第一話 黒蒼の鎧
更新日があやふやになるかもしれません。
申し訳ありません。
面具と防具、グローブを付けた相手同士が向き合う緊張感漂う光景がナイトスクールにて展開していた。
一方はロングソードをフォム・ダッハ(屋根)、もう一方はサーベルをオクス(雄牛)とそれぞれが西洋剣術の基本的な構えをして対立する。
右足は前、左足を後ろに肩幅で開き、上体は真っ直ぐと立て、膝は軽く曲げる。重心も自分達の位置に合わせたリズムに沿い、いつでも攻撃の準備を図った。
数秒が経ったところでようやく両者は動き出した。
ロングソード使いが先に攻撃を仕掛け、それをサーベル使いが手首を聞かせた柔らかいカウンターで返そうとする。その返しを小盾で防ぎ、その隙を狙って再度攻撃するが、軽いフットワークにより間合いを離され、攻撃が外された。大きく下がった方は利き足を強く踏み込み、更に攻撃に転じていく。
そんなやり取りが何合と続いた。二人が使っている武器はソフトソードと呼ばれる本物同等の大きさ、長さの安全な「模擬ソード」だ。素人目で見ても、本格的な試合であると認識できるほどにこの戦いは素晴らしいものであった。
そして、ついに決着が着いた。
ロングソード側の突きの攻撃が面に決まったかと思われたが、サーベル側のポンメル(柄頭)で放った拳打が躱された瞬間に鍔元を叩きつけた。
それで『詰み』となった。強烈な衝撃で剣を弾き飛ばされた側はサーベルの切っ先を向けられ、動きを封じられた。サーベル使いの勝利という訳だ。
「それまでっ!」
審判の終了の合図が出たところで、ようやく両者の緊張は解かれ、構えを解いた。同時にサーベル使いは面具を外していく。そこから現れたのは笑顔となったシルヴァーノの姿であった。
◆◇◆◇
「腕上げたなシル坊、クレマンから一本取るとはやるじゃねぇか!」
「今のはいい動きだったな」
試合が終わった後には勝者である僕に喝采の嵐が吹き荒れた。ナイトスクールに通っている人間は何も僕のような少年ばかりとは限らない。青年もいれば中年もと様々な年代がここに集っているんだ。
「いやー、何度もやれば自然と体が動いちゃいますから」
「おっ、こいつめ、一丁前に堂々となりやがって!」
「わわっ、やめてくださいよ、もう!」
勝利したことで気分が良くなった僕に先程まで試合相手だったクレマンさんが笑いながら突っかかった。首を組まれる形になってはいるが、嫌悪感は浮かんではこない。
「んで、どうよシル坊。お前もガールフレンドの一人や二人くらい作ってみたのか、ん?」
「うぇっ! いや、僕にはそういうのは、早いというか、その……」
うぅ、女性関係の話はあまり得意じゃないから。僕には素直に気持ちを伝えるというような味な真似など出来ないよ。だから、女性関係には消極的なんだ。恥ずかしそうに指をモジモジと動かして、もごもごと口が満足に動かせなくなっちゃう。
「駄目駄目、騎士道にも弱き者を助ける事の中に貴婦人崇拝の心性ってのがあるんだぞ」
「いつか好きになる女の子を守れなきゃ騎士とは言えないってな」
「うぅ……」
先程まで堂々としていた姿はどこへ行ったのかと思えるくらいの変わりようだけど僕にとっては仕方がない事だ。
「よし、それなら度胸を付けるために俺達とソードレスリングをやるぞ!」
「いやいやいや、おじさん達と僕じゃ体重差が激しいから!」
「弱音吐くの禁止、ほら行くぞ」
僕はクレマンさん達に両腕を掴まれ、せっせこらとレスリング場へと連れて行かれるのであった。
「いやだぁーっ!!」
その姿は、某唱歌で歌われている子牛の姿そのままだと周りの何人かが思ったのは仕方がないことかもしれない。
数時間後、地獄のソードレスリングから帰還してきた僕は家に帰宅し、夕食を味わっていた。今日はサラミや鴨のタルタルと肉料理を好む自分にとってはご馳走なのだが、いかんせん椅子に座ったまま魂が抜けかけていた。
いわゆる魂ここに在らずという状態だ。手にしているナイフとフォークを機械的な動作で動かし、食べ物を口にした。
だってそうだろ? あんな筋骨隆々なオジサンズに一方的に投げられたり叩かれたりされると誰だって肉体・精神共に耐えきれるわけないじゃないか!
でもここ最近、なんとかついて来れるようになった自分の成長が若干恨めしいよ…。
「聞いてくれよアレット、モルタル博物館のジーンがぜひとも預かって欲しい物があるそうなんだ」
「またぁー? ウチは倉庫じゃないんだよ、こうも美術品の置き場所として使われてちゃこっちが困るわよ」
最初は心配されていたが、自分から一応大丈夫と声をかけてからは伯母さん達は二人同士で話を続けていた。なんでも、伯父さんには博物館を営む古い友人が居るらしく、悪い意味ではない『訳あり』な美術品を一旦預かってもらいたいと願い出る事がしばしばあった。大抵が破損してしまったり、まだ発掘元が詳しく証明されていないものだとかが主な理由だからだ。
そういえばこの前はアジア系民族が作った彫銀ペンダント型アムレットだった筈だ。値打ちとしてはちょっと高価な物だったけど、歴史的遺物ではなく、唯の少し昔の職人に作られた作品といういわば偽物だった。
「それがな、どこの文化圏で作られたか今だよく分からない鎧の類なんだよ。もう何十年も保管されてたけど、保存代がかかるだけで邪魔物しかないらしいんだ」
「だったら捨てればいいじゃない。わざわざ人様に押し付けるくらいなんなら」
「そうれはダメだよアレット、美術品に貴重も粗品も関係ないからね」
伯母さんはしょうがないと何処か呆れた顔をしながらも、肯定する方向のようだ。なんだかんだ言っても、この人は伯父さんの事をよく理解しているのさ。
それにしても鎧か…僕としても楽しみだ。鎧は騎士の命とも言える代名詞でもあり、自称騎士マニアである僕にとっても興味をそそった。
伯父さんによれば、明日の水曜日にその鎧は届くらしい。その日は学校が休みだからちょうどいいな。今日は無駄なことをせずに早く寝よう…というより、全身の筋肉痛で寝ざるを得ないのが今のところの現状なんだけどね…。
それから翌朝、自宅の表側に存在するアンティーク店の前に一台のトラックが停車していた。何人かのトラックの作業員達が四角い大きな木箱を持ち運び、伯父さんが場所を指定した。
作業員達が倉庫へと持っていこうとしているその脇で伯父さんはわざわざ来てくれたジーンさんと話をしていた。何やら大事な話をしているから邪魔するのは無粋だろう。
僕は別行動をして、先ほど運ばれていった木箱の様子を見に行った。
伯父さんの所有する倉庫には様々なアンティーク品が仕舞われていた。殆どは売り物として出されるのを待つ物か、昨日の夜で言ったように『訳あり』で譲り受けた美術品が丁寧に並べられていた。
日差しを入れない構造の為、基本的に中は暗く、石壁によって空気がヒンヤリとしていた。
作業員達が運び終え、別の場所に移動していったのを見計らい、こっそりと木箱の元へ向かった。後から取り出すために緩い釘打ちされた蓋を静かに開け、ワラ束をほぐしたカーペットが敷かれるその中身をゆっくりと取り出した。
「わぁっ……」
布で丁重に巻かれた『それ』を解いて見ると、それは本当に見事な物だった。
形はプレートアーマー型に近く、全てが漆黒の闇に包まれたかのような黒の色彩を放つ。全身装甲の甲冑には独特の三次元的な曲面のフォルムを携え、実戦向けとして手首や肘、膝やつま先に牽制用として鋭い棘を備えている。重々しそうな金属の塊かと思えば意外と軽く、片手で持てるくらいに軽量化されており、それでいて頑丈だ。
今までの人生の中でこれほどまで感動したことはなかったに違いない。
それに、何より目を引いたのは雄羊の角の如く捻れた角と頭頂で後ろに伸びた一角という独特の形状をしたヘルム。日の当たり具合によって表面の黒色から浮かび上がる蒼みを帯びたグランデーションという技巧。
全てがこの世の物とは思えないまさに最高の造形とも僕は評価できた。
だからこそ、ふと考えてしまった。
――この鎧を装着してみたい!
そう思ったら行動に移るのは早かった。近くに誰もいないのを確認し、頭から順番に付けていく。鎧の付け方はナイトスクールで本物同様のレプリカで何度も練習したことあるからお手の物だ。
若干、大きさは違うけれど、難なく装着できた鎧は動きに合わせてガシャガシャと鳴った。興奮していた僕はその鎧を着たままソードレスリングの動きを取った。服のままと鎧装着時では動きの勝手は違うけど、普段の練習により、その動きはどこかスムーズだ。
「あつっ!?」
その時、ちょっとしたアクシデントが起きた。しばらく動いていた時、頬に痛みを感じた。頬からジワリと何かがにじみ出る感触が出た。
「まずい、血が出ちゃったよ! 鎧が汚れちゃう!」
おそらく、ヘルムの内側に‘バリ’が出来ていたんだろう。偶然にも頬を切ってしまったようだ。慌てて鎧を外そうと僕はヘルムから手をかけた。いくら譲り受けたとはいえ、元は美術品だ。それも勝手に使って汚したと知られれば大目玉を喰らうだろう。
[……せ]
「えっ……?」
一瞬、何かが聞こえた気がした。それによってヘルムにかけていた手を止めてしまう。
周りを見渡してみるけど、誰もいなかった。従業員の人達が戻ってきたのかと思えたが、遠くから見える出口からは人の姿は見えない。
気のせいに違いないと決め、再度ヘルムに手をかけた。
[……よこせ……]
「――――っ!?」
――やっぱり聞き間違いなんかじゃない!
声が聞こえてくる。まるで自分の内側から響くように…。まさか、この鎧が、そんなのありえない!
何だか恐ろしくなった僕はなりふり構わず鎧を直様脱ごうと急いだ。だがそれは叶わない。
[よこせっ!!]
「あ、がは……っ!」
何が起きたのか理解できなかった。ヘルムにかけていた手が勝手に下へ下げられたのだ。それだけじゃない、身体が動かせなくなっている。まるで金縛りにあったかのようにガッチリと硬直していた。
「な、何…これ!?」
しばらくすると、身体が異様に暑い。時間が経つにつれ、その体感温度は更に上がっていき、ついには鎧のそこら中の隙間から煙が吹き出た。耐え難い熱は僕の声帯を侵したらしく、もはや声が出せなくなっていた。
(誰か…誰か…たす、け、て……)
それが僕が最後に思った思考だった。身体がドロドロと溶けていく感覚と共に、僕の意識は失った。
◆◇◆◇
「シルヴァーノ? あれ、どこにいったんだい?」
その後、シルヴァーノがいない事に気付いた伯父は彼を探しにこの倉庫へとやってきた。騎士好きの彼の事だ。一足先に鎧を見に行ったのだろうと予想したからだ。だが、その予想は外れる。彼は倉庫の『どこにも』存在してはいなかった。
そこには、いつものアンティークの山に、空となった新しく置かれた木箱を残すのみ…。
さて、後は異世界設定をさらに構成していくのみだ……