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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第一章
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第十話 矜持

 槍とは、有史時代から人類が使用し続け、銃剣と代替されるまでに長く戦場で使われ続けた武器とされる。剣と並び、白兵戦用武器の中で最も活躍した実用的な武器の一つであり、その破壊力は目を見張るところがある。


 だけど、その長さ、携帯性の不利、すなわち持ち運びの不便さが述べられたせいで騎士の定常武器としてはあまり扱われなかった。それでも扱う者がいたとすれば、余程の技量を携える武人に他ならない。


「はあぁぁぁっ!」


 僕は槍の石突きを盗賊の一人に鳩尾目掛けて片手付きで放つ。本来なら片手での槍の扱いは危険なんだけど、ちょっとした経験で何度も同じことを反復練習しており、ちょっとやそっとの程度じゃ僕の突きは見切ることは中々出来ない。


 ナイトスクールでのクレマンさん達との白兵戦演習がこんな形で役立つなんて…。世の中分からない物だね


 ぶちかまされては転がされて、受け止めては弾き返されてと猛牛の如き突進をいなしたり、反応して先手を打てるまでに鍛えられたものだ。あれは本気で泣いた。


 槍はその長さと『しなり』が攻撃力だ。一人を倒した後、即座に穂先近くの打柄に手を移して振り回す。遠心力の乗った石突きによる叩きつけはハンマーに匹敵するといわれている。


「があぁぁぁっ!?」


「あ、足が、折れ――っ!!」


「うっ……!」


 それを僕はあえて足を狙って叩きつける。硬い槍柄と石突きは盗賊達の行動を不能にさせ、その場で地面に倒して悶絶させる。しばらくの攻撃のさなか、槍を伝って手に響いた骨が折れるような感覚に僕は次の攻撃を躊躇う。痛みに悶える盗賊の姿を見ていると、どこからともなく良心の呵責(かしゃく)が僕を襲い出す。


 そう考えてみれば、僕はこんな身体になるまではこんな荒事とは無縁の人間だった筈なんだ。ナイトスクールで武器を扱った戦いを習ったとはいえ、それは人を傷つける為の理由で身につけたわけじゃない。


 騎士に憧れた。だからこそ、その技術を身に付けて当時の彼らの勇ましさを体感してみたかっただけなんだ…。


〈だからこその同情か? 無駄な事だ。こやつらはお前のように戦いに意味など持たず、只奪うことしか考えぬ獣じゃよ。己自身の得しか考えず、命のやり取りに疑問などもたん。少なくとも、甘ったれじゃが良識のあるお前の方がましなものよ〉


「けど……」


〈いい加減割り切るがよい。この世界にお前の世界の常識が必ずしも通用するとは限らん〉


「だからって、人を悪戯に傷つけるなんて真似は――っ!」


 その時、僕の言葉は途切れた。後ろから斬りつけられる衝撃を受けてよろけたからだ。でも大丈夫。強固な鎧のうえに痛覚を失ったこの身体には損傷は与える事はできない。


 はっとして振り返る僕は相手の盗賊の顔を見た。怒りや憎悪に満ち溢れた顔がこの目に映ると、たまらず僕は硬直してしまう。その間に盗賊は獲物である剣を振り上げて僕に攻撃しようとするけど、我に返った僕による槍柄での防御でそれは(さまた)げられた。


 全体重を押し付けたせめぎ合いの行方は当然だけど、生身の『関節』を持たない僕に軍配が上がる。負担が体にたまらない、疲れはおろか、痛みも何もない僕の鎧の力は人間では対抗出来る筈がない。つばぜり合いがしばらく続く中、突如として相手は体をビクつかせ、呻き声を上げながらその場に倒れ込んでいく。どういう事かと男の様子を調べてみると、背中に一本の矢が深々と突き刺さっていた。これでは脊髄を損傷させられ、即死確実だろう。だけど、これをいったい誰が…?


 意識を倒れている盗賊に向けていると、更に別の盗賊が僕を背中から叩き潰そうと斧を振りかぶっていた。僕はこれに気がつかず、目の前の死体に意識を向けている


 そこへ、“ひゅっ!”と風を切る音が聞こえるや、その男の喉元に先ほどと同じ矢が突き刺さる。彼もまた、同じ運命を辿る事となったのだ。


〈うむ、少しは腕の立つ使い手がおるらしいな〉


「いったいどこに!?」


 矢の発射元を警戒しながら探ると、見つけた。


 『狙撃手』は馬車の荷台の高い場所に位置していた。そこで弓を射り終え、弦を前にした状態で静止しつつ、こちらを見ている。いや、正確には僕の事をじっくりと…。


「ちぃっ、退却だ! このままでは全滅する。全員アジトへ走り出せ!!」


 そうしている内に、いつの間にか盗賊側が根を上げたらしく、指令役の盗賊が退却命令を出していた。簡易的な笛を吹いて今の命令が聞こえなかった仲間達にこの意を笛の音で分からせて合図を送り続けている。


 怒号が飛び交う中、ひときわ目立つ笛の音は盗賊達のこれからの行動を決心させる。即座に森の中へと散り散りに逃げ込み、商人達の列を離れていく。


「…終わったの?」


〈見ての通りじゃな。あまり練度の高い輩では無かったようじゃから早く事が片付いたのう〉


 護衛の人々、恐らく彼らは『傭兵』という類なのかもしれない。騎士が活躍していた時代でも、要人警護には騎士も混ぜて傭兵も何人か雇っていたと聞いた事がある。恐らくそれと同じなのかもしれない。


「そうだ、ライリーは!?」


〈あの小娘ならあそこでピンピンしておるわい。中々の戦いぶりだったぞ?〉


「えっ、自分の戦いに集中していたから見てなかったんだけど?」


〈何人か小娘の紋章術で火達磨にされとったぞ?〉


「うぇっ、えげつな!?」


 ひょっとして、あの子って戦い慣れてるのかな? そういえばワイルドウルフ達との戦いでもヤケに好戦的だったし、うん、間違いないね。それでも火達磨って…。やりすぎじゃないかな…? どうしよう、この世界じゃそういう残酷の見方に相違性があるのかも。よく知っておかないと僕自身が混乱するかもしれない。


 そんな風に考えつつも、僕は逃げていく盗賊の様子を眺めていた。何人か慌てて転んでいるのもいるが、どうにか逃げきれるかもしれない。


 ふと弦の引かれる音が僅かながら聞こえてくる。僕は何の音かと怪訝に思いながら音の聞こえる方に視線を向けると、馬車の上の狙撃手が弓を引き始めている。

 

 ――狙いは、まさか!?


 狙撃手の行動の先を予知した僕は石突きを前にしたまま持っていた槍を巧みな指使いによって回し、穂先を前へと戻して上へと向かせる。


 そして、槍投げの構えを取って慌ててその槍を投げつけた。


 鋭い投擲槍は狙撃手の方へと向かっていき、狙撃手の足場となっている馬車の上へと突き刺さる。突然の襲撃に狙撃手は驚き、狙いを定めていた弓を揺らしてしまう。その結果、盗賊に刺さる筈だった矢は狙いを逸らし、近くの樹に突き刺さる。


「ヒ、ヒィッ!」


 盗賊は狙われていた事実に身を震わせ、腰が抜けていた体に鞭打って無理やり走っていく。おかげで、完全にこちら側の視界には映らなくなった。そういう事は僕にとって別にどうでもいい。只、こちらの行動によって狙撃手が睨みつけている事に問題が出来る。


「…何するんだ?」


「お前、戦う意志を失った人間に態々後ろから攻撃するなんて卑怯じゃないか!」


「卑怯だって? あいつらは荷物を奪う為だけにこの行列を襲い、俺達はそれを守るために雇われた。別におかしい事なんて無い筈だぜ?」


「でも、悪戯に命を奪うのは単なる嗜虐だ! 君やその仲間達はこの商人達や荷台を守るのが仕事だろ? だったらあの行動は愚劣極まりないよ!」


 だからこそ、狙撃手の行動を止めたんだ。少々荒っぽかったけど、僕にとっては必要な行動だったと断言できる。騎士の教えでは、敵といえども、負けを認めた者――弱者――には深追いやとどめを指すのを斡旋(あっせん)して行う事を禁じられている。


 それが今回の原動力とも言えるべき根本なんだろう。


「そういうお前なんて、見てられなかったぜ? 戦い方は中々のもんだが、心構えが素人そのものだ。そんな大層な鎧着てる割に、無様な醜態が目立つのは、実戦なんて全くやったことがないんじゃねぇか?」


「ぐっ……!?」


〈かかかっ! こりゃ一本取られたのぅ〉


 正論を言われて押し黙るものの、僕と狙撃手はじっと睨み合ってお互い見えない『何か』で戦っていた。時間をかけて思った事は…こいつとは絶対仲良くなれないなって事だね。

 

 ――それならなんだ! 『人を殺せる』事がそんなに偉いのか!!


 僕は苛立ちながら心の中で狙撃手に向かって叫んだ。こればかりは譲れない。これが無くては僕じゃないんだ!

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