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ブランクアームズ -BloodRhizome-  作者: 秋久 麻衣
‐理想を描く為に‐
33/34

最果ての冬


 極限の炎が黒い血を蒸発させる。

 唯とリンの《バーンデッド》レリクスは、惜しみなく全力で攻め立てる。

 対して氷怨の唯、《ブラッド》レリクスは防戦一方だ。

「お前は、間違ってない! でも違うんだよ! 何もかも殺して、日常が守れるもんか!」

 《バーンデッド》は炎を纏った拳を連続で叩き込む。その拳一つ一つが、炸裂する炎の塊と同義だ。

「理想を描いた、先で! 死ぬのはお前以外の全てだ!」

 《ブラッド》は、しかしその拳を捌いてみせる。炎で焼かれ、爆発で軋むも、動じた様子はない。苦痛も灼熱も、氷怨の唯には届かない。

「分かってる! 俺は結局、エルを守れなかった! 命がのし掛かってくるんだ、ずっと重いままで! お前はそれに耐えているのか?」

 《バーンデッド》は《ブラッド》の胸ぐらを掴む。

「敵だからとあれだけ殺して、その命をちゃんと背負っているのか? 自分が殺した奴の顔をちゃんと覚えているのか? 俺は」

 エルの屈託のない笑顔が浮かぶ。憎悪にまみれ、最後に何もかもなくしたカラスの血溜まりがそこかしこに広がる。

 最期まで自分勝手だったドクターの飄々とした声と、そのドクターに挑み続け、神になろうとした男の慟哭も聞こえる。

「俺は……そういうのも、持って行かなくちゃいけないって。思うんだよ」

 《バーンデッド》の腕を、《ブラッド》の右手が掴む。

「知った、ことか。非日常は、殺す! 俺の戦いに、相手を哀れむ余裕なんかないんだよ!」

 《ブラッド》はこちらを蹴り抜き、拘束を解く。

 唯は、《バーンデッド》は首を小さく横に振る。

「……だから、お前の戦いは終わりなんだ。人の世界に来て、勝手に命を奪わないでくれ。それが出来ないなら」

 《バーンデッド》は右義手をかざし、火球を形成する。それは刻一刻とレリクトを呑み、膨れ上がっていく。

「無理矢理にでも分からせる」

 氷怨の唯は、《ブラッド》は鼻で嘲う。

「……知ったことかよ!」

 《ブラッド》が跳ね飛ぶ。《バーンデッド》は空中にいる《ブラッド》へ火球を放つも、形成した氷を踏み付けて軌道を変更、回避してみせた。

 飛び込んできた《ブラッド》が、右の拳を振り抜く。《バーンデッド》はそれを受け仰け反る。

「二つに一つ! 日常を見殺しにするか、非日常を殺すか! 俺にはそれしかないんだ!」

 《ブラッド》は何度も何度も右の拳を振るい、《バーンデッド》をよろめかせていく。

「一人残された俺が、ここで止まる訳にはいかないんだよ!」

 怒鳴りながら、《ブラッド》は渾身の右ストレートを放つ。その拳は《バーンデッド》の頭を撃ち抜く。

 そして、その拳を《バーンデッド》の左義手が掴んだ。

「いいや、止まって貰う」

 《バーンデッド》は右手を開き、火球を形成する。そしてそれを、容赦なく《ブラッド》の胴へと叩き込んだ。

「ぐうッ!」

 火球と共に後方に吹き飛んでいく《ブラッド》へ、《バーンデッド》は駆け寄りながら右義手から欠けた長剣を形成する。その切っ先から炎で編まれた鎖が射出され、火球へと接続される。

「止めてみせる、絶対に!」

 バレルフェイザー、ベルセルクフレイルを振り回し、《バーンデッド》は猛攻を再開する。

「くッ!」

 体勢を立て直した矢先に、《ブラッド》の目の前に棘火球が迫る。鎖に繋がれた棘火球は、熱と質量で以て《ブラッド》を再度吹き飛ばす。

「らああああッ!」

 《バーンデッド》はフレイルを引き戻しながら更に回転させ、勢いそのままに振り抜く。

 無慈悲な薙ぎ払いを前に《ブラッド》は右義手で防御するも、呆気なく真横に吹っ飛ぶ。

 《バーンデッド》は打撃の勢いそのままにもう一回転し、今度は鎖で《ブラッド》を絡め取る。

 既に防御すら出来なくなった《ブラッド》の全身に鎖が絡まり、最後にフレイルの先端、棘火球が当たる。

 《バーンデッド》はフレイルの持ち手を手放しながら、右手を地面に付ける。

「焼き尽くす!」

 レリクトを流し込む。流れ込んだレリクトは《ブラッド》の足下に集約し、その熱量を一息に上げる。

 身動き一つ取れないまま、《ブラッド》は爆発に呑まれた。

 それは巨大な火球となり、爆心地はおろか周囲の構造物すらも消し飛ばす。

 最大出力解放デバステイトではないにしろ、必殺の威力を秘めた一撃だ。

「……冷たい?」

 しかし、爆煙の中から漂ってきたのは、うめき声ではなく冷気だった。

 煙が晴れる。砕けた鎖がぱらぱらと落ちる中、《ブラッド》は二本の足で立っていた。ダメージは確実に蓄積している。その証拠に外装は焼け爛れ、そこかしこにヒビが入っていた。

 血が凍っていく。凍てついた空気、白い靄は《ブラッド》の外装から漏れ出ていた。刻まれたヒビから、じわじわと噴出している。

「こっちの俺は、強いな。だが、それでも」

 《ブラッド》は右手をかざす。その先に、冷たい空気が集約していく。渦を巻いたそれは、小さな嵐……氷嵐の冬だ。

 《バーンデッド》は身構える。それは、以前見たことがある。《ブラッド》よりも強い、《ブラッドリバー》になるつもりだろう。

 しかし、《ブラッド》はこちらの考えを見透かしていたのか。首を横に振った。

「俺の、冬は。越えられない」

 そう宣言し、《ブラッド》は自身の胸に氷嵐を叩き込んだ。

Erosion(イロージョン)Rust(ラスト)......error(エラー)

 その瞬間、けたたましいノイズが垂れ流された。

『......error(エラー)

 そのノイズすらも凍り付かせていくように、冷気はその圧を増していく。

『......error(エラー)

 やがてノイズも消え、冷たい暴風の音だけが響く。《ブラッド》は胸を押さえるようにして膝を付き、外装が更にヒビ割れていく。

『err......or......』

 ぷつん、と何かが途切れる音が、気配がした。

winter(ウィンター)is(イズ)......inside(インサイド)

 全ての冷気と嵐が、《ブラッド》に集約する。そして、それらは堰を切ったように爆発、黒氷の嵐となって視界を遮る。

 《バーンデッド》は思わず後方に飛び退き、右手をかざして炎を放出する。あらゆる物を焼き溶かすレリクトの炎は、しかし嵐を押し留めることしか出来ない。

『......《bleed(ブリード)》』

 一歩、二歩と大地を踏み締める音がする。《ブラッド》の足音だ。傷だらけだった外装は黒氷を纏い、新たな姿へと変わっていく。

『......《bleedwinter(ブリードウィンター)Relics(レリクス)

 嵐が晴れる。その中心にいた《ブラッド》レリクスは、《ブリードウィンター》レリクスとなっていた。

 《ブラッド》が軽装なら、《ブリードウィンター》は重装だ。黒氷を鎧として纏い、その所々にスリットが刻まれている。

 そして、そのスリットからは絶えず冷気が漏れ出していた。

 《ブリードウィンター》が一歩踏み出す。

 ただそれだけで、冷気の圧が《バーンデッド》を後退させる。攻撃してきた訳ではない。ただ、冷気の元が動いただけ。だが。

「……尋常じゃない冷たさ、レリクトの」

 先程まで、ここは炎が支配する場所だった。地面は焼け溶け、木々は燃え、砕かれたベンチは炭になる。

 しかし、今は違う。それこそ季節が移ろいでいくように、霜がおり、木々は凍り、くすぶる炭は雪に消えていく。

 レリクトの炎が全てを焼き尽くすならば。

 レリクトの氷は全てを凍てつかせていく。

「これが証明だ。俺は止まらない」

 氷怨の唯はそう告げる。

 《ブリードウィンター》がまた一歩踏み出す。

 生命を停止させる冷圧を前に、《バーンデッド》は呻き、一歩二歩と後ずさった。

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