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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第一章
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第四話 バジリスク

 怪しく(きらめ)く紫の視線が向けられた。襲いかかるは強烈な圧迫感。万力に挟まれて潰される程に身体が軋みを上げ、痛覚が無い筈の身体に痺れが現れる。


 ――気持ち悪い。

 

 それが僕の率直な感想であった。相変わらず、バジリスクはご自慢の一つ目をこちらに向ける。

 

 金縛りのように身動きが取れなくてカチカチと鎧を擦れさせているだけ。せっかく持っている剣も振り上げることすらできないとは…。数秒が経つと、バジリスクは無駄を悟ったのか、開いていた眼を閉じる。それにしても、彼女はアイツの瞳は見たものを石と変化させるっていった筈だ。生身の身体を持っていない僕の場合だと違うのかな?


〈ふぅ、この体が特別性でよかったわい〉


「……?」


 彼女は何かを知っている風な言動で安堵の声を漏らしている。詳しく話してもらうために僕は問う。

 

〈この妾を封じ込めるべく使われた鎧ぞ? 数多もの魔導刻印がこの体に刻まれておるからこのぐらいなんともあらんのじゃ〉


 魔術刻印…? また訳の分からない単語が出たな。いい加減話してもらったり聞きたい事が多くあるのに、全然教えてくれないんだよな。それより、彼女は一体何者なんだ? 人間――と想定づけるのはまだ早いかな。なんせ彼女は自分が人間じゃないと示す言動を幾度もしている。もっと別の何かなのかもしれない。


 それより、目の前のバジリスクとやらをどうにかしなくてはいけない。未だに不思議な素振りをみせてこちらを窺ってはいるけど、動き出すのも時間の問題だろう。硬直の無くなった体を動かし、剣を構える。形状はショートソードという片手剣だ。本来なら盾があってこそ本来の力が発揮できるのだけど、贅沢は言ってられない


 長年の空気に触れ、所々と風化の兆候が見られつつあるこの剣では長期戦は期待できないだろう。剣を正眼に、でも腕を右に寄せて左足を前に出すプフルーク(鋤)という西洋剣術の構えを取り、切っ先をバジリスクへと向ける。


 相手が獲物が攻撃意思を見せたために、頭部を弓のように引き、攻撃態勢へと移行するのを僕は目で追う。じりじりと静かに含み足で距離を詰めていく一方、バジリスクは後攻めに回っているらしく、自分の出方を待っているのがわかった。


(引き寄せて、引き寄せて――っ!)


 自分の間合いに入ったところで右足に力を入れ、一気に前へと飛び込む。でも身体能力は多少良かろうが、人間が動物に勝てる筈がない。その倫理の通り、前へ出た瞬間を狙われ、一気に頭上からその大きな口を開いてバジリスクは突っ込んできた。


 このままやられる! かと誰もが予想した所を――


「逃げる!」


〈おいっ!?〉


 ――向かっていくように思わせて直前に後ろへと猛ダッシュした。


 その為にバジリスクは襲いかかる筈だった場所に獲物は居なく、そのまま勢いよく石床に齧りつく形になってしまう。衝撃が石床を使って地鳴りが起こり、一瞬何が起こったのか分からず、割れた石床に破片ごと埋まる形になる。呆然とする中、静かに頭を抜いて逃げていく獲物の姿を見るや、


「キシャァァァーッ!!」


 怒り狂う。それはそうだ、期待だけさせといてこの仕打ちはない。それに、蛇の王者としての誇りもあり、虚仮(こけ)にされるなど言語道断だろう。直様、僕の後ろを凄まじい勢いで追いかけ始めた。蛇ならではの強靭な筋力による直進は思いのほか速い。


 大型の蛇は腹筋の力が強いので、腹鱗と呼ばれる腹のウロコを立てたり、倒したりだけで前進していると聞いたことがある。これ程速い物とは思わなかったけど…。


〈この根性なしが! 敵前で逃亡など仮にも騎士を志す者の行動とは思わんぞ!?〉


「けど怖いのは怖いんだもん! それに、騎士には憧れてるけど騎士になりたいわけじゃないから!!」


〈屁理屈いっとる場合かこの愚か者!〉


 僕の行動に度肝を抜かれたようにツッコんだ彼女は叱咤(しった)を始めるが、そんなことお構いなしにそのまま逃げる。金属が衝撃を受ける反響音が響く中、後ろからはズルズルと凄い勢いでバジリスクが追いかけていた。なりふり構わず、僕は逃げ続ける。試合という名目で対人相手の戦いはできるが、命懸けでしかも訳のわからない巨大生物相手に安易に戦いを仕掛ける事自体、無謀だと思っているからだ。


 何度も角を曲がり、途中大きな広間らしき場所に出たりするが、後ろから徐々に迫りつつある脅威に気を取られ、確認する余裕さえ持ち得ることができない。


 しかし、その鬼ごっこも終わりを迎える。十何度目かの角を曲がり、直進していた所に一面壁という名の障害物が目に入った。行き止まりという訳だ。後ろからは凄い勢いでこちらへと咆哮を上げながら迫り続ける追跡者(バジリスク)の姿が目に映る。


〈こりゃぁ、絶体絶命という場合を言うかのう…〉


「ぎゃあぁぁぁっ! 蛇神様! ふざけたことして御免なさい! お許しをっ!!」


 そんな必死の願いなど聞き入られるわけもなく、怒り狂いながらその大きな口を開けながら突っ込んでくるバジリスクにそのまま呑み込まれてしまった。ようやく気を晴らして満足したバジリスクは下顎を動かし、先ほど呑み込んだ獲物をさらに体内の奥へと入れていく。


 だが、バジリスクは妙な違和感を感じたと思いきや舌に激痛が走る。まるで引きちぎろうといわんばかりに強い力が身体の中からバジリスクを苦しめていた。たまらず暴れだし、周りの壁を粉砕するほどにご自慢の胴体をあちこちと叩きつける。


〈そりゃ、しっかり引っ張れい! 間違っても蛇の胃液に放り込まれたら妾は許さんぞ!!〉


「しっかりやってるよぉ! ひいっ! ぬるぬるして滑りやすいよぉっ!!」


 実は、呑まれたかと思われた僕が内側からとっさに舌を掴んで這い出ようと(あらが)っているからだ。力の限りに舌を引っ張り上げるごとにバジリスクは悲鳴を上げ、激痛に悩まされるという訳だ。

 

 やがて、身体が異物として完全に認識してくれたのか、バジリスクの方から『嘔吐』という形で逆に吐き出してくれた。胃液なのか、謎の体液ごと床にぶちまけられた僕は何とか安堵の声を漏らす。


「生きてるよね、僕今生きてるよね…?」


〈ぐぅっ! よもや蛇に喰われるなぞ、何百年も生きててこのような経験生まれて初めてぞ!〉


 ブリキ細工のように身体から悲鳴を上げながら何とか立ち上がり、バジリスクの方へと振り返る。

 

「ふしゅるるるっ!!」


 うん、怒ってるね。それも黒曜石のように黒かった筈の胴体に血管が浮かび上がって真っ赤に見えるくらいに…。どうしよう、後ろは行き止まりだし、唯一の道は目の前のバジリスクによって完全に塞がれている。


 四方八方塞がりな状況に僕は半ば諦めかけていた。


〈いや、まだチャンスはあるぞ。あそこを見てみよ、先ほど奴が暴れた御蔭で穴が開いておる〉


「あっ、本当だ。壁に穴が…」


〈あそこを通るとなると、もはや逃げてはおれんぞ。どうする人間?〉


「…………っ!!」


 戦えといっているのか? でも、僕は本当の戦いの仕方なんてしたことがないんだよ。こんな人間にこんな化け物を相手にするほどの度胸なんて持ってる筈がないじゃないか!


〈逃げるのか、人間? ならばここで再び蛇の餌として一生を終えるがよい〉


「それはっ! ……嫌だ」


〈だったら戦わんか! 目の前の困難を乗り越えて見せよ! お前は『騎士』に憧れておるのだろう!?〉


 騎士、僕が一番大好きな志を持つ武芸に優れた人間。


(あぁ、そうか。そういうことなのか…)

 

 これは試練って事でいいのか? 弱くてもいい、カッコ悪くたっていい。だけど、勝負には勝たなくてはいけない!

 

〈行け! 人間ッ!!〉


「―――――っ!!」


 言葉にもならない声を出していたのか、わからなかったけど、体は動いていた。吐き出されていた時、一緒に落ちていた剣を拾い、迫ってくるバジリスクの突進を紙一重で上に飛んで避け、そのまま胴体をつたって走る。


 己の体に乗った事を察したバジリスクがすぐさま方向展開し、再びこちらへと口を開けて噛み付いてくる。鋭い牙が毒腺から毒液をまき散らしつつ、迫り来たところを僕は狙った。


 そう、『口内』へ真っ直ぐと剣を突き立てたんだ。この身体はもう生身の肉体じゃない。怪我をすることなんてもうありえないんだ。毒による恐れもない。


 一瞬の隙をついて放った刺突は比較的やわらかいバジリスクの肉を傷つけて血を流す。突如の反撃にバジリスクは頭を上げながら激痛による咆哮を上げ、剣を突き刺した状態でいた僕を振り落とした。


 この時、しっかりと握っていた剣に“バキッ!”と鈍い音が響いた。突き刺した剣が壊れたんだ。結構古いものだったから仕方がないだろう。こうなることは予期していた。


 さらに苦しみ続けるバジリスクの姿をよそに、目的の壁の穴へと急いで入り込もうとする。でも戸惑ってしまう。何せ、その先は床も壁も見えない暗闇の世界が広がっていたからだ。後ろからバジリスクが近づいてくる気配が伝わる。もう戸惑ってはいられない!

 

「地獄に通じていませんように!」


 飛び込む。後ろから凄まじい音が響き渡るが次第に小さくなっていく。重力に従い、僕は暗闇を落ちていく。もう脅威からは逃れられた。けど、今度はどうなるんだ? 予測できぬ事態に僕の思考は停止しかける瞬間…。


 強烈な衝撃と共に水飛沫が飛び散る音を僕の聴覚は聞きとった。。

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