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第二話 守る家系



 深夜二時の大学研究室。モニターの青白い光だけが、秀造の瞳を冷たく照らしていた。

 

「……よし、これで……五歳分だ」

 

 秀造はマウスを操作し、画像編集ソフトのレタッチを終えた。

 

 画面に並んでいるのは、

 九条都和の顔写真……

 左は三年前の職員証、

 右は明日更新予定の新しいデータだ。

 

 三年前の彼女に比べ、右の彼女は目尻にわずかな、本当にわずかな笑いじわが加えられ、肌の質感がコンマ数ミリほどマットに調整されている。 

 

「一千年も老化が止まっている異星人を、老化こそが生命の証である人間社会に馴染ませる。……不毛な作業だとは思うけどな」

 

 秀造は背もたれに深く体を預け、こめかみを揉んだ。

 

 讃岐家が代々受け継いできた……守夜もりやの本質は、護衛だけではない。


 彼女がこの星で生きた……あらゆる不自然な痕跡を消して回る、言わば情報の掃除も兼ねている。

 

「カカッ! 以前に比べれば、魔法の箱一つで済むのだから楽なものではないか」

 

 机の上で、カラスの玄がくちばしを鳴らした。

 

「楽なもんか。昔は戸籍の書き換えなんて、役所の古い台帳をちょいと弄れば済んだ。今は無理だ。マイナンバー、健康保険、年金……すべてがデジタルで紐付けられている。彼女を三十代の准教授として存在させ続けるために、僕がどれだけ裏のデータベースに潜っていると思ってるんだ」


 秀造が玄を睨みつける。

  

「それに……都和様が『一分一秒を慈しむ』とおっしゃった時、少し胸が痛んだよ。僕が今しているのは、あの方が慈しんだその時間を、歴史から削り取って無に帰す作業なんだからな」

 

「カカッ、皮肉なものよな。あるじが輝くほどに、お主の仕事は増える。讃岐の男は、彼女の『光』を食らって生きる『影』よ」


「……うるさい。分かってるよ。だからせめて、この画像ピクセルの中だけでも、教授が人間として、穏やかに歳を重ねているように……そう、細工を施すことしかできないんだ」  



  

 秀造は引き出しから、一冊の分厚い管理日誌を取り出した。


 先代……父から譲り受けた、讃岐家の血族の記録だ。

 

 ページを捲れば、大正時代の守夜が、都和の正体に気づいた新聞記者を多額の資金で黙らせた記録や、昭和の戦火の中で彼女の……年を取らない写真をすべて焼き捨てた記録が、生々しい筆致で記されている。

 

 日誌の間に、一枚の古い写真が挟まっていた。

 

 モノクロの、端が茶色く変色した写真……焼け跡のような場所で、今と寸分違わぬ姿で微笑む都和と、その傍らで彼女を庇うように立つ、泥だらけの若い男が写っている。

 

「……これ、じいちゃんだな……」

 

 二十三代目・讃岐造太郎。彼は生涯をかけて、終戦後の混乱から都和を守り抜き、彼女に『九条』という新しい姓と戸籍を与えて死んだのだ。

 

「お主の祖父は、主が愛した風景を一つ残らず守ろうとした。だが、そのために自分の人生をすべて『嘘』で塗りつぶした男でもあったな」

 

 玄の声が、深夜の静寂に重く響く。


「嘘……じゃないぞ、玄。……秘密だよ」


 秀造は、祖父の荒い筆致の余白に、自分しか読めない極小の文字でそう書き加えた。


「暴かれたら嘘になる。けどな、墓まで持っていけば、それは僕たちと都和様だけの秘密になる。……じいちゃんも、きっとその誇りのために生きたはずだ」

  

 秀造は写真を日誌に戻した。


 讃岐の男にとって、都和との思い出は、常に……世の中から消し去るべき証拠でしかなかった。


 彼女が……一秒さえも慈しんで重ねている……その傍らで……。



  

 その時、秀造のスマートフォンが鋭い警告音を鳴らした。

 

「……っ、監視プログラムに反応?」

 

 画面を叩くと、大学のメインサーバーに対する異常なアクセスログが流れる。

 

 通常のハッキングではない。


 ターゲットは、秀造が先ほどまで弄っていた『九条都和』の個人データ、そして彼女が過去に発表した、整合性の取れない古い論文のアーカイブだ。

 

「愉快犯じゃないな。この執拗な潜り方は……」

 

 秀造は端末を叩き、逆探知を仕掛ける。

 

 数秒後、モニターに表示された攻撃元のIPアドレス……そこから解析されたドメイン名を見て、秀造の背中に冷たい汗が流れた。

 

『KMT_Holdings_Secure_Line』

 

車持くらもち……!」

 

 それは、平安の昔から形を変え、名を偽り、常に……不老不死という至宝を追い求めてきた一族の末裔たちだった。


 かつては、偽の宝を造った細工師だった彼らは、今や世界を裏から操る巨大なテクノロジー企業となっていた。

 

「奴ら、今度は『黄金の枝』ではなく、『サイバー攻撃』で主を暴きに来たか……」

 

 玄が羽を逆立て、鋭く鳴いた。

 

 窓の外を見れば、夜空に浮かぶ月は、心なしか、以前よりもその蒼色を濃くしている。

 

 秀造は、先代たちが命をかけて守ってきた日誌を強く握りしめた。

 

 一千年の隠蔽工作に、初めて……現代の刃が突き立てられようとしていた……。



 

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