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ブランクアームズ -BloodRhizome-  作者: 秋久 麻衣
‐理想を描く為に‐
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譲れないもの


 前に出ることを身体が、命が拒んでいる。

 今までにない感覚だと唯は、《バーンデッド》は息を呑む。

 《ブラッド》を追い込んだと思っていた。いや、実際に追い込んだ筈だ。

 しかし、氷怨の唯は切り札を持っていた。《ブラッドリバー》が出ることは想定していたが、それ以上は予想外だ。

 そもそも、と唯は疑問を重ねる。目の前のあれは、本当にレリクスなのだろうか。

 氷怨の唯は、《ブリードウィンター》レリクスとなった。黒氷の重装を纏った、冷気を放つレリクスだ。説明してしまえば簡単なのだが、実際の印象は随分と違う。

 《ブリードウィンター》に近づくことを、全身が拒んでいる。人間に備わった本能が、全力で警鐘を鳴らしている……強者に出会ったとか、凶暴な野生生物とかち合ったとか、そういった感覚とは違う。

 一言で表せば、災害だ。人の身ではどうしようもない強大な、途方もない死が、目の前に迫っているような。

 冷気に包まれ、慌てて《バーンデッド》は飛び退く。《ブリードウィンター》は動いていない。だが、冷気の届く範囲が広がっている。

「相変わらず、勘だけはいいな」

 そう言って、《ブリードウィンター》は両手を広げ、自身の姿を見せつけるようにする。

「これが俺の最果てだ。冷気は際限なく広がり、その一切合切を凍らせ、死に至らしめる」

 レリクスの内側で、唯は震える。炎を纏っているにも関わらず、酷く寒いのだ。

「俺は、この力で非日常を殺す。俺を止めるというのなら」

 《ブリードウィンター》は右腕を振るう。

「この冬を、止めて見せろ!」

 ただ右腕を振っただけ。あれは攻撃でも何でもない。だが、それだけで《ブリードウィンター》に渦巻く‘冬’が流れを変える。

 そして、それは冷気の壁という形で《バーンデッド》に迫った。

 災害を前にして足が止まる。しかし、《バーンデッド》は諦めずに右腕を振るう。炎を纏ったそれは、冷気に晒されて尚煌々と輝いている。その炎が膨れ上がり、炎熱の壁と化して真正面を焼き払う。

 冷気の壁に対し、炎熱の壁で対処する。しかし、予想に反して拮抗すらせずに炎熱は凍り付いた。

「な……!」

 唯は驚愕するも、すぐに意識を切り替え右腕をかざす。炎熱の奔流が迸り、火炎放射器よろしく真正面を焼いていく。

 迫る冷気の壁に直撃した火炎は、その圧を一時的に押し留める。

「互角、か……?」

 唯は、《バーンデッド》は疑問を口にする。こちらの炎と相手の氷、どちらも同じレリクトであり、本気でやり合えば拮抗は出来る。

 しかし、そんな考えをあざ笑うかのように冷気の壁、その圧が増していく。右手から迸る火炎放射が、少しずつ押し返されている。

 冷気の壁、そして凍り付いていく炎の向こうに、一歩ずつ近付いてくる《ブリードウィンター》の姿が見えた。

「いや違う!」

 ああそうか、と唯は状況を呑み込む。

 こちらは全力で炎を照射し、ようやく拮抗に持ち込んだ。しかし、《ブリードウィンター》はただ歩いているだけなのだ。

 相手はまだ、攻撃らしい攻撃すらしていない。火炎放射が音を立てて凍り付いていく中、《ブリードウィンター》は右手を動かし、こちらに冷気を押しやった。

「ぐッ!」

 ただそれだけだ。それだけで、冷気の壁はその圧を暴力的に増し、《バーンデッド》を包み込む。火炎は粉雪のように粉砕され、《バーンデッド》自体も凍り付きながら後方に吹き飛ばされた。

 落下し地面を転がる。遠く離れた筈なのに、地面はもう霜が降りていた。冷気の届く範囲が拡大しているのだ。

「まだ、だ!」

 《バーンデッド》は立ち上がり、全身に力を入れて炎を燃焼させる。凍りかけた外装と魂に火を入れ、そのまま炎を使い切る。

next(ネクスト),combustion(コンバッション)......《Brass(ブラス)》』

 右半身から炎が消えるも、その外装は真鍮へと変わり、左半身は灰結晶の鎧に包まれる。

『......《BrassDed(ブラスデッド)Relics(レリクス)

 《バーンデッド》レリクスは《ブラスデッド》レリクスとなり、右手に真鍮の長剣を、左手に灰結晶の長剣を携える。

「……は? 何あれ」

 意識を取り戻したリンが、珍しく困惑を口にした。《ブリードウィンター》に対しての疑問だろう。

「分からない、けどとにかくやばい」

 唯は簡潔な所感を伝える。そうこうしている内に、《ブリードウィンター》はゆっくりと迫り、その度に冷気の圧が増していく。

 リンはあり得ない、と小さく呟く。

「あんなレリクトの使い方、身体が保つはずない。機械に置き換えたからって……いや」

 リンの言葉に悲哀が入り交じる。

「精神力だけで、全部補っているの? 貴方はどこまで!」

「どこまででも、だ。俺に出来るのは、結局それぐらいだからな」

 リンの怒鳴り声に、氷怨の唯はにべもなく答える。当然のことを、当然のように言う。ただそれだけの声色だ。

「……唯、分かったことを伝える。まずレリクトの流れや質感から、あれが最初のレリクスよ。《ブラッド》や《ブラッドリバー》は、あれの派生ってことになるわね」

 はあ? と唯は思ったままを口にする。

「どう見たって今のあれの方が強いじゃんか!」

「強くすることだけが派生じゃないでしょ。あれ、際限がないわ。扱えるように、或いは被害を抑える為に。《ブラッド》と《ブラッドリバー》はあるのかも」

 《ブリードウィンター》が先に存在し、それを調整したものが他二騎のレリクスだと、リンは言いたいのだろうか。いや、それよりも。

「際限がない? 本当に?」

 《ブリードウィンター》のことだろう。今こうしている間にも、冷気は増している。

「ええ。あの冷たいレリクトは、その出力と範囲を拡張し続けている。どうやってプラトーを殲滅しているのか。あれが答えでしょうね」

 唯の頭の中に、その光景が思い起こされる。氷付けになったプラトーの施設、冷え固まり、砕けている生命……その中心に存在した氷怨の唯。

 まともに戦う必要すらないのだ。ただ真ん中に立ち、《ブリードウィンター》を顕現させる。それだけで冬は広がり施設を包み、全てを凍てつかせる。

「それが……あの死体の山か」

「私達も例外じゃない。近付けば、レリクスと言えども凍る。レリクトはレリクトによって凌駕される。あの冬を押し返すレリクトは、この地球上に存在しない」

 唯は頷く。理屈は分からないが、その感覚は分かっていた。だからこそ、じりじりと《ブラスデッド》は後退を続けている。

「だから、私とエルで……炎と結晶で、レリクスを維持する。貴方は」

「近付いて、叩き込む!」

 そう答え、《ブラスデッド》は双剣を構える。右半身の真鍮が、熱されたかのように光を灯す。左半身の灰結晶、その内側もまた、煌々と炎が踊る。

 死の冬に飛び込む……恐怖は未だにある。だが、それよりも。

「その力は、殺し過ぎる!」

 激情を吐露しながら唯は、《ブラスデッド》は突撃する。死の領域はすぐそこだった。並のレリクスなら立ち入るだけで凍り、死に絶えるだろう場所を駆け抜けていく。

 冷気が全身を包む。寒いという次元はとうに超え、それは死の痛みとなって全身を蝕む。

 だがそれでも、《ブラスデッド》は《ブリードウィンター》に肉薄してみせた。

 《ブラスデッド》は双剣を振り下ろし、《ブリードウィンター》は両腕をクロスさせ、それを防いだ。

「俺達だけは、人として戦わなくちゃいけないんだよ!」

「だから……知ったことかと言っている!」

 《ブリードウィンター》は両腕を振り上げ、こちらの双剣をはねのける。

 《ブラスデッド》はさっさと双剣を手放し、かと思えば即座に双剣を形成、連撃を叩き込む。

 《ブリードウィンター》は、その連撃を悠々と捌いていく。斬り付ければ腕が刃を弾き、突けば身を捩りそれを躱す。

 だがそれでも、《ブラスデッド》は攻撃の手を緩めない。

「殺すだけの力で、日常を守ることが出来るのか? お前は結局!」

 《ブラスデッド》は左手の長剣、灰結晶のそれで突きを放つ。感づいたのか、《ブリードウィンター》は後方に飛び退く。

 しかし、《ブラスデッド》は構わず長剣を手放す。灰結晶のそれは、突いた時の勢いそのままに飛来し、炸裂し結晶の根を伸ばす。炎の通ったそれは、冷気の中でも意思を絶やさずに広がり、《ブリードウィンター》の足を止める。

「守れないから、殺すことだけを選んだ! 俺は!」

 《ブラスデッド》は右手にある真鍮の長剣を両手で握り、上段に構える。その剣身が赤熱を帯び、一瞬だけでも冷気を押し退ける。

「それを許す訳にはいかないんだ!」

 そして、その一瞬を逃さずに。《ブラスデッド》は踏み込み、長剣を振り下ろす。

 完璧なタイミングで打ち込んだ一撃は、《ブリードウィンター》に直撃した瞬間に爆発、その炎を燃え上がらせた。

 冷気が晴れ、熱がその場を支配する。

「……ここで止まれば、それこそ許せなくなる」

 ノイズ混じりの声……氷怨の唯がそう返す。

 熱がその場を支配したのは一瞬だけだった。

 《ブリードウィンター》は、右手で剣身を鷲掴みにしている。焼け焦げた外装は、すぐに氷へと変わり、何事もなかったかのように凍てついていく。

 唯は、《ブラスデッド》は長剣で押し込もうとするも、びくともしない。その頑なな姿に、唯はある意味懇願するように語りかける。

「何で分からないんだ。お前の戦いは、もうとっくに終わってる。お前の辿った道筋がどんなに残酷でも、全部殺していい理由にはならないだろ……!」

「終わるものかよ。俺達は。俺達みたいなのは」

 《ブリードウィンター》が力を込めていく。冷気が立ちこめ、炎熱を雪に変え、冬が訪れる。

 長剣が砕ける。氷となって、きらきらと視界の端に零れていく。

 《ブラスデッド》は後退しようとする。しかし、足は動かない。冷気によって、足は凍り付いていた。

 《ブリードウィンター》が右の拳を握り締める。

「戦い続けることでしか、自分を赦せない!」

 自分に言い聞かせるように叫びながら、《ブリードウィンター》は右の拳を突き出す。先程までの洗練された動きではない、自分らしい愚直な右ストレートだ。

 何か特別なことをした訳ではない。だが、その拳には死の冬が追従している。

 《ブリードウィンター》の拳は、寸分違わず《ブラスデッド》の胴を撃ち抜く。

 膨張した冷気が、死の冬が吹き荒び、《ブラスデッド》は為す術なく吹き飛んだ。

 地面に叩き付けられ、転がり、その度に熱を失っていく。回転が止まる頃には、《ブラスデッド》の炎熱は消えていた。しかし、灰結晶はまだこの身体を支えている。《ブラスデッド》レリクスは《ブランデッド》レリクスとなり、凍りかけた身体を無理矢理立ち上がらせる。

「これで分かっただろう。俺は」

 氷怨の唯が、《ブリードウィンター》が僅かに後ろを振り返る。その先には何もない。だが、彼には何か感じ入るものがあるのだろう。

「次元の揺れがおかしい。《ディメンシャード》が完成したのか? だとすれば」

 《ブリードウィンター》は自身の胸を殴打し、黒氷の重装を砕く。呻きよろめくも、あれだけ広がっていた冷気は消え、その姿も《ブラッドリバー》へと変わっていた。

「こんなことをしてる場合じゃない。ここではまだ、あいつらは生きてるんだ。俺が行かないと」

 《ブラッドリバー》は完全に背を向ける。その姿を見て唯は、《ブランデッド》は嬉しさと悲しさ、どちらの感情を優先していいのか分からなくなった。あんな状態になってまで、自分は仲間を助けることを考えている。

 だが、と唯は首を横に振った。彼が知らず、自分だけが知っていることがある。

「いや……その必要は、ない」

 唯は、《ブランデッド》は一歩二歩と近付いていく。

「そうね。彼らは彼らで何とかするわ」

 リンが唯の意見に追従する。

 助けに行きたい気持ちはある。氷怨の唯が言うように、こんなことをしている場合ではない。

 だが、それでもエイトとゼロ、緑と光はこの道を選んだ。

 他でもない、氷怨の唯の為に。

「俺やお前が守らないといけない程、あの四人は弱くない。みんなで決めたんだ」

 ふらつく身体を強引に立て直し、《ブランデッド》は拳を構える。

「お前の戦いを、お前が納得した上で終わらせる。お前が苦しんでるなら」

 炎はもうここにはない。だが、激情だけはずっと傍にある。それを炉心に、唯は折れずに宣言する。

「あいつらが、それを見過ごせる訳ないだろ」

 背を向けたまま、《ブラッドリバー》は顔を伏せる。その背中へ、《ブランデッド》はふらつくように走り出す。

「見ていろ、すぐに!」

 そう言いながら《ブランデッド》は殴りかかり、《ブラッドリバー》は振り向きながらそれを難なく防ぐ。

「俺達の戦い方を、どう戦ってきたかを、教えてやる!」

 唯はそう宣言する。《ブランデッド》は蹴りを放ち、一旦距離を稼いで再び拳を構える。

 出力は大幅に落ち、ダメージは蓄積している。

 だがそれでも、《ブランデッド》は声を張り上げ、《ブラッドリバー》に掴み掛かる。

 《ブラッドリバー》は何も言わず、その拳を受けながら自身も拳を返す。

 二騎のレリクスは、鏡合わせの自分と対峙するかのように拳を振るい続けた。







 終着点は近い。

 エイトとゼロ、緑と光は《ディメンシャード》との激闘に膝を付くも、まだ諦めた様子はない。

 唯とリン、そして氷怨の唯もまた、自らが信じる道の為、戦い続ける。

 次元の欠片に冬の最果て。唯達は、それぞれの終着点に辿り着けるのだろうか。


「でも、貴方は私を赦してくれるでしょう?」


 ブラッドリゾーム最終章

 ー冬の先に行こうー

 お楽しみに!

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