第十二話 工房
たどり着いたライリーの家はログハウス的な木造式だ。小さな階段を上がると、やや広いテラスがあって一台のテーブルが敷かれている。まるで最低限の生活をするための住居かと思える造りに見えた。
「ここが私の家よ。遠慮しないで入って」
「じゃあ、お邪魔するよ」
ドアを開けてみると中は意外と快適な物だ。キッチンみたいな近代設備なんてはしないのは分かりきっている事だけど、きちんと片付けられていて客をもてなすのも申し分の無い清楚さ。
ベッドや本棚に机、まれにどこぞやの飾り物が置かれているリビングが主体となっていて、二階は無くてもその存在感は自然の温度調整の構造と共に際立てられる。
それでいて、何か物足りなさが少しある。
「ふふん、ひょっとして何も無さそうだなと考えてるんじゃない?」
「それは…うん、ごめん。思った」
上がらせてもらっている身であるのに失礼な事は言う気はさらさら無かったんだけど、ライリーのどこか自信ありげな声に何となく本音を言う。だけどライリーは気を悪くする素振りは見せず、むしろ僕の意見を肯定で迎えた。
「その通りだから別に無理に煽てなくてもいいの。でもね、本当にすごいのはこ~れ!」
そう言って、ライリーは机に手を置くと何かを示唆してポンポンと二度叩いてから一気に押した。すると、レールの上を滑走するトロッコのように机は移動し、露わになる床下に何やら出現する。形だけで見れば、床下物置か地下室への入口とかかな?
そう考えている内にも、ライリーは蓋を外してこっちに来るよう手招きをしてからそこへ入っていった。僕もその後を追う。
「何ここ? 暗くて何も見えないよ」
「待ってて、降りたら灯り付けるから!」
梯子に掛ける足に力を入れつつ、ライリーの指示を待ちながら様子をうかがう。少し深い構造で一番下には微かだけど、何か物影が見えていた。
正体不明の物体に気を取られていると、いつの間にか下に降り終えていたライリーが灯りを付けたようで一気に視界が明確になっていく。
「もういいわよー、降りてきたら?」
許可が出たので改めて梯子を降りていく。中は意外と綺麗な空気が滞っていてホコリが舞い散る心配もない。
最後まで降りた先には別世界が広がっていた。
羊皮紙らしき紙に様々な絵や文字が描かれた物が所々に重ねられ、壁に貼られたりとまるで小さな美術館に来たかのような錯覚を思わせる。他にも何かの植物やらビンに入れられた素材の欠片やらとここは僕の世界でも俗に言う『工房』または『研究所』に思える。
「どう、驚いたでしょ?」
「すごいや、これは全部君が作った物なのかい?」
「半分は正解、初めは私のお母さんが使っていた資料なのよ。私は途中で受け継いだだけ…」
〈大したものじゃな。この羊皮紙に描かれている物全てが魔術に関する物ばかりじゃ。紋章術に関するものもあそこらへんにあるぞい〉
――こんな僕より幼い少女がよくぞここまでやりあげたものだ。
正直言って驚愕したよ。
ところで、ライリーの母親は…。
「二年前、流行病で亡くなったの…それ以降、私はここに一人で住んでいるわ」
「一人で…ならお父さんはどうしたの?」
先ほどから母親の事しか喋っていないライリーを不思議に感じたので聞いてみる。
「実を言うとね、聞かされてないのよ。村の人が言うに、十五年前くらいにお母さんはこの村にやってきたらしくてその頃で私がお腹の中に居たの」
「先に亡くなった…いや、でもそれなら普通誰かと教える余地ぐらい持ってるかもしれないし……」
「別にいいわ、一度も見たことも無い父親の顔なんて今更見たくもないと思っているから」
そう言って、ライリーはどこか機嫌が悪そうな表情を作り出すのが分かる。今までライリーなりに苦労したんだろうな。これ以上の詮索は無用としておこう。
話はこれで終わりだと自己完結している時、ライリーは手にしたカンテラを近くのテーブルに置くと何かを探し出す。しばらく待ってみると、手にいくつもの道具を束ねて取り出し、それから僕へと振り返った。
「それじゃあ、ちょっとした私の思い出話が済んだところで…『実験』させてもらうわよ!」
「えぇっ、何かその話の方向転換おかしくない!? それに、変なことしないって約束したじゃないか!」
「約束したけどごめんなさい。魔術研究者の卵として、貴方のような興味の塊を調べない訳にはいかないのよ!」
「何ですか、その約束は破るためにある! な言い訳は!」
身の危機を感じた僕は直様、後ろの梯子へと登ろうとする。でも無理だった。
ライリーが何やら工房の『秘密のスイッチ』を押すや、空いていた筈の入口が閉まり、梯子が勝手に上へと収納されていったんだ。
つまり、逃げ場を失った。
「ぬっふっふ! そう簡単に逃げようったってそうはいかないわよぉ!」
「ひいぃぃぃっ!」
目をらんらんと煌めかして興奮しながら迫ってくるのは一種のホラーそのものだ。君ならホラー映画主演を狙えるよ、ライリー…。
おまけに匠な指使いで道具をそれぞれの指に挟んで持つ様はまるで爪に見立てているようだ。カンテラの灯りで出来た影がライリーの姿を映す。その形は悪魔のような姿だ。いらぬ効果音までもが幻聴として聞こえてきたよ。
「た、助けてフィロオォォォッ!」
〈妾にどうしろというんじゃ…〉
流石のフィロもこれには不憫に思っていたようだけど、手も足も出せない…というより無いのでどうすることも出来ない。どうやら僕の味方はここにはいないようだ。
「アッーーーーー!!」
僕の雄叫びがライリーの家で微かに響き渡った。地下室だから音も漏れる心配はない。自分に合掌を送りたい、南無。
「これ凄い! 資料で見たことも無い魔術刻印が内側にビッシリと刻まれてる!」
「うぅ、僕の身体ぁ……」
数十分後には、上半身と下半身が分けられ、その内の前者は分解途中の僕の姿があった。実質、本体であるヘルムはテーブルに置かれていて自分の身体がライリーに分解されていく様子を呆然と眺められる。
それに対して、ライリーは部品の一つ一つをじっくりと片眼鏡のような道具を使って観察していた。右手にペンを持ち、ものすごい勢いで羊皮紙に図画やら文字やらと記していき、そのスピードは衰えることを知らずだ。
「ほ~ほ~抗魔力、硬度増加、重量軽減、他にもそれぞれ! けど、それは一部的な物で本当に効果を発揮しているのはこれ…『カサリシス』、封印を意味する魔術刻印なのよね」
一人の世界に入っているようだ。ライリーは他の事は何も気にしないといわんばかりに僕の身体を調べている。あの、そろそろ身体を元に戻してくれませんか? 身体がバラバラなんで、感覚が離れ離れで何をどう動かしているのか分かりにくいんだけど…。
ライリーのテーブルの上で部品の一つ一つが僅かながらかたかたと震え、元に戻りたいと言わんばかりに僕からの意志を表している。それでも関係ないという風にやっぱりライリーは観察を続けていく。
「くっ、流石あの伝説の鉱石、アルザムナイト鉱石ね…ちょっとだけサンプルを取ろうとしても、道具の方が負けるなんて!」
さらには削り取って僕の身体である鎧の素材を追究し出す始末だ。流石にそれ以上はいけないと思ったけど、逆に道具の方が刃こぼれを起こして削り取るは不可能のようだった。
それでもライリーは諦めずに色々な道具を試して素材を削り取ろうと奮闘しているけどね。
「やっぱ一枚だけもらっていい?」
「それだけはやめてください!」
「むうっ、ケチ……」
素材採取が駄目だからって鎧の部品を板金丸ごと手に入れようとした所で流石に止めた。いやいや、冗談じゃないからね! 鎧は部品が一つでも欠けると使えなくなる程の精巧な作りなんだから駄目だよ!
〈まぁ、この鎧は今の魔術師が調べれば存在すべてがお宝その物じゃからな、興奮するのも分からなくもあらん〉
「他人事のように言わないでよ! 第一、この体は僕の身体であると同時にフィロの身体なんだよ!? 分解されたらお前も困るんじゃないか!」
〈さてのぅ。むしろこれで壊れてくれれば妾としも万々歳じゃが、もしや封印が取れるかもしれんし…とはいえ、それはもはや何百年も試して無理じゃったから望みは持たんがのう〉
相変わらずひねくれた考えしか持たない奴だな、もう!
というより、フィロは一体何年生きてるんだ? 改めて考えるとすごく気になる。
〈さぁのぅ、数えたことは無い。人間とは比べ物にならんのは確かじゃが?〉
「じゃあつまり『お婆ちゃん』なのか」
〈おばっ……!?〉
僕のお婆ちゃん発言にフィロはカチンと来たようだ。唐突に声を荒げて怒気を見せてくる。
〈お前なんぞにババア呼ばわれされるとは屈辱極まりないぞ! 訂正しろ、即刻訂正を求めるぞ!〉
「ふーんだ、それなら『ニート魔人』って呼んでやる!」
〈ニート…なんじゃその言葉…ってくおらあぁぁぁっ! 誰がニートじゃあぁぁぁ――――っ!!〉
僕の知識から読み取ってその言葉を理解したようだ。だって、その通りだもん。動かない、働かない、引きこもっている(鎧の中に)の三大天がそろっているし、まさにピッタリじゃないか!
〈心外じゃあぁぁぁっ!!〉