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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第二章
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第十三話 予感

 フィロへの『ニート』・『ババア』発言が済んだ頃、ようやくライリーが鎧を組み直して身体を返してくれた。ブラインドリベットという金具を一つ一つ丁寧にはめ直し、ハンマーで微調整を施していく。これこそ、鎧の関節の役割を果たす部分として重要な物なんだ。


「色々あって、すっかり聞きそびれていたけど、あなたってどこから来たの? カフト王国にこんな水準のゴーレムを作れる訳がないし、ひょっとして隣のヒルベート大陸の首都セフィラがアナタの創られた場所かしら?」


「…そうじゃないんだ」


「違うの? まさか、ラメド大陸のゲブラー皇国からとか?」


「ううん、そうでもないんだよ。本当の事を言うとね、僕は君のいうゴーレムという存在なんかじゃないんだ」


「えっ?」


 僕は話した。


 元は一人の人間である事…。


 この世界とは違う地球という星の世界から来た事…。


 ライリーになら、全てを話しても大丈夫な気がしたからだ。だけど念のためにフィロの事は伏せておく。フィロが『魔人』についてを口にするのはタブーだと申告して来たからだ。


 詳しく事情を話していく内、ライリーの眉間に皺が寄せられていく。ライリーなりの根拠と結論を浮かべようと頭を働かしているようだ。それはそうかもしれない。こんな与太話同然な話なんてそう簡単に信じれる訳が無いよね。たとえ僕が反対の立場であっても、疑うのが先だろうし。


「…じゃあ、私達の住むこの世界とは違う別の世界が他にも存在するってこと?」

「そうなる、かな…?」


「んー、ちょっと考えつかないわ。あまり『レーシュ教』の伝承みたいな私にとって非現実的な物は興味ないから」


「レーシュ教? ひょっとしてそれは何かの宗教かい?」


「…本当に何も知らないのね。レーシュ教を知らない人間なんて、コルサメフ大陸のイェソド公国の人間くらいだと思ってたけど……」


 駄目だ、さっきからライリーの口から知らない単語ばかりが出てきて理解が追いつかないよ。前にも言った通り、この世界がどういった物かはフィロから多少は聞いているけど、国の情勢や土地の在り方はフィロでさえ知らないらしい。昔ならともかく、現在(いま)はさっぱりなんだって。


(なが)い悠久の時をこの鎧の中で目覚めぬまま過ごしてきたからのう。妾も新たな知識を手にしたいんじゃよ〉


「でも、この子が言った物の中で知っている事はある?」


〈大陸の名前は変わっておらんが、国の名前は少し変わっておるようじゃな。じゃが、レーシュ教か…〉


「ん、どうしたの?」


〈いやなに…相変わらずだと考えただけじゃ。気にするでない〉


 何か意味の含んだ物言いをしたけど、あえてその事については触れなかった。改めてタヴレスについての個人学習をしよう。ライリーとフィロから交互にこの世界についてを聞いていく事にする。


「それじゃあ必要な物はと…地図どこやったっけなぁ」


 ライリーは資料の山から地図を探している。積みに積み重なった中から探すのは困難を極めるだろうな。途中から手伝ってあげたけど、その間に三度ほど山が崩れてきて生き埋めにされてしまったよ。恐るべし、これが塵も積もれば山となるということなのか。


「さて、探し物も見つかった事だし、始めるわよ」


 幼い頃に学校で習った世界地図とは違う地殻の全貌がそこにある。これを見て、僕も改めてここが異世界なんだなと再確認させられる。


「まず私達が今いるのは南東に位置するアルザイン大陸。ここは気候が温暖だから国土が豊かで農業が盛んなの。だから、世界中から『食料庫』と称される程に食材の流通が最も行われているわ」


〈じゃが、この大陸の首都であるカフトは反戦争主義で有名でもあるぞ。軍事を抑え、その豊富な食料を他国に譲渡することを条件として不可侵条約を結んでおる〉


 そのせいで、他国じゃ弱小国家と影で囁かれているらしい。戦争をしないようにするのは素晴らしい事かもしれない。けど、手を取り合うという事は簡単じゃない。


「その隣の大陸がヒルベート大陸。魔術に秀でた首都セフィラを中心として世界中の学者が集う所よ。この地図の北に位置するラメド大陸とは何度も戦争していてね…。今は休戦状態だからいいんだけど、いつその火種が大きくなるか緊張が続いているわ」


〈ぎくしゃくとした国家関係は相変わらずか。そうとなると、この大陸の西側のヨド砂漠におるツァディーの部族共の身も考えられなくもないのう〉


 魔術国家かぁ~。ひょっとしたら僕の身体について何かヒントがあるかもしれないな。いつの日か赴いて信用の出来る人にこの身体を元に戻せるか調べてみてもらうのもいいかな。だけど、アイリーみたいな人ばっかりだったらやだなぁ…。


「そんでさっき言った通り、北に位置するのが最大の土地を有しているラメド大陸よ。ここは軍事国家の首都ゲブラーを中心とするから弱肉強食の意識が特に強いわ。あまり楽観的な覚悟で近づかない方がお勧めね」


〈あぁ、ここは面白いぞ? 一番富める国でありながら、人間の貧富の差が激しいというなんとも矛盾に満ちた場所じゃ。階級制度なんぞに(うつつ)を抜かしよる馬鹿共が原因じゃと思うがのう〉


 差別社会か、あまり気持ちの良くなるような物じゃないな。フィロに詳しく聞くところ、階級は主に貴族、平民、奴隷と分かれていて、奴隷を商品とした人身売買が盛んなんだって。人を物として扱うなんて…そんなの酷すぎるよ……。


「真ん中を位置するのが最小の領土を有しつつも、中立国家であり、レーシュ教を布教する宗教国家として名高いギーメルダレットが存在するティファレト大陸。謂わば本山ね、本当はアイン半島とオウル半島という領土も所有しているんだけど、その優先権はゲブラーやセフィラに移っているの」


〈ふん……〉


 あれ、何だか嫌そうだねフィロ? そういえばレーシュ教っていう単語を聞くとやけに嫌そうな雰囲気を出してたな。何か特別な因縁があるのかもしれないけれど…。フィロの事だ、そう簡単に話してくれるわけないか。


「後はツァディー大陸とコルサメフ大陸なんだけど…うーん……」


「あれ、どうしたの?」


「実を言うと、ここは私達が住む『東』には知られている部分があまりにも少ない未開地でもあるの。コルサメフの方はイェソドって国が鎖国体制を取っているから情報は流れてこないし、ツァディーは危険な魔物が数多く生息していて迂闊に踏み込めない大陸でもあるのよ」


「へぇ、まだ知られていない場所なんて所があるんだ」


〈イェソドが鎖国体制を取ったか。近々そうなる予感はしてたが、やはりか。あそこは自然の流氷が綺麗なんじゃがのう〉


 フィロが残念そうにするなんて珍しいな。そんなに綺麗なのかな?


〈そうとも。しかも、あれは自然の防壁も果たすほどに分厚く出来とるから圧巻じゃぞ?〉


 そうか、一度見てみたいな。でも、鎖国体制だから迂闊に近づいたら問題になるから無理かもしれない。


〈ツァディーに住む部族達も現世の情勢を見るに、数が(かんば)しくなくなっている予感がするのう。人間共が無駄な迫害をしたのが大きいか…。二百年前と全く変わっとらんな〉


 まるでインディアンの出来事だ。彼らも白人達に無理やり追い出され、痩せこけた土地へとすみかを移されてしまったんだっけな。今では国からの支援があって何とか生きていけるという感じだと聞いた事がある。


 …身勝手だよ、勝手に追い出して、それで滅びそうになったから支援してやるだなんて図々しいにも程があるよ。


「ざっとこんなところかしらね?」


〈ふぅ、喋りすぎたわい〉


「ちょっと自信ないけど、何となくわかったよ…」


 あまりに膨大な知識に僕の脳がパンクしそうな感覚に襲われる。


 いや、脳髄が本当にあるわけではないんだけど、この場合は魂の記憶と呼んでみた方がいいかもしれない。うぅ、元の身体だった頃は日頃レポートでの宿題で頭を働かせていたのに。常識外からの知識を新たに加えるのがこんなにも難しいことだったなんて…。ちょっと記憶力に自信を無くしちゃいそうだよ。


〈これくらいでへこたれては妾の相手は務まらんぞ? 休む間も惜しまずたっぷりと教えてやろう〉


 意地の悪そうな笑い声を微かに漏らしながらフィロは言う。どうやら、今後とも『悪い意味』でお世話になりそうな予感がした。


「よし、これで終わった!」


 ちょうど鎧を組み立て直し終えたらしく、上半身と下半身をつなげ合わしてやっと様になってくれた。最後は本体のヘルムを装着すれば本当に終了だ。仕上げとして、ライリーにヘルムを鎧の傍まで持ってきてもらい、そこから手渡しで手にとって装着する。テストとしてガタつきがないか何度か動いて調べてみるけど、問題は無さそうだ。


「ライリーってホント手先が器用なんだね」


「それはもちろん、紋章術を扱うのは第一に手先の器用さが重要なんだから」


 褒められて機嫌が良くなったのか、ライリーは自慢げに指を柔らかく動かしてアピールした。


「それじゃあ夕食に…ってあぁ! しまった! 魚籠忘れたっ!!」


「えっ、それって僕を追い掛け回す前に別にどうでもいいって言った筈じゃ…」


「本当にいい訳ないでしょ! どうすんのよ、これじゃあ今日の夕食は豆スープだけになるじゃない!」


〈ひもじい、ひもじい食事じゃ…〉


「どれもこれも全部シルヴァーノのせいよ! どうしてくれんのよ!」


「えーそんなぁ…」


 理不尽な物言いに僕は只々悲哀を漂わせるしかなかったのであった。






「…それで、お前達は何も奪えず、のこのこと逃げおおせてきたというわけか」


「すまねぇお頭! 奴ら、かなり練度の高い傭兵を雇ったらしいんだ。それで――」


 深い森の奥にて存在する盗賊達のアジト。自然の障害物によってカモフラージュされたそこは特定の人間にしか見つけられぬよう技巧が施されていた。

 

 そんな中に、今日、商人達を襲った盗賊達の姿がある。お頭と呼ばれる弾性に今回の成果を報告しているらしいが、結果は(かんば)しくない物で、言うこと事態、渋り気味となっていた。

 

 いわば『失敗』という結果を持ってきたからだ。


「ふざけるな! こっちは遊びで盗賊をやってんじゃねぇんだぞ! 取れるもの取れなきゃ今後やっていける筈ねえだろうが!?」


「ひ、ひぃっ!?」


 ご覧のとおり、お頭はご立腹の様子。何も奪えないとなると、盗賊の名折れだ。激しく怒鳴り散らして近くの石を蹴り飛ばすと、それは報告した部下の近く目掛けて飛んでいき、障害物に“かつんっ!”と跳ね返る。


「ちっ、失敗しちまったもんは仕方ねえ。おい、例の商人達は今どこだか分かるか?」


「はい、どうやらこの近くのスリール村に件の護衛団と共に滞在しているそうです」


「スリール村か…確かあそこは頑丈な防壁で囲まれているな」


「そうです。あそこにいる以上、もはや手の出しようが無いかと…」


「いいや、むしろ、閉じこもっているのがちょうど良いかもしれんな」


 お頭は何か良い考えを思いついたらしく、にやりと口元を歪ませる。


「よしお前ら聞け! 次の襲撃の予定を話す。しっかり聞いとけよ?」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 盗賊達が一斉に声を上げ、お頭による士気上げを受け取った。


 どうやら、また少し波乱が訪れるようだ。まだまだ完全に安心するには早過ぎるのかもしれない。

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