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たからちゃんの朝は早い。
曰く、わりと厳しいご家庭で育ったそうだ。
由緒がどうたら正しい情緒は規則正しい生活からとか。
「癖になっちゃってんだよねぇ……早起きは」
それでも朝は少し面の皮と猫の皮が剥げかける。
夏休みだからと大義名分を得たとばかりに寝室に籠る私とは大違いだ。
顔を洗って私より長いスキンケアをする。
「お前も来い。……朝の保湿を教えてやる」
「ひっ」
一階の洗面台を覗いたら首根っこを掴まれた。
しかも男の子モードだ。
「間違えた。……来なさい、あたしがちゃあんと日焼け止めまで塗ってあげるから」
たからちゃんも日焼け止めを塗り終わる頃にはお姉ちゃんモードになったようだ。
「あたしおじいさまのの手伝い行ってくるから」
「え!?」
まるで家族だ。本当のお姉ちゃんか」
「な、なん」
「そりゃあ──住まわせてもらってるんだもの、お手伝いくらいするわ!」
じゃあ行ってきます、なんてたからちゃんが言うから──私も心配になってついていくしかなかった。
なっちゃんも来ただかあ。
既に畑にいた祖父が私たちの姿を認めて手を振った。
珍しいなあ、なんて言われた私を横目でたからちゃんが笑った。
「じゃあ今日は肥料の散布なあ」
「はぁい、頑張ります」
たからちゃんはタイヤが一つしかない手押し式の機械──追肥機──の使い方を教えられると、すぐにコツを掴んで祖父と笑いながら畑を進んでいった。
何かあったらと思ってついてきたが、杞憂だったようだし怖いくらいの馴染みっぷりだ。
手持ち無沙汰の私はふわあ、とあくびをして──たからちゃんに勧められた呼吸方法で周辺をウォーキングすることにした。
太陽が高く昇る頃、お昼ご飯をみんなで食べて──。
たからちゃんは畑仕事。
私は部屋で針仕事をした。私のは仕事というより趣味だけど。
ならば、たからちゃんの畑仕事だってある意味道楽では? と思ったが、軍手をつけていた手の爪に土が入っていたから、そんなことは思えなかった。
晩ご飯はみんなで揃って食べた。
たからちゃんはお代わりを自分でコンロまで取りに行くようになった。
すごい馴染みっぷりだな。
家族の適応力にも言葉を飲んで味噌汁を飲んだ。
祖父は今日もお代わりをしていた。
*
「は〜い、じゃあ夜の筋トレ始めるわよ〜」
たからちゃんがヨガマットを敷いた。
「これも持ってきたんですか?」
「そうよう。トレーニングマットの利点を知らないのね?」
ヨガマットと違うのか。
さらりと修正された。そうか、今から始まるのはトレーニングだからか。
「防音や床の保護もさることながら、体の負担の軽減にもなるの。滑らないからフォームも安定するしね」
たからちゃんが用意したマットは二つあった。
……来る前から二人で使うのを想定していたのか。
聞くに聞けなかったから、頷いて黙ってマットに乗った。
「そうねえ、腹筋背筋、しっかりつけていきましょうか」
足の裏をしっかりつけて──と丁寧に一つ一つたからちゃんは教えてくれた。
私に触れないように、腕はこう、と良い見本となってしどうしてくれる。
が、トレーナーが優秀でもプレイヤーが優秀とは限らない。
「……きっっつ……」
「じゃあ足を上げて自転車を漕ぐように動かして……軽ーくやりながらかるーくお喋りしましょう」
無理はさせない。
たからちゃんは何も否定をしない上に、強いらない。
「やる気のない人にやらせる気なんてないわよ。……やりたいでしょ?」
「……やりたいです」
「そう」
たからちゃんが笑った。
「そうよね、けど無理はしなくていいから。──なんでできないんだろうって思ってもっと自分を嫌いになったら本末転倒なの」
私とは裏腹にたからちゃんは息を乱さず、筋トレの動きを続けながら私に言う。
「嫌って、嫌って……嫌いになった分捨てられたら身軽ではあるんだけどね」
一体それは何のことなのか。脂肪のことか。否か。
その表情からは分からない。
私が面を被せてしまったから。
「まあとりあえず、楽しい態度に運動しましょ」
どんな道も楽しい方がいいでしょう?
とたからちゃんは笑った。
「スクワット! 膝! つま先より出ない!」
「む、無理!」
思ったより、厳しかった。
「よし! よく頑張ったな!」
しかし二十分ほどのトレーニングを終わると──満面の笑顔で褒めてくれた。
歯を見せて眩しい笑顔で言った。
「明日も頑張ろうな」
すっかり膝が笑って汗もかいたけれど、同じ運動をしていたはずのたからちゃんは涼しそうで──あ、これ明日もきついやつだと予感した。
***
動画の撮影はまた一週間後。
主に昼は畑仕事の手伝い、私の家族とたからちゃん──みんなで朝昼夜と三食一緒に食べて、夕食が終わると自由時間。
といっても、
「よっし、今夜もトレーニングするわよ」
とたからちゃんが私の手首を掴むのだけれど。
「に、逃げませんよ!」
「おっと、わり……ごめんなさいねぇ」
そうよね、と言いながら手を離してくれる。
……せっかく被っていてくれるいい子のお面が取りかけだ。
「……その、あの、あ、あの」
「んー? 何かしら」
トレーニングマットを敷きながらも耳は傾けてくれている。……この人は、私が吃っても聞いてくれる人だ。
「あの、私、こわく、ないんで」
だから。
だからなんて、おこがましいだろうか。
それでもきっと驕りだとは思われない。
「キャラ、その、あれなら……」
素になっていいですよ──声に出せばなんて傲慢だろう。そう思って言えなくなった。
素の彼がどんな人かなんて、隠してくれることも優しさなのに。
言い淀んで俯いてしまった私に、たからちゃんがトレーニングマットの上に立って言った。
「まあ半ば素とはいっても、やっぱり一日中は確かに気を張るからなあ」
たからちゃんが歯を見せて、薄く笑った。
「ありがとな、まあ徐々にやってこーぜ」
その口調を、怖いなんて思うよりも先に嬉しく思ってしまったのは、彼の優しいところをもう知っているからだ。




