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「おはよう。早いわね」
朝、起きて離れの一階にお昼と、ヘアバンドで金髪をまとめて顔にクリームを塗るたからちゃんがいた。
「お、おはようございます」
私も平常な挨拶を返したが、その実驚いていた。
昨日のやりとりで、すっかり素を出してくるものかと思ったから。だから、覚悟をして顔を合わせにきたのだけれど……彼はもう既に顔にオネェモードを塗り込んでいた。
「この時間はまだ昨日いびきかいて寝てたじゃない? 合わせなくっていいのよ」
……多分ちょっとは素が出てる。少し酸っぱい言葉だ。
「いびきなんて!」
かいてません。とは言い切れなかった。
聞いたの!? とも聞けなかった。
言葉尻は勢いを失って、私の肩と共に落ちる。
「……も〜……」
「あら牛みたいよ。こらこら」
こぼした言葉も軽くあしらわれる。
何も返せず突っ立っていると、たからちゃんが私の背中を洗面台へと押し込んだ。
「ほらほら、スキンケアやるから。顔洗いなさい。せっかくだし、朝のストレッチもいいわねぇ」
洗顔も指導されながら、私の顔に朝からこんなに塗るのかと思う数のクリームを塗られながら、綺麗な顔だなあ、と真剣なたからちゃんに思った。
私を包み込む手は大きくて、温かくて、あやまっても傷をつけることなんてないよう爪は短くて。
この人は優しいんだなあ、と、何回も思ったことをまた思って、身を預けた。
家族揃って朝ごはんを食べて、それからたからちゃんはまた祖父の手伝いに行くと言った。
「今日は箱折りだって」
私より早く今日の祖父のスケジュールを知っている。
あんたはくる? と聞かれて、まあ一応、とついて行くことに決めた。
けれど箱折り──収穫したキャベツを入れる段ボールを作る作業──は単調であまり好きではないので、暇つぶしように裁縫道具を部屋から持ち出した。
「ほんとこの辺の昼間はとっても静かですねぇ〜! 夜は虫の声がうるさいけど!」
たからちゃんが笑いながら言うと、祖父も笑って二人で笑った。
二人の取り留めのない話を聞きながら私も箱折りをしていたが──祖父には久しぶりの手伝いにどうしたとばかりの反応をされたが──しばらくして飽きてしまいひっそりと持ってきた裁縫道具を取り出している。
「騒音を気にせずバイクを走れるのはいいですねぇ。……え、お若い頃お車好きだったんですか」
たからちゃんの笑顔につられて、祖父も饒舌に喋っている。
「…………」
私は一人で糸を通した針を布に刺している。
使っているのはぬいぐるみ用の服だ。
たからちゃん名前でたからちゃんぬいの服を作るのは恥ずかしい気持ちもあったけれど──多分本人にはバレてはいない。
「え? それでそれで、どうなったんですか?」
たからちゃんは私の祖父との話に夢中だ。
祖父も楽しそうだ。二人とも話しながら段ボール箱を組み立てる作業をしている。
どんな話かと思い、耳を澄ませると──
「へえ、昔のなっちゃん! うずら農家の近藤くんが仲良しだったんですね」
──私の話だった。
「わ、わ! ストップ!」
しかも掘り下げられたくない幼い頃の話で今は名前も聞きたくない同級生の名前も出ていた。
慌てて裁縫道具を置いて二人の間に割って入って会話を止める。
「じいじ! その話はだめ!」
私が腰に手を当てて言うと、はいはい分かったよと肩をすくめた。
たからちゃんは、ふうん、とだけ言って、それ以上その話を追求してはこなかった。
またみんなでお昼ご飯を食べて、農作業──私は趣味の裁縫──をして夕飯を食べて、そしてたからちゃんと離れに戻った。
たからちゃんは離れに戻ると、じゃあ先にシャワー浴びるわ、と浴室に入った。
「先入る?」
いやそれは、と断って先に入ってもらうことにする。
だって落ちた私の髪の毛とか見せたくない。
離れの二階の部屋で待っている間、昼間から途中だった裁縫を続ける。
たからちゃんぬいぐるみの新しい服、今回は和服バージョンだ。
本人が動画で来ていたわけではないが、どことなく夏らしいし似合うだろうと。
甚平か浴衣か悩んだが、まあそんなに変わらないだろう。作業開始だ。
きっとよく似合う。
ぬいぐるみにも──彼の鮮やかな金髪にも。
……下でお風呂入ってるんだよねぇ。
同居生活が始まって三回目の夜。
改めて異常事態だなあ、と思った。
縫い進めているうちに、扉のノックの音が飛び込んできた。
「あ、あ、はい」
階段の音に気が付かなかった、たからちゃんか。
返事をして立ち上がり扉を開ける。
「お待たせ」
まだ髪の濡れた、首元にタオルをかけたたからちゃんだった。
金髪の毛先から雫が垂れて、その雫が喉仏の浮き出る首に痕をつける。
無防備な鎖骨のあたりに、いつも着けている蝶モチーフのネックレス。
「あ、あ、ありがとうございます」
なんとなく見てはいけないものを見てしまった気分になって、見上げた顔をすぐ下に向けた。
「ん。何してた?」
あ、これは──。
彼の相槌に、もしかして、と気がついた。
とりあえず様子を見よう。言葉を返す。
「あ、ぬいぐるみの洋服を作ってました」
素直直に答えると、ふーんとたからちゃんの喉がなった。
「ああ、あの俺のか」
俺の? ……多分、俺の拾ったあのぬいぐるみか、の略だろう。
それは個人で作ったぬいぐるみなので彼に正体が分かるわけもない。
「お前裁縫好きなんだな、すげーじゃん」
──そして予想は合っている。
今はもう、俺モードだ。
アラモードされてて分かりづらい。
「ど、どうも」
「…………」
これで会話は終いだ、ちょうどよい一区切り。
お風呂にでも、と思うのにたからちゃんは何も言わずに立ったままで退いてくれない。
「たからちゃん?」
「……ちょっと気になるんだけど、見ちゃだめ?」
「……まあ、作りかけの服ですが」
綺麗な顔に尋ねられると、断るのは容易ではない。
まあまだ全然形にはなってないし、服だけならと作業していた場所から部屋の入り口に持って行きたからちゃんに見せてみる。
「……甚平?」
まだ途中の状態でも、作りたいイメージが伝わったようだった。
片方の眉を吊り上げて目を細める。
「あ、はい。浴衣みたいな、甚兵衛みたいな。和服系」
「……似て非なるものだからな。まあ、困ったら教えて。裁縫はできるわけじゃないけどそれなら助言くらいできるかも」
思ったよりも長い感想に、はて、と首を傾げつつお礼を言う。
「ありがとうございます」
「ん」
きっとメイクだなんだの専門学校だから、ファッションにも造詣が深いのだろう。
たからちゃんは頷いて、それからやっと背を向けて古く軋む階段を降り始める。
「じゃ。お風呂の後ストレッチなー」
はあい、と返事をして、お風呂に行く準備をした。
***
お風呂から出て、濡れたままたからちゃんの部屋に行く。
「お待たせしました」
ん、と返事をして私を一瞥する。
「おい、髪乾かしてからでいいぞ」
「ああ……すみません」
その口調ももうさほど怖くはない。
軽く会釈してドライヤーで髪を乾かしに洗面台に行こうとすると、おい、と呼び止められた。
「昨日とか、ドライヤーのやり方も気になってたんだよ。ちょうどいいな、ほら」
たからちゃんが手招きして──持ってきたのだろう私物の大きなドライヤーを手に取って振った。
「乾かしてやるから、こっちこい」
「結構です!」
そう言って逃げようとすると、腕を掴まれた。
「いーから、任せろってば」
彼のさらさらの金髪が目の前で揺れる。
シャンプーは、同じ家でもきっと違うものを使ってる。
「髪の乾かし方気遣うだけでも違ってくるもんだから」
そう言われて──恥ずかしくなりながらもドライヤーの風を浴びせてもらった。
彼の手で髪をすくわれて、撫でるように触れられて──ドライヤーの音よりも心臓の音がうるさかった。




