表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第七話 カウントダウン



 砕け散った竹の筒から溢れ出したのは、ただの風ではなかった。

 

 祠を射抜く一筋の月光に溶け込み、石壁に一千年前の記憶の映像を鮮明に投射し始めた。


 そしてそれは、皇のホログラムを打ち消す、圧倒的な密度の光……真実の映像だった。


  

 そこに映し出されたのは、秀造に酷似した容貌の男……讃岐家の始祖だった。

 

 彼は、感情を排した月の使者を前に、震える手で羊皮紙に血の刻印を押し、こう誓っていた。

 

『……ゆえに、この姫は我らの一族が預かる。月へ還すその日まで、地上の情(汚れ)に染まらぬよう、清浄なる()の中で世から遠ざけ続けることを約束しよう……』

 


 その途端に、秀造の足元から、力が抜けていく。

 

 代々の守夜たちが都和に注いできた……献身は、彼女が独占されないように、ただ秘匿するという義務に過ぎなかったのか……。

 

 愛ではなく、契約。

 

 守護ではなく、隔離。


  

「……そんな。じいちゃんも、父さんも……僕にコーヒーの淹れ方を教えたとき……本当は、どんな顔をしていたんだよ……」

 

 秀造が絞り出した声に、皇が冷笑を浴びせる。

 

「気づいたか。君の家系が彼女を隠し続けてきたのは、君たちの『愛』を証明するためではない。月への『返却物』を傷つけないための検疫だ。……君が彼女に触れれば触れるほど、君は一族の契約を裏切り、彼女の価値を損なう『汚れ』になるんだよ、讃岐君」


  

 都和は、壁に映る一千年前の自分を見つめていた。

 

 当時の姿は、今よりもずっと白く、透き通っている。けれど、その瞳には何の色彩も、温度もない。

 

「……守夜。私、思い出したわ」

 

 都和が、震える指で秀造の袖を掴んだ。

 

「一千年前……私は、あの白い自分から逃げたくて、あなたの先祖にすがったのよ。でも、あの日からずっと……私は同じ檻の中に居ただけだったのね」

 

 都和の頬を、一筋の涙が伝う。

 

 その涙が、

 射し込む月光を浴びて、

 琥珀色に輝いた。

 

 彼女の脳内では、一千年の記憶が急速に整理され、消去されようとしている。


 契約に基づいた自動的なリセットが始まっていたのだ。


  

「待ってください、教授……!」

 

「もう、いいのよ。私という存在が……溶けて消え去っても。ほら、月が……私を呼び戻そうとしているわ。白く清らかな、空っぽの器に戻るためにね……」

 

 祠の奥から、冷たい銀の粒子が立ち上り、都和の体を包み込み始める。

 

 その横では、皇が狂喜の声を上げ、デバイスを再起動させようと躍起になっている。


 そして頭上では、地球の影が月を完全に呑み込もうとしていた。



   

「……ふざけるな」

 

 秀造が、固い決意を滲ませて、低く呟いた。

  

 彼は懐から、あのノートを取り出し、都和と月の光の間に割り込むように広げた。

 

「看守だろうが契約だろうが、そんなのは……一千年も前の他人が、勝手に決めたことだ! 僕が知っているのは、コーヒーを飲んで『苦い』と笑った教授だけだ! 汚れて何が悪い! 思い出がシミになって何が悪いんだ! 生きるってことは、汚れるってことだろうが!」

 

 秀造は、月光に射抜かれながら、都和の肩を強く抱き寄せた。

 

「僕が……あなたの看守をやめてやる。そして、あなたの人生を僕が奪ってやる。月にも皇にも返さない。僕と一緒に、この汚れた地上で生きてくれ!」

 

 その瞬間、祠を射抜いていた月光が、秀造の拒絶の意思に呼応するように激しく乱れた。

 

 壁に映っていた一千年の映像がノイズとなって砕け散り、都和の瞳に、再び強い琥珀色の火が灯る。

 

 トクン、と。

 一千年の静止を破り、彼女の心臓が、生身の人間のような確かな鼓動を刻んだ。

 

 直後、祠の結界が完全に崩落した。

 

 外から押し寄せる皇の私兵たち。そして空から降り注ぐ、逃れようのない召喚の調べ。

 

 一千年の物語が、ついに本当の牙を剥き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ