第十八話 雷撃筒
遅くなりました。毎日が辛いッ!!
馬の歴史は本当に長く、五万年前までは食料として狩られていたそうだ。ところが、紀元前四千年前に食用から家畜、役蓄として、紀元前千年に騎馬技術が発展してからは紀元前三百年にて現代と同じ『はみ』が生まれてからは大幅に向上していったらしい。
それから現代の自動車に取って代わられるまでは、乗馬は陸上の最高の移動手段の筆頭とされたんだって。慣習が無くなってもなお、乗馬は馬術として趣味やスポーツの多くに貢献し、世界中に根強いている。
話は変わるけど、騎馬兵の強さとは何か分かるかな? もちろん、『突破力』だ。例え歩兵から槍を向けられたとしても、馬術の巧みな扱いにより、馬の強靭な足で跳ね除けられ、無造作に踏み潰されてしまうくらい強力さ。そのポテンシャルがあったからこそ、騎馬兵は中世中期までの戦争では大いに活躍出来たんだと僕は言える。
〈しかし、たかが何度かで馬を走らせるまでに技術を向上させるとは中々やるではないか〉
「あぁ…実を言うと、その、トラウマ込みで‘強引に’覚えさせられたに近いんだけどね……」
そう、あれは一年程前の事だ。ナイトスクールのメンバーで馬乗りのための動物園を訪問の際、大人と子供は組合って馬に乗る決まりがあった。当時、僕が一緒になったのがクレマンさんなんだけど、あの人…なんと元騎手なんだよ。それに豪快な性格もあってか、冗談なしで本気の騎手仕込みの馬駆けを体験させてきたんだ。何度も止めてほしいと懇願したけど、「何事も経験が大事だ!」の一言で実行させられて強烈な疾走感に只々僕は恐れるだけだった。
「おかげで、ちょっとちびっちゃったよ…」
〈ほうほう、それで?〉
「笑うなってば。走り終わった後はクレマンさん、その日、一緒に来ていたアレット伯母さんに制裁喰らわされたんだ」
〈お前の血族の女は中々度胸があるのう〉
今でも覚えているよ。回し蹴りから始まり、コブラツイストでクレマンさんを締め上げていた伯母さんの姿。なんか魂が抜けかけていた気がしたから急いでナイトスクールの皆と止めさせたおかげで事を得たものの、あのまま続けていたらクレマンさん洒落にならなくなっていたかもしれないね。くの字になったまま地面で倒れていたし…。
思い出話はここまでにしてと…さて、本格的な騎馬術というものはやった事がないけど、この場で身につけるしかない。馬とどこまで力を合わせられるかが『みぞ』なんだからね。
そうして、手綱を強く引いて馬の腹を蹴って「走れ!」と命令を出す。右手に槍を、左手に手綱を握って上手く使い分けていく。初速から次第に加速度を上げていく馬の走りは予想以上に操作が難しいから慎重にやらなくてはいけないんだ。
〈では、これからどうするつもりじゃ?〉
「もちろん、掻き乱す!」
馬が迫ってくるのを直視するのは多大な心理的脅威も与えるものだ。冷静な判断を以てして対応すれば、馬を倒すのは割と造作はないのだが、そんな事が出来るのは慣れと時間が必要になってしまう。だからこそ、僕の使う戦法は烏合の衆でもある盗賊達には有効だ。
槍柄を逆に持った槍を頭上で振り回し、威嚇の姿勢を彼らへと振り撒いてやる。これにより、蜘蛛の子を散らすように迫ってくる馬から逃げるべく、身振り構わず走り出していく盗賊達を僕はしつこく追う。蹄鉄が大地を噛みしめる。重い響きだけがやけにはっきりと聞こえる。
「退け、退けえぇぇぇっ!!」
先ほどまで優勢だった盗賊達はもはやアルダ達を囲むどころではなかった。円陣は無残にも崩壊し、迫り来る僕の馬から逃げる事しかできない。剣を向けようが、その切っ先や刃は当てる隙も与えない。槍を向けようが、その穂先は軌道を逸らされ使い手共に蹴り飛ばされる。
圧倒的でだった…。
ならばと弓矢で撃ち落としてやろうではないかと考えた盗賊が揃って矢を番え、僕へと放つ。でも、それもまた無駄だ。鋭い鏃は動き回る僕を捉えることも至難の技と化していた。まれに当たる事があっても、堅固な鎧は突き刺さることさえも許さず。
「馬だ、馬を狙うんだ!」
将を打たんとすれば馬を射よ。
そんな諺が存在するらしいけど、実際それを行えるのは途轍もない技量を要する。距離が遠くなればなるほど難易度は上がるのは当たり前だ。近くになれば話は違うかもしれないけど…。
そんな暴挙を許しはしない存在がいればさらに別の話になる。
「へっ、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「おら、さっきのお返しだ!」
「ぎゃあっ!」
緊迫状態から解放されたアルダ達の後援が先制して弓使いを排除していく。戦況を巻き返していくのが次第に感じる。
――これならいけるかもしれない。
こちら側の誰もが勝利を期待していた。
そこへ、突如として激しい雷が空気中を伝って地面の一部を激しく抉りとる。凄まじい轟音が騒動を一瞬にして止め、静寂を訪れさせる。誰もがその威力に驚き、顔を強ばらさせた。
だが、盗賊側だけが違う。まるで待っていたと言わんばかりの表情をしている。
閂を外され、開放された門から何者かがやってくる。蹄鉄が鳴り響き、白煙からそのシルエットが見えてくる。その者もまた、馬に乗馬しているようだ。
「なんだ、中々手間取っているじゃないか?」
「お頭ッ!?」
盗賊の頭、いわば頭領が直々に赴いてきたようだ。その手には紫電が迸るL字型の物体を握り、下に向けてだらんとしていた。あれは一体何なんだ? 武器…なのかな?
〈雷撃筒という武器じゃな、アレの正体は〉
「…雷撃筒?」
〈詳しい原理は長くなるから省くが、簡単に言えばお前の世界の『銃』という物に似ているのう。もっとも、こちらは鉛玉なんて陳腐な物ではなく――〉
フィロが説明をしている間、傭兵の一人が盗賊の頭へと全力で向かっていく。一気に勝負を決める気だ。敵の大将を仕留めさえすれば、相手側の士気にも影響する。傭兵が使うのは槍、間合いの優位は…待てよ? 頭領が持っているのは『銃』のような物だとフィロは言った筈だ。
「まずい!?」
もう遅かった。傭兵は頭領へと迫る直前となっていた。穂先を突き刺そうとベストなポジションに入り、「殺った!」と思っていたに違いない。
その瞬間、『爆ぜた』…。
雷撃筒が向けられたと思いきや、その筒口から凄まじい雷撃が生じ、傭兵の身体をバラバラにしながら吹き飛ばしたのだ。地面に倒れ込んだその姿はもはや面影はない。黒焦げに炭化し、辛うじて人であった存在だと認識できる『残骸』でしかなかった。
〈あのように、雷をレーザーのように放出するんじゃよ。実際見たほうが理解しやすかったかのう〉
アルダ達もまた、仲間が無残に殺されて血の気が失せている。普通ならば、ここで血の気を上げ、仲間の仇討ちとして攻める事もあるのだけれど、未知の武器による攻撃は彼らにもかなりのインパクトを与えたようだ。
「調子に乗りすぎなんだよ、お前らぁ…」
頭領は冷たい視線を向けつつ、雷撃筒でトントンと肩を叩く動作をしながらそっと呟く。そこには静かな怒りと苛立ちが込められているようで、余計にこちら側に恐怖をそそらせる。現に、アルダ達は誰一人として、金縛りにあったように動けずにいた。
いや、アルダだけが気迫でその恐怖を押し戻し、矢を番える動作を起こす。最速で完遂された射矢は真っ直ぐに頭領の頭を狙って飛んでいく。だが、そう簡単にはいかない。まるで枝を払うかのように雷撃筒で直接打ち落とされる。自信のあった早射を破られたことに驚きを隠せないアルダは口を開けたまま唖然としていた。なんて動体視力なんだろう。
「そうか、そんなに早く死にたいかお前」
攻撃された事に呆れを頭領は感じているように見えた。何だか頭領は「余計な真似をしたな」と考えているような表情だ。すると、不意にアルダ達へと雷撃筒を向ける。
――撃つ気だ。
この場に居る誰もが確信する。
「…ゲブラーで開発された最新式の魔術兵器」
引き金に指を掛け、標準を合わせ――
「その身でしっかりと味わってみな」
――雷が狂い踊りだした。