた少女はまたしてもそれを両手で包み込み、今度は上へと向かって放った。


「大地に神の恵みを!」


 すると、しばらくしたら水滴がポツポツと落ちてくるのだ。それは次第に多くなり、雨として森に潤いを与えていく。空は晴れてるし、お天気雨というわけでもない。少女が何かしたに違いない。

 

 雨は広く撒き散らされた火の粉を消していき、鎮火の役割を果たしていく。一分も経たないうちに先ほどの火の玉により撒き散らされた火の粉は全て消え、元の森として姿を戻していく。横たわるワイルドウルフ達を除いてればの話だが…。


「これで火事は起こらないとして…お待たせ、少し待ったでしょ?」


「や、やぁ…すごいね君……」


「でしょ! 魔術は反復が一番だから練習は欠かさないもの」


 少女は笑顔を向けるものの、僕はあまりの出来事に呆然としていた。その笑顔は少女特有の可愛らしいものだったが、先ほどの所業を見た僕にはちょっと喜びにくい。


「あーそうそう! 思い出したけどあなたって鎧だけで中身無かったわよね。どんな仕組みで出来てるの!?」


「え、いや、それは……」


「どこかの高名な魔術師が作ったゴーレム? それにしてもこんなにも自我がしっかりしているタイプなんて見るの初めて。ねぇねぇ、一体誰があなたを創り上げたの?」


 子供の好奇心さながらな感じで根掘り葉掘りと質問してくるが、いきなりの質問攻めに思考が追いつかずにいた。


「そうだ、私の魚籠! そういえばどこへやったの?」


「あぁ、それなら多分君と僕が初めて会った所に…」


「うん、わかった! あなたもせっかくの縁だしついてきてよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!?」


 質問できる内容にふと答えてみたら、即座に行動を開始した。そんな少女の跡を慌ててついて行く。まるで嵐のような少女だ。子供は活発がいいと言われているけど、これは良すぎだ。なるべく抑えてもらいたいと逆にお願いしたいくらいに。


「あなたってそういえば名前なんていうの?」


「僕? 僕はシルヴァーノ、シルヴァーノ・グランドン」


「へぇーそういう名前なの。私はライリー、よろしくね!」


 どうやら、僕はこの御転婆魔法少女――ライリー――としばらく行動を共にすることになりそうだ。フィロに今後の予定のことを決めておきたいと一旦伝えてみるが――


〈そんなの知らん、自分で考えんかい〉


 ――一言で一掃。フィロの事だからこうだろうと思って期待してなかったけど、どうしよう…後先が少し不安だ。解体されちゃわないかなぁ…。

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