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きっと貴方は、ずっと戦い続けるんでしょうね


 狗月いぬつきひかるに車椅子を押されながら、鈴城すずしろみどりは通話をしていた。緑は携帯端末を膝の上に置き、スピーカーを通して話している。光は大きなリュックサックを背負っており、車椅子を押しながら時折背を揺らし、重さを誤魔化していた。

『詳細は省くが、方針は決まった。予定通りのプラン進行で頼む』

 エイトが告げる内容は簡潔だ。まずは一安心、といった所だろうか。

「分かりました。さすがですね」

『事実を話しただけだ。ではな』

 通話が終わる。つまり、唯とリンは戦う事を選んだ、ということだ。嬉しさが九割、残りの一割は。

「しんどいことになるね」

「あはは……」

 緑は本音を零し、光は苦笑する。

 何せ、このプランが一番理想から遠く離れている。だが、本当の理想、その結末を目指すには、このプランしかないのだ。

「本当に唯くんって手が掛かるね」

「でも、唯にいが一番普通だよ」

 ぼやく緑に、光が訂正を入れる。その通りだと緑は頷いた。命に一喜一憂して、効率ではなく理想を描く。

 誰よりも先頭を行き、理不尽を撃ち抜き打ち砕き、それでも普通であることを止めない。

「そういう人を、信じたいもんね」

「うん。だから頑張れる」

 そうだねと肯定し、緑は端末をちらと見る。発信器の反応は、ジャンクヤードを指し示している。エイトとゼロが氷怨の唯と語り合った場所でもある。

 普通に考えれば、ここにはいない。発信器の存在はバレているだろうし、取り外しもそう難しくはない。そして、一度バレた潜伏先に帰ることなどしない。

 だが、唯ならどうだろうか。

 積み重なった廃車の城壁を潜り抜け、車椅子は進む。視界が拓けると、そこには思った通りの待ち人がいた。

 積み重なった瓦礫で構成されたソファに、瓦礫のように沈んで。氷怨の唯は空を見上げていた。

「発信器、無力化してないんですね」

 車椅子で近付きながら、緑はそう話しかける。

「する理由もない。それだけだ」

 素っ気なく氷怨の唯は返す。ノイズに塗れ、掠れて尚、唯の声にしか聞こえない。

 光は車椅子を瓦礫の傍に付ける。車輪にブレーキを掛けると、光は背負っていたリュックサックを下ろした。重量感のあるそれが音を立てて地面に落ち、光が腰を伸ばすようにストレッチをする。

 軽い運動を済ませた光は、リュックサックを開け中身を広げる。地面にシートが敷かれ、その上に工具や機械部品が、てきぱきと並べられていく。

 その様子を見ていた氷怨の唯は、何をしているのかと緑に視線で問う。

「協力関係ということなので、義体をメンテしようと思いまして。もう少しこっち寄りに座って貰えますか?」

「必要ない。生身と機械が混じって、自分でもよく分かっていないんだ。今動いているなら、下手に触らない方がいい」

 ただ突き放すのではなく、理由を交えて突き放そうとしている。なるほど見知った唯よりも頭を使っているなと思いながら、緑は指をさす。

「その左腕は違いますよね。生身の、レリクトの浸食を受けず、動作もぎこちない。完璧な修復は無理ですし、貴方もそれを望まないと思いますが。ちょっとした調整と清掃で、結構マシにはなりますよ」

 緑の提案に、氷怨の唯は左義手に視線を向ける。

「俺がそれを、望んでいない?」

 そうなのか? と疑問に思っているような声色だ。緑は頷く。

 氷怨の唯の左腕は、ロボットアームのような義手だ。ここだけ技術レベルが明らかに低く、だというのに機械のまま残り続けている。

 他の義体は生身と融合し、恐らく……レリクトによって最適化されている。それが出来るのなら、この左義手だってもう少しまともになっている筈なのだ。

 だから、それをしないということは。彼がそれを望んでいないと、そう思うのだ。

「なので、大きくバラしたりとか、そういうことはしません。劣化が著しい部品は交換するかもですが。これを作った人も、それを想定していると思いますし」

 氷怨の唯は顔を上げ、緑を見る。

「そんなことまで、分かるものなのか」

「ええ。これを作った人は、技術者としてはまだまだ未熟ですね。作り手の思考が透けて見えますよ」

 そう言ってから、緑は苦笑する。

「これに関しては、私だから分かるのかも知れませんね」

 自分の持ち得る技術や工法で、彼の義手は製作されている。だからこそ分かる。

「……そうか。それが終われば帰るんだな?」

「はい。色々と大変なことが控えてますので」

 彼なりの落とし所を見つけたのだろう。氷怨の唯は腰を上げ、緑の目の前に左義手が来るように座り直した。

「ありがとうございます。では失礼しますね」

 緑は光から工具を受け取り、左義手のカバーを丁寧に外していく。元々無骨なロボットアームといった様相なので、カバーといっても最低限しか存在しない。

 それらを外し、光に渡していく。光はそれを洗浄機に浸け、血と油を洗い流す。

「そんなものまで持ってきたのか」

「うん。持ち運び出来る奴だけど、重かったよ」

 呆れた様子の唯に、あっけらかんと返す光……そのやり取りを眺めながら、緑は義手の部品を検分していく。そのまま使えるものと、交換が必要なものを確認する。

 思っていた通り、消耗品に該当する部分は交換が必要だが、それ以外の箇所は簡単な調整で済みそうだ。ふむふむと緑は頷く。

「この感じなら簡単ですね。ユーザーフレンドリーな設計です」

 緑は光に頼み、追加で工具と部品を受け取る。それらを膝の上に置いたり車椅子の隙間にねじ込みながら、擦り切れた部品を交換していく。

 作業の手を止めずに、緑は氷怨の唯の様子を窺う。彼は興味なさげに、じっと空を見上げている。意識的に、そう振る舞っているように見えた。

「……先程、私だから分かると言いましたが。なぜか分かりますか?」

 緑の問いに、氷怨の唯は答えない。だが、その沈黙と僅かな動きで、緑はその真意を読み取っていく。

「はい。これを作ったのは、私ではない私です。技術は荒削りですが、レリクト駆動に依存し過ぎないような設計になっています。私も今、この技術を研究しているんです」

 緑は短く笑う。

「将来的には、レリクトを完全に取り除いた上で、レリクト動作と同等の義手義足が作製出来ればいいなと思っています。レリクトはその内、唯くんが全部消しちゃいますし。民間に卸せる元素ではありませんからね」

 緑はリズミカルに工具を操作し、交換した部品の噛み合わせを調整していく。

「……出来ると思っているのか?」

 氷怨の唯が問う。

「どっちですか? どっちも?」

 氷怨の唯は答えない。つまり、どっちもだろう。レリクトという元素を消し去ることが、本当に出来るのか。レリクトを介さずに高精度の義体が作製出来るのか。

「まあ、難しいでしょうね。色々あってレリクトは宇宙に飛び去ってしまいましたし。私の技術も、そこまで大層なものじゃないです」

 でも、と緑は続ける。

「唯くんは諦めないでしょう。私はまあ、こんな調子でマイペースにやっていこうかなって」

 緑は工具を変え、既存の部品を調整していく。新しい部品で生じたズレを、軽く修正していくだけだ。

「……貴方の知ってる私とここにいる私は、そんなにかけ離れているんですか? ずっと居心地悪そうにしてますけど」

 氷怨の唯は、小さく首を横に振る。

「根っこは変わらない。人の面倒ばかり見ている」

 氷怨の唯が素っ気なく答える。沈黙の中、工具と部品の奏でる音だけが暗闇に溶けていく。

「……普段はあまり考えないんだ。忘れてしまったと勘違いするぐらいに。でも、近くにいると思い出す。見てきたものが。浮かんでくる」

 そう言って、氷怨の唯はまた空を見上げる。

 それはきっと、かつて彼が生きていた世界の記憶だろう。それは苦難と苦痛の物語……死と涙を経て、それでも尚前に進み続けた者の記憶だ。

「思い出さない方がいいと、忘れてしまいたいと考えているんですか?」

「いや。ただ。こんなにも残っていたんだなって。そう思うだけ」

 緑は工具を膝の上に置き、ブラシで細かな箇所を掃除する。この時点で、見違えるぐらいに状態はよくなった。

「ちょっと動かしてみて下さい。それを元に調整します」

 言われた通り、氷怨の唯は左義手を動かす。

「問題はない」

 その返答を無視し、緑は工具を突っ込みミリ単位で部品を回転させる。

「もう一度お願いします」

 左義手が再度駆動する。氷怨の唯は、今度は何も言わなかった。

「はい。悪くないですね。光」

 緑は話しかけながら手を伸ばす。光は洗浄を終え、拭き取りも済ませていたカバーを手渡す。

 緑はそれを固定しつつ、そう言えばと口を開く。

「あのレリクスとは、明日決着を付けます。集合場所は……これ言っても分かりますかね?」

 氷怨の唯は頷く。なら話は速いと、緑は集合場所と集合時間を告げる。

「なかなか面倒そうですが、きっと勝ちます」

「……ああ」

 緑の宣言に、氷怨の唯は短く肯定を返す。全てのカバーを装着し、最終確認も済んだ。

「では、伝えることも伝えたので。私は帰ります」

 緑はさっぱりとした様子でそう言い切り、光はてきぱきと荷物をたたみ背負い直す。

 あとは車椅子で転回し、帰路に着くだけ。

「ゆっくり話せるのも、多分最後でしょうし。何か言いたいことはありますか?」

 緑の言葉に、意味が分からないといった様子で氷怨の唯は首を横に振る。

「私は貴方の知っている私ではないですが。何となく、何か言いたげだなって思ったのですが」

 この感覚は、顔を合わせた時からずっと思っていた。

「私で良ければ聞きますよ。同じ顔に同じ声、同じような存在なら、案外それですっきり出来るかも知れませんし」

 氷怨の唯は首を横に振る。

「そこまでする必要はない。これだけで充分だ」

 左義手を駆動させる。その動きはやはりロボットじみてはいたが、幾分かスムーズだ。

「あの、あんまり気にしないでいいですよ。だって、全部終わったら貴方、消えてどっかに行っちゃうんでしょう? 一期一会みたいなものです」

 やんわりと避けようとしている氷怨の唯に、緑は無理矢理踏み込む。唯が相手なら、多少強引にでも攻めた方がいいと判断してのことだ。

「聞きますよ。私の事は、他でもない私が一番詳しいんですから」

 氷怨の唯は溜息を吐き、瓦礫の山に寝転がる。

 緑はじっとその時を待つ。沈黙は夜に溶け、氷怨の唯を包んでいく。

 数分、或いは数十分だろうか。とても長い、だが彼の戦い続けてきた時間に比べれば、どうということもない時を経て、ノイズに塗れた声が発せられた。

「……すまなかった。君が思うよりもずっと、俺は戦い続けてる」

 これは、自分に向けられた言葉ではない。氷怨の唯が抱え込んだ、かつての誰かに向けた言葉。

「はい。ちょっと呆れてます」

 だからこそ、緑は思ったままを返した。自分ではない自分が、どんな結末を迎えたのかは分からない。どんなことを思っていたのかすら知らない。でも、多分同じ事を考える。

 氷怨の唯は何も言わない。そして、緑もこれ以上、何も言うつもりはなかった。

 車椅子が動き出す。車輪の軋む音は闇夜に紛れ、少しずつ小さくなっていった。

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