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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第二章
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第十四話 征矢

 人が一日の中で最も長く行う一定の行動って何かわかるかい?

 

 それは『睡眠』だ。身体を休ませる『レム睡眠』と大脳を休ませる『ノンレム睡眠』と別々に別れているけど、ほとんど眠るという行為自体に違いは見られない。


 僕はライリーの家の外でテラスの段差に腰を下ろして座っていた。もう外は真っ暗で誰もが夕食を終えて、やる事がなければぐっすりと眠る時間だ。それにも関わらず、僕は起き続けていた。別に見張りという訳じゃないよ? この村は頑丈な防壁で囲まれているから襲撃の備えは十分だし。じゃあ何で?


「ね、眠れない…」


〈そりゃあ眠る必要がないからのぅ〉


 全然眠くならないんだ。そもそも、肉体が無ければ睡眠の本元である生理反応も起こらないからね。それでも無理に眠ろうとしたけど駄目だった。ついでに目蓋(まぶた)さえも無いし…。

 

 これだと僕は人間として夜間で普通するべき行動を取ることなんて不可能なんだ。


「これまで大変なことがあったから考えていなかったけど、僕ってこのままで大丈夫なのかな?」


〈不安か? そのような物、こんな事で抱くような代物ではないわ。さっさと払拭せい〉


「人ごとだと思って簡単に言わないでくれよ。理解と反応がまだ追いついていないんだからさ…」


 このまま座り込んでいるのもなんなので、村でも探索してみることにする。鎧を来たまま歩き回るのは元の世界じゃ不審者丸出しな行動だけど、異世界だということで許してもらいたいね。


 それと、別に家の外に居たのは僕のせい(?)で魚籠を忘れてしまったライリーに追い出された訳じゃないから。オカズが少なくてひもじい食事で過ごすライリーの姿を見ているのが居たたまれなくなったに過ぎないだけさ。

 

 それもどうかと思うけど…。


〈あの時の小娘の顔ときたら、傑作じゃったな!〉


「おもしろがるなよ!? 他人の不幸は蜜の味みたいな語気風潮で評価しないの!」


〈つれないのぅ…人間の面白みはそこなのに……〉


 魔人には人間のそういう場面は喜劇に等しいんだって。自重というモノを知らないのか、する必要がないと考えているのか、ずけずけと皮肉で揚げ足を取りに来る。


 たとえ僕以外には聞こえなくても、唯一で聞こえる僕にとっては陰口そのもだからそのままにしていると後見が悪くなるから戒(めてはいるんだけど…効果なんて全く見られやしない。


 この村は居住地以外にもちょっとした店も建てられているようだ。試しに飾られている看板を見てみるけど、ここでも新たに問題を発見した。文字が全く分からないって事だ。元の世界の学校で少しだけ世界史で勉強した事があるアラビア語の様にミミズがへりくだったような形の繋がった文字らしい羅列が見えるけど、解読するのは僕には無理だ。


〈食材店マルムと書いてるのう。なんじゃ、言葉くらい一日程あれば覚えられるもんじゃろ? 全く人間は頭の使い方が下手で困るわい〉


「余計なお世話だろ! ってか凄いなお前!?」


 ――さすがは『賢魔』、頭の作りが半端ないという訳ですか。

 

 知能指数で表したら一体どれくらいになるのか知ってみたいね。


〈ちなみに、妾の計算でお前の知能指数とやらを調べればおよそ『21』じゃな〉


「低っ!? 絶対なんか余分な計算式入れて測定してるだろ!」


〈さて、人間の方の計算など知らんからな〉


「嘘だっ! てか笑っているだろお前! この野郎っ!!」


 微かに聞こえるフィロの笑う声に僕の怒りは有頂天に達する。拳を強く握り締め、震えさせていかにも「私怒ってます!」と表現した。そんな姿を余計におかしいと考えているのか、フィロはさらに微笑の声を響かせる。

 

 それが不快でたまらなくて仕方がない。


 そんな時、ふと憤慨していた意識に響きの良い音が少し遠くから聞こえてくる。まるで木の板を何か軽い物で叩いているような…。そんな気持ちの良さそうな音が夜の村に微かに響き渡る。


 興奮を冷まし、その音の発生源まで辿っていくと、誰かが立ち尽くしていた。目を凝らすと、手に弓矢を持っており、今にも矢を番えようと準備をしている。


「あ…あいつ……!?」


〈確か、アルダと呼ばれてた人間じゃのう〉


 昼ぶりに見たアルダが独りで弓の練習をしている。アルダは弓を引いて狙いを定めると、遠くに生える樹に向けて静かに矢にかけた指を離した。弦によって押し出された矢は閃光の如く勢いを増してその樹に突き刺さる。


 僕は近くにあった別の樹で身を隠しつつ、アルダのなりゆきをうかがう事にした。


「…………」


〈何でわざわざ隠れるんじゃ? 別に堂々と出てくれば良いではないか〉


「いや、色々とあるから…」


 アルダとは意見の食い違いを伴って知り合う事になった奴だ。食い違いは今でも続いていて、いわばお互いを忌み嫌っていると言っても過言じゃない。だから僕としては安易に顔を合わせたくないと考えてしまう。


 こちらの存在に気づかぬまま、アルダは射撃の練習を続けている。練習方法は色々と変わっていき、正確に狙い射ったり、瞬時に矢を番えて放ったりと用途の違いに沿った鍛錬である事がうかがわせる。何度か矢を放ち終えると、アルダは構えを解いて矢が突き刺さった樹の方へと向かっていた。たどり着くや矢を手掴みで次々と抜いて矢籠へと収めていく。再利用をするのだろう。


 元の位置に戻ったところで再度、弓を構え出してそのまま練習に入っていく――


「誰だ…」


 ――かに思われた。番えた矢は的にしている樹ではなく、僕の隠れている樹へと放たれた。いきなりの事に思わず驚いた僕は樹から逃げるように離れて自分の姿を晒してしまう。


「てめえかよ…こそこそと見てんじゃねぇよ。覗き見なんていい趣味してんじゃねぇのか、あ?」


「うっ ごめん そんなつもりはなかったんだ…」


 冷ややかな目で横目のまま、僕を睨みつけながら練習を続けるアルダに謝罪を入れる。仲が悪いとはいえ、覗き見という誠意に反した行為を取ったこちらに非があると考えたからだ。だから僕が謝罪をするべきだった。


「…んで、別に用が無いならさっさとどこか行きな。これは見せ物じゃねえ」


「あのさぁ…さっきから何で僕に対して嫌そうに話すんだよ。少しはちゃんと相手してくれたって良いだろ?」


 それでも、アルダの態度には不快を感じてしまう。ついつい対抗心が芽生えてしまい、言葉が荒くなる。相手にしないとばかりにこちらの言葉を無視するアルダに僕は無表情なヘルムの顔で睨みつける。無表情なのに睨みつけるってのはおかしいな。


 それでも、度胸があるのか…単に僕の雰囲気に恐怖を感じないのか…どちらにせよ効果は無い。これでは親しくなるなんて夢のまた夢だな。諦めて帰ろうとしようか。


 後ろを振り返る際、僕の視界にふとあるものが映る。簡単にまとめられた荷物が傍に置かれていて、何気なくアルダの方へ視線を戻したけど、相も変わらずアルダは弓を射続けているのでこちらには気づいていない。おまけにアルダ以外に近くには誰もいないので僕はこれがアルダの所有物だと推測する。

 

 水筒、ロープ、干し肉等と長旅を過ごす者にとっては必要最低限の道具が荷物の袋に入れられていて、緩められて半開きの袋の口からそれらが覗けた。


 そう、その中でたった一つだけ、僕に疑問を持たせるものも…。


 それは予備としての矢籠の中に入っており、軽く詰められた矢束の一部として収まっている。それも後生大事に布で包んでいた。


 形から見て矢だって事は分かったけど、どうしてわざわざ一本だけこのような処置を施しているのかがどうも分からない。ひょっとして、他とは違う何か特別なものが使われているとか?


 僕ついついその矢を調べたくなってしまい、手を伸ばす――


「触んじゃねえっ!!」


 ――と、そこへ『投げナイフ』が飛来してきて僕の眼前を通り過ぎ、近くの地面へと突き刺さる。


「そいつに触んじゃねえっ!!」


 早足でこちらへ鬼気迫る表情のまま向かってくるアルダの姿を僕は放心しながら見ていた。そのまま近づいてきたアルダに突き飛ばされ、よろめいて後ろへと後退。一方、アルダの方は件の矢を後生大事に守るように大事に抱えている。


 アルダは先ほどまでの卑下する視線とは違い、今度は軽蔑する視線で僕の事を睨みつけてくる。どうやら僕は何か琴線に触れる行動を僕はしてしまったらしい。原因はどうみてもあの布にくるまれた矢がそうだろうな。


「こればかりは許さねぇ、『これ』だけは絶対にだ…」


 どのような曰くがあの矢にあるのだろうか興味を持つけど、詮索するのはやめておこう。持ち主のアルダがああする程だし、何より絶対にまともな事情じゃなさそうだ。


 お互い緊迫した空気の中、動けずにいる。一触即発という状況が静寂を支配する中で――


「盗賊だあっ! 盗賊が来たぞおぉぉぉっ!!」


 ――二人の間に水を差すかのように村中を鐘の音が激しく鳴り響く。


 警告を意味する鐘を狂ったように一心不乱に…。

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