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オネエだと思って推してたメイク動画の配信者が俺様だったし私をプロデュースしてくれることになった〜#その蝶は花の蜜を吸わない  作者: すずき


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駅の車用送迎レーンにおじいちゃんの車。

お待たせ、と乗り込んで家に帰る。

駅から家までは車でないと移動ができない。

周囲の景色から建物が減って周りがキャベツ畑一面になって、家に着いた。


「ただいまー」


田舎らしく古くて広い土地。母屋である大きな建物の横に、蔵を改修した私の部屋のある離れがある。元々が蔵だったので二階建だ。


「じいじ、ありがとう」


畑仕事を終わらせて、送ってくれたおじいちゃんにお礼を言う。離れは浴室もお手洗いもある小さな家だ。私の家だ。二階が寝室一階が作業部屋。

もちろん母屋で家族で過ごす時間もあるが、広い土地を享受したこの空間は私の好きな空間だ。


机の上には裁縫していた布とボタンが置かれたまま。

ぬいぐるみ用の服を昨夜作っていたのだった。

……ああ、そうだ、たからちゃんぬい。


今日落として拾った──拾ってもらった、たからちゃんのぬいぐるみ。

除菌消臭スプレーをかけて、ウェットティッシュで拭いてあげる。


彼のグッズなんてないけれど、思い出して勇気がほしくて、自分で誂えたぬいぐるみ。


たからちゃんは動画配信サイトで有名な配信者だ。

数万人のチャンネル登録者がいて、撮影ジャンルは美容。

登場する女性たちの悩みやタイプ別にメイクを施して彼女たちを鮮やかに変えていく。


私が見つけた当初は登録者も数百人で、毎回同じモデルさんをメイクで毎回違う人に化けさせていた。

その頃はオネェ系でもなんでもなくて、無口でほんどしゃべらないしあまり映らない男の人だった。


細身だが筋肉質な見た目の、金髪の男の人。


そんな人がこんな繊細な手つきで、こんなに。

こんな人がそんなに人を変えられるんだ。

その意外性に驚いて、チャンネル登録をして毎回見るようになった。

その頃の動画は編集も垢抜けなくて、それが私に親近感を抱かせた。


登録者が数千人になった頃からモデルさんが毎回変わるようになった。

同時に彼が喋るようになった。


それはオネェ系の──その界隈の方に言わせたら失礼かも知れないが姉らしいという親しみを込めて言いたい──喋り方で、男の人が苦手な私には安心できた。


「まったく違う自分に羽化しましょう」


語尾を上げてそう言うと、ウインクをして彼女たちを変えていった。


「未来の偉大なメイクアップアーティストの……たからちゃんと呼んでちょうだいね? 可愛いさなぎちゃんたち、ちょうちょちゃんたち」


そう言われると、教室で無視されている私でも──虫は虫でも羽化できる蛹になるのだと思えば生きる気力が湧いた。


「今の自分を愛せないなら愛さなくていいのよ。いつか変われる、未来の自分を愛する予感だけ抱きしめて」


少しずつ飛び立つ準備をするの。

きっとこの場所から離れられる。

中学三年生で不登校になった私は、たからちゃんを見て、言葉を聞いて、自分の未来を信じることにした。


裁縫が好きだった。

たからちゃんをモデルにしてぬいぐるみを作って、話しかけた。


それだけ好きになった存在だった。

男の子にまだ苦手意識はあるけれど、私だって恋にくらい興味はある。

たからちゃんみたいな人なら──お姉ちゃんみたいな存在なら、怖くないしむしろ楽しい。

こんな人と、男らしくない人と恋がしたいなあ、なんて。

そんなことを鱗粉ほど思っていたのだが。


……たからちゃん、口悪いし怖かったなあ……。


初心者向けメイク動画もあったからそれを参考に少しずつ買い揃えた。動画を見ながら流行りの眉毛を描いた。

この前彼がアップした動画で紹介していたリップグロス。

キャッチコピーが素敵で、どうしても欲しくて買いに行ったけど……あんなこと言われるなんて、恥ずかしいなあ。


こんな顔で、行ってしまったのか。

机の上の鏡に自分の顔を映した。……悪くないと思っていたのに。

もう会いたくない。

動画の中だけで十分だ。

夢が壊れた。


嫌いになるにはあまりに希望をもらいすぎたから、見るのをやめたりはしないけれど──けれど、やっぱり、画面の中だけの可愛い彼が好きかも。


作りかけの人形の服を作る気持ちが取り戻せず、私は立ち上がってお風呂に入る。

入り終わったところで、晩ご飯の時間だと母親からメッセージが来た。

母親は心配性で、それ故に饒舌で。私は不登校になって以来うまく会話ができずオープンエンドな質問にさえ、うん、と頷くばかりだった。


部屋でSNSを開いてタイムラインと時間を流していると、スマートホンに通知。

たからちゃんのチャンネルの新しい動画が配信された。


……うーん。

いつもなら無意識に顔が笑ってしまってすぐに見るのに──やっぱりためらう。

私が好きだったのはお姉ちゃんみたいなたからちゃんだったから、あんな男の人だったなんて知ってしまうと、やはり今までと同じようには見られない。


とはいえやっぱり、ずっと見ていた配信だ。

前回予告していたこれからの夏メイクも気になる。


一度忘れて、見よう。

そう決めると、指は滑らかに慣れた操作をする。

開いた動画に映るたからちゃんは、やっぱり格好いい男の子なのに、小指を立ててメイクブラシを持ってウインクをする様はとても可愛かった。


「まったく違う自分に羽化しましょう? こんばんは、たからちゃんよお!」


聞こえる声は昼間の声よりもずいぶん高くて、語尾だって彼の小指のように上がっている。

つい考えてしまったけれど、それは彼が今回のモデルさんに綺麗にメイクを施している間に忘れてしまった。


「あなた自分の鼻が嫌いなの? ふうん、あたしは可愛いと思うわよ?」


たからちゃんは欠点を受け入れる。


「けどあなたが嫌いなら変えちゃいましょうねぇ、まずは下地に赤み消しのグリーンね」


たからちゃんは欠点を埋めていく。


「……ああほら、これで愛せるようになったかしら?」


たからちゃんはさらに積んでいく。


積み上げられた滑石の粉末は、彼女をすっかり変えた。

同一人物だとは思えないほどに。


たからちゃんのメイクは欠点なんか生かさない。

そんなものは殺して埋めて、その上に新しく筆でファンデーションの粉をのせてくる。

跡形はあるけど、すっかり中は変わった別人になる。

自分が望んだ別人になる。


画面の中の女の子が、私じゃないみたい、と喜ぶ。

こんなに変われるなんて、と。


「あなたが埋めたあなたも新しいあなたも可愛いわよぉ」


たからちゃんは肯定する。

笑う様はまるで女帝だ。


ああ、やっぱりたからちゃんは素敵だなあ。

動画の残り時間はあと僅か。……次回の予告だ。


「次回は中顔面短縮メイク、面長な輪郭が嫌いな子向けのメイク動画をアップするわね」


たからちゃんが画面の中で歯を見せずに笑う。


「夏休みは一大企画をしようと思ってるのよお、よろしくねん」


それじゃあね、と挨拶と締めくくりの口上で動画が終わった。

ついいつものように感想のコメント入力欄をタッチして──それからやっぱり指を止めた。


……夏休み、一大企画……。

たからちゃんの言葉を口内で反芻して、昼間の出来事を脳内で反映させていると、新着メッセージがきました、とスマートホンが告げた。


宛先を確認する間もなくすぐに開いた。

──今日登録したばかりの見慣れないアイコン。


『見終わった?』


心臓が跳ね上がった。

そのメッセージが既読になったことはもうバレてしまった。

返信しなければ、とキーボードを打つ親指が迷う。

返信しなければ。

では、なんと?

せいぜい一分だ。

着信音が鳴った。思わぬ画面に、誤って通話開始のボタンを押してしまった。


「もしもし? そろそろ見終わった頃だろ?」


自信満々な男の声。

低い声に、姿は見えないのに思わず低姿勢になってしまう。


「た、たた、たから、ちゃん」


「ん。……コメントはまだしてねーのかよ。そうそう、たからだけど」


着信の相手は、先ほどまで見ていた動画の主と同じとは思えない声色で喋った。


「お前さー、夏休み、いつからよ?」


「な、なんですか?」


「言ったろ」


電話口からたからちゃんの声がする。


「俺がお前をプロデュースするって。……お前を変えるんだよ」


妄想したことはあったのに、それが叶ったのに、口調が夢見たものではなかったから額に寄せるしわを消せない。だけれど。


「ただ、それはお前が変わりたいならだけど」


だけれど、夢で何度も聞いた声だ。わりと食い気味の返事になった。


「か、変わりたいです」


「よし。じゃあ決まり。……ネットで顔出すけど、平気?」


「う」


さすがに躊躇った。


不特定多数に晒されるということは、特定できないほど嫌なことも多く、数多く傷つくこともあるだろうから。


……正直、中学で負った傷も、癒えていない。

けれどそれでも──それでも分かる。

このチャンスは、きっと一度だけで。

一度だけで、一瞬で消える。

今しかない出来事だと分かる。


躊躇いの中で沈黙をする私に、通話口から声がかけられた。


「……お前が、ネットの顔出しも、嫌ならやめるけど……どうする?」


ちゃんと聞く様も、きっと聞いたら肯定してくれる様も、動画で感じた人柄だった。

スマートホンに向けて話す彼が想像できた。

綺麗な金髪が揺れる様。

たからちゃんのぬいぐるみを握った。


「……わ、わたしも、変われます?」


「たりめーだろ。変わりたいんだろ」


そう言ってくれるのなら、私は気持ち一つを安心して言葉にできる。


「変わりたいです」


それだけ。

この言葉を出すことだけに。

私がどれだけ勇気を出したか。


「一人じゃ難しいよな。だから俺がいるんだよ」


──きっと彼は知っている。

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