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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第一章
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第五話 フィロ

 ほの暗い水の底を彷徨う中、僕は流れに身を任せたまま他愛もない話を続ける。全ての重量を合わせれば30kgに達するこの鎧の身体だけど、水の力とは予想以上に強い物だった。浮ばなくても物体を押し流すには十分であって、そんな地下水脈らしき場所にて、僕は得意の平泳ぎで少しずつ進んでいた。


「ねぇ、どうせだから教えてくれない。名前あるんでしょ?」


〈ぜ~ったい嫌じゃ、妾にとって名は命の次に大事なものなんじゃ。そう簡単に教えられるものではあらん〉


「むぅっ…そういえばさ、今まで聞いてなかったんだけど、お前って何者なの? 元人間?」


〈人間、妾が? …ハッハッハッ!! 面白いことを言うのうお前〉


 何が可笑しいのか? 皮肉を込めて笑い出す彼女に僕はキョトンとした。


〈よく聞け人間、妾は我らが御主様の力により、人間達に紛れて生まれ落ちた影の眷属が一人ぞ! 人間と間違えるどころか、比べることすらおこがましいわ!!〉


「いや、どういうことかさっぱり…」


〈なぬ、『魔人』の存在を知らぬと申すか? いや、お前は別世界から来たから当たり前じゃろうな。はぁ…つまらん〉


 独りで勝手に驚いて勝手に納得するとか忙しいなぁ…。

 

 魔人、魔人ねぇ…。


 あれかな、ランプを(こす)ると願いを叶えてくれるとか? それとも魔法を極めすぎてしまった超人かつ人外とか?


〈違うわい! 根本的な想像で間違っとるぞお前!?〉


 失敬、そちらの方向での想像はもう致しませんのでご勘弁を。というわけなので、彼女から直接『魔人』という存在について話してもらう事にする。

 

 そのためには最初に話し合った際に聞いた『影の神様』についてを復習しよう。

 



 それは、影の神が大いなる野望を胸に秘めた頃の時代の話


 影の神が一番最初に創り上げた生物の種族は人間だった。光の神のように正の力を持って生まれなかった彼らは代わりに負の力を携えた存在として、家が一つだった頃の二人の家に生まれ落ちる。

 

 人間とは似て異なる存在。彼らには他の人間とは違い、『魔力』という力を生むことに長けた存在でもあった。いつしか、彼らは初めて生まれ落ちた人間を始祖・眷属として崇め、独自の力を持つ種族として広がっていく。

 

 そんな存在を人々は『魔人』と呼んだのであった。


 やがて、いつしか動物を模して作り上げた存在も現れ、そんな種族の事もまた『魔物』と呼ばれ、二つの世界として分けられた後の世でも進化を続けていった。だが、魔人には普通の人間と違って生殖能力は持つことは無かった。これにより次第にその数は衰えていく事になる。


 だが、始祖・眷属達と称された魔人達は他の者達と違い、何百年も生き続けた。影の神が寿命という概念を持たせなかったのが理由と様々な俗説が流れてはいるが、定かではない。






 ざっと聞いてみればこんなところらしい。つまり、大雑把に要約すれば――


 昔、魔人って存在がいたんだよ!→私もその一人だったんだ→今はこの鎧の中に封印されちゃったんだけどね!


 ――こういう訳かな?


〈簡単にしすぎじゃこの低脳! 妾がどれほどすごい存在かまったく理解しておらんではないかっ!〉


「でも、そんな魔人さんがどうしてこの鎧に封印されたの?」


〈いや、それは…その……〉


 何気ない一言で、一気に挙動不審に陥った言葉使いに変化する。ほほぅ、触れられたくない所ってわけだね。少し優位な立場になれそうな予感がする。珍しく強気になりながら僕は執拗にその話を聞き責めた。 


「ねぇ、どうしてかな?」


〈くぅ、なんでもあらん! 別にいいじゃろ妾のことなぞ! ほっとかんかい!〉


「じゃあ、そうする代わりに名前ぐらい教えてよ」


〈…それとこれとは別じゃ〉


 まったくケチだなぁ。でも、詳しく聞いたところ、彼女ら魔人には真名(まな)と呼ばれる名前に値されるものが存在するらしく、それは自身の存在そのものを示す存在意義でもあり、絶対に他人に教えることはないらしい。


 それはしかたないな…でもね? このまま仮にも女性にお前とか呼び続けるのは僕には気が引ける。

 

「それならあだ名みたいなものでいいよ。それなら問題ないでしょ?」


〈…………〉


 駄目元で懇願する形にして僕は意地でも彼女の呼び名を知ろうとする。そんな僕の様子を窺っているのか、しばらく黙り続ける彼女を見守る。

 

〈やれやれ、なぜそんな事に一々拘るのかのぅ。人間は〉


「だってさ、これから長いに付き合いになるかもしれないからさ、少しでも親しくなろうと思うのは当たり前じゃないか」


〈本当にそう思うか、お前は?〉


 現にここまで逃げれたのは彼女のお蔭に近い。バジリスクへ立ち向かう為の一喝はあの時の僕に一番必要な要素だった。それをくれた彼女はいわば恩人だ、感謝している。率直にいえば…だからこそ、彼女の事を少しでも知りたいんだ。


〈感謝…人間が魔人に感謝するなど聞いたことなどないぞ?〉


「ふふん、僕だって魔人が人間に感謝されるなんて聞いたことないもんね」


〈屁理屈を…〉


 ――なんせ、異世界人ですから。お前が知っている人間の常識が通用すると思ったら大間違いだよ。


 意地悪そうに頭の中でそう考えた。その思考を読み取ったのか、忌々しそうにしながらも、若干嬉しそうな声色での言葉が中に響く。


〈負けたよ人間…そうじゃな、真名はさすがに教えられんが、一時にて使っていた偽名でも教えてやろう。妾の事はこれからは『フィロ』と呼ぶがいい〉


「フィロか…じゃあ改めてよろしく、『フィロ』!」


〈ふん…〉


 満更でもなさような雰囲気のまま、魔人――フィロ――は僕の呼びかけを受け取ってくれた。ようやく少し近づけたような気がする。フィロの事などまったくと言っていいほど知らない事が多すぎる。これから知ればいい、時間はまだまだあるんだし。


「じゃあ僕の事も好きに呼んでもいいよ」


〈調子に乗るでない、お前なぞお前で十分じゃい〉


「えーそれはないよぉ!」


 相変わらず頑固なところもあるらしい。けど、それよりこの水場はいったいどこまで続いているんだろう。もうかれこれ十分以上は泳いでいる気がするんだけどな。


 でもその疑問は直ぐに晴れる。流れが速くなってきている。もしかすると、出口が近いのかもしれない。そう期待して漕ぐスピードを強める。

 

 けど、なんだかおかしくもあった。流れが異様に早すぎるんだ。まてよ、こういう場合、近くにあるものといえば…。


〈むっ、近くに滝の音が聞こえてくるの。出口が近いぞ〉


「へぇ、やっぱり滝が近くにあるんだ…って滝!?」


 冗談じゃない! 下手するととんでもない事態になるじゃないか! 

 

 慌ててどこか掴める場所を探すが、水の流れで削れた岩肌はとてつもなく滑らかで、指先一つものとっかかりも存在していなかった。(あせ)る僕をよそに、流れはさらに加速していく。


「死んじゃう! 僕、今度こそは精神的に死んじゃうよ!」


〈別に心配せんともこの鎧はちょっとやそっとの事では壊れはせんよ〉


「それでも、僕は滝から大落下する真似なんてしたくないよ!?」


 やがて、前方に光が見えてくる。そのまま流されていき、出口へとたどり着く。僕に待っていたのは空中へと放り出される事だった。


 何度目だよ! こんなにも落下する羽目になるなんて、遊園地のアトラクションで落下系を絶対やらない僕にとっては毒に等しいんだよ!


 今回三度目の落下を僕は体験するのであった。


「どあぁぁぁーっ!!」


〈ハッハー! なかなかスリル満点ではないか!!〉


 今度こそは死ぬかもしれない、そう考えながら、滝壺へと飲み込まれていく。


 それとフィロ、僕をアトラクション代わりに楽しもうとするな! 次に目覚めたら絶対仕返ししてやるからな! 覚えてろよ!



◆◇◆◇



 比較的静かな流れである下流には、角が取れて丸みを帯びた石が敷き詰められている。豊かな自然の恵みを享受する植物はそこを陣とるように生やし、自然の影を作り上げる。


 そんな風景の中に一人、川辺で何やら弄っている少女が居た。


「さーて、今日の成果はどうかな」


 唐突に水の中へ手を突っ込むと、そこから何かを引っ張り上げる。その先には魚捕り用の木製の罠がぶら下がっていた。仕掛けを解除し、蓋を開けてみると、その中にはいきの良さそうな川魚が二・三匹捕らえられている。


「うーん、まぁまぁか。前は五匹捕れてたんだけどなぁ…」


 仕方ないと思いつつもこの結果で妥協し、罠の中の川魚を初めから持っていた魚籠へと移していく少女。そこへ水面に怪しい影が一つ、気づかぬま少女へと近づいていた。魚を移し終え、用事を終えて帰る準備をした時、突如として水しぶきが背後で“ざぱーん!”と跳ねるのを聞く。


 少女が恐る恐る振り返ってみると――


「だ、だずがっだあ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!」


「いやあぁぁぁっ!!」


 ――水藻に絡み取られ、一面緑色に染まり、隙間からは魚やら蟹やらと挟まってハッスルしているおぞましい『化け物』が居た。

 

 無論、分かるとおり、この化け物の正体はシルヴァーノだ。どうやらここまで流されてきたらしい。いろいろと川の生物を巻き込みながらと、一種のホラー化しており、ご愁傷さまといえよう。

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