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たった一度した電話の後に、念のため書類を送るから住所を教えてとメッセージが来た。
住所を伝えると、二日後に折り曲げ禁止と書かれた封筒が届いた。宛名は筆ペンのようなもので私の名前が書かれていた。
たからちゃん、こんな字書くんだ……。
その達筆さに驚きながら中身をあらためると、甲だの乙だの収益だの書かれた小難しい書類が入っていた。
どうしよう、と見ていると『返送不要。今度説明する』と書かれた飾り気のない便箋が入っていた。
今度って?
と待っているうちに夜を何度も数えて、もしかして夢だった?
なんてたからちゃんの配信を見ながら錯覚した。
だがしかし、封筒を見て実感してあの夜の着信履歴を見て確信する。
きっとまた、そのうち連絡が来るだろう。
それからたからちゃんのぬいぐるみに新しい服を三着ほど仕立てて週一で学校に行く間に、夏休みを迎えることになった。
「ただいまあ」
帰宅して、離れの自分の部屋で一息つく。
夏休みの課題もさほど多くない。週一の登校とはいえ、夏休みという期間は珠玉の期間だ。殊更嬉しい。
お気に入りの部屋着は既製品にワンポイント、自分で作った刺繍を入れたもの。
せっかくの夏休みだから、またぬいぐるみでも一から作ろうかな。いや、ぬいぐるみよりも服を使ってる方が楽しかったな。
そう思ってSNSを開く。刺繍やぬいぐるみ作りの情報を集めたくて作ったアカウント。色々な人の作品を見ているうちに、夏だし甚平……和服なんかもいいかなあ、なんてふんわりイメージする。
ぼんやりと見ていたら、新着メッセージの通知。
送り主はお母さんだった。
『あんたの友ダチ来てるよ!!』
は?
もう地元にお互いの家を行き来するような友達なんていない。
そんな訳はない。
そんな訳がない。
着の身着のまま外に出た。
むわっとした空気。熱気。
「あらまあ、なんて立派なトマト」
私の祖父に笑いかける声を知っている。
口調は女性らしくて、語尾は上がってて、男の人が出す声にしては高い声。
「な、なんで?」
「え、トマトの収穫の手伝いだけど?」
そう男の人の声で言うと、ねー? と首を傾げて私の祖父に笑いかけた。
農作業の時に使う、竹編みのやたら大きな帽子を被って、よく祖父が巻いている薄汚れた手拭いを首に巻いている。
「じいじ、何!? どういうこと!?」
にこにことトマトの収穫を続けるたからちゃん。
祖父に鼻息荒く聞くと──トマトを収穫してたらバイクに乗って現れたと。
言われて見れば庭には見たことのないバイクが置かれている。原付じゃない二輪車なんてこんな近くで見ることがない。
へえ、たからちゃんバイクに乗るんだギャップあるなあ──じゃなくて。
「な、なんでここにいるんですか!」
「ええ〜言ったじゃないのぉ」
たからちゃんがトマトを祖父に預けて歩み寄ってくる。なんでおじいちゃんすっと受け入れてるの。
近付くにつれ分かる身長の高さ。目の前に来られて……その整った顔に息が止まる。
「プロデュースするって言っただろ?」
二人だけにしか聞こえない声で。
二人だけが知っている口調で。
私は肩をぶるりと震わせて、彼の綺麗な丸い瞳を見た。
瞳に映る私は好きになれない顔をしている。この人の瞳に映る私でも私は私が好きではない。
言葉を探す。
見つからなかったが口を開いた、その時。
「お待たせ〜! 麦茶持ってきたから飲んでね〜」
母屋である古い家の玄関から、麦茶を入れたガラスを四つ持ってきた母の声が飛んできた。
驚いて私は口を閉じる。母は満面の笑みだ。
「ほら、たからちゃんも水分とって! 水分!」
母がグラスを一つで渡すと、たからちゃんは笑顔で受け取った。……あ、これは男の子モードではない笑顔だ。彼のスイッチの切り替えが分かるようになった。
「あらあ、すみません、お母様。頂きます」
「そんないいのよ〜、素敵な日焼け止めを塗ってくれてありがとう」
母が会釈したたからちゃんに笑いかける。
なぜかもう既に打ち解けてますとばかりに笑い合う二人にやっと声を発する。
「え、な、なんでお母さん普通に喋ってるわけ!?」
「せっかく会いに来てくれたっていう、あんたの友だちじゃないの〜」
祖父が母の持つお盆から麦茶が入ったコップを手に取って、飲んだ。たからちゃんと祖父が顔を見合わせて美味しいねなんて笑う。
「ほら見て、なんか肌の色が明るく見える日焼け止めですって。ちょっとキラキラしてて可愛いわよねぇ。貰っちゃったの」
母が少しラメっぽく光る手の甲を私に見せてきた。
いかん、買収されている。
「お母様もともと肌がお綺麗なのでやっぱりラメがあるものが映えますねぇ」
たからちゃんが笑った。……モードはオネェだ。
あらそう? ふふふ。
なんて母と二人で顔を見合わせて笑う。
……何故か馴染んでる。取り残されているのは私だけだ。
「最初はイカつい男の子が来たってビックリしたけど、中身は可愛らしい素敵な子で安心したわぁ」
「やだぁ、イカついだなんて……けど、お話しして分かってもらえてよかったです」
母とたからちゃんが笑い合っている。
親と推しが笑い合う姿は想像を超えていた。
ひとしきり笑うと、母はうんうんと頷く。
「そうよねぇ、なつにこんな友だちがいたなんて……よかったわ、ありがとう」
母が目を細めると、たからちゃんが肩を震わせる。
「お母様ったら、そんな……! あたしの方が嬉しいです……」
「お家のことも……ご実家も色々あるだろうしねぇ、ゆっくりしてちょうだい」
母の口ぶりを察するに私がくる前に結構話してる。
なんだなんだ。私を置いて物語は始まってるのか。
「ええ、そうですね……」
たからちゃんの薄桃色の唇が吊り上がった。
「遠慮なくそうさせてもらいます」
私だけが未だに追いつけていない。
まだ序盤のはずだろう。このスピード感で追いつけるだろうか。
一体この会話もどんな結末に倒れ込むのか。
たからちゃんがにっこり笑った。
「じゃあなっちゃん、ぜひ素敵なお部屋を見せてちょうだい? しばらく世話になるわねぇ?」
「え? え?」
どういうことなの?
私は混乱しているのに、母は嬉しそうだった。
「あなたこんな友だちがいたのね、優しいわね、お母さん、嬉しい」
その優しいというレッテルはどっちに貼ったのだろう。
何も言えなくなって、たからちゃんに背中を押されて自分の小さな家、離れに入った。
玄関の扉が音を立てて閉まった。
そうして外の世界と区切られて──たからちゃんがふう、息を吐いた。
吐いた息が空気を変えた。
「……駅から地味に遠いしなんもねぇなあ、ここ」
突然低くなった声に、ひっ、と私の肩が上がった。
「あ、あ、ご、ごめんなさい」
「別に悪かねぇだろ」
それに静かなら静かでいいじゃねえか、と言いながらたからちゃんは靴を脱いで部屋に上がった。
「お邪魔します」
私しかいないのに丁寧な挨拶に、靴箱側に揃えられた靴。
「なんここ、お前の部屋? すげぇな」
たからちゃんが離れの──私の部屋の一階部分を見まわした。裁縫道具は出したままだし、コンセントとのコードはだらしなく床を這ったままだし恥ずかしい。
「二階もあんだな。ちょうどいいじゃん」
なにが。
私も靴を脱いで部屋を見渡すたからちゃんのそばにいく。
「じゃあ夏休みの間、俺ここ住むから。俺一階な」
「はい?」
たからちゃんが笑った。
動画では見たことない男の子の笑い方だった。
「プロデュースするって言っただろ? 俺がみっちりついててやるよ」
まったく訳が、分からなかった。




