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道は交わらずとも


 互いに防御という選択肢はない。エイトとゼロの《アーマードロウ》レリクスは、重装を頼りに攻撃を受け止め、それ以上の膂力で攻撃を返す。

 一方の《ブラッド》レリクスは、そもそも損傷など端から度外視なのだろう。殴れば吹き飛ぶし、蹴れば打ち上がる。だがそんな痛みは知っていると言わんばかりに体勢を立て直し、それ以上の攻撃を返してくる。

 なるほどとエイトは、《アーマードロウ》は小さく頷く。この唯は恐ろしく強い。何度か致命傷を狙ってみても、それだけは避けるか別の部位で受け止めるのだ。

「俺の気のせいか? ちょいちょい本気で攻撃してるだろ」

 氷怨の唯が、《ブラッド》が呆れ半分といった様子でそう言う。

「俺の知っている唯なら、この程度は軽くあしらうからな」

 エイトは、《アーマードロウ》は悪びれる様子もなくそう返し、重装を活かした体当たりを仕掛ける。《ブラッド》は為す術なく吹き飛び、積み上げられたジャンクに衝突する。

 音を立てて崩れていくジャンクとは正反対に、音もなく《ブラッド》は立ち上がる。

「……くう」

 エイトは唸る。体当たりを受けながら、《ブラッド》は右腕でボディを殴りつけていた。重装越しでもその拳は重い。

「これではどうにもならんな」

「じゃあやめる?」

 興味なさげなゼロの言葉にエイトは、《アーマードロウ》は答えずに左腕を振り抜く。左義手型アームドレイターから騎槍が形成され、それを右手で握り構えた。

「もう少し、見極めさせて貰う」

 《アーマードロウ》は姿勢を低く取る。騎槍の穂先を地面すれすれまで下げ、《ブラッド》を見据える。

 対して、《ブラッド》はゆっくりと歩きながら近付いている。武器を構える様子はない。用いるのは右腕のみ。あの右義手型アームドレイターは完全に固定され、外れることはないのだろう。

「見極めるも何も、これが全部だよ」

 そんな《ブラッド》の言葉に、直接疑問をぶつける為に《アーマードロウ》は踏み込む。長大な騎槍、その穂先だけが届く距離まで近付き、膂力と技術で穂先を小さく振り抜く。

 それこそナイフで連続して切りつけるように、《アーマードロウ》は騎槍で連続して切りつけた。

 その連撃を、《ブラッド》は体捌きと右腕のみで避け、弾いていく。

「プラトーを、殲滅すると、言っていたな。言葉通りか?」

 連撃の最中さなか、エイトはそう問いかける。《アーマードロウ》は手を緩めず、むしろその速度を増している。

「ああ。それだけが俺の目的だ。そっちの俺も、そう大差ないだろ」

 上昇した速度の分だけ動きが鋭くなった《ブラッド》が、騎槍の穂先を弾きながらそう答える。

「手段は皆殺し、唯らしくも、ない手口だが?」

 《アーマードロウ》は騎槍を瞬時に振り上げ、それ以上の速度で振り下ろす。唐突な斬撃軌道の変更は、見切ることすら困難だろう。

 しかし、《ブラッド》はその穂先を労せずに掴み、握り締めた。

「そうなのか? 俺に出来ることはそれぐらいなのに。ああでも」

 掴まれた騎槍はびくともしない。《アーマードロウ》は騎槍を手放し、《ブラッド》に掴み掛かろうと残りの距離を詰める。

 《アーマードロウ》は左の拳を突き出すも《ブラッド》は騎槍を投げ捨てその拳を受け止めた。

「ここにはお前達がいる。緑も光も。リンも。そういうところかもな」

 つまり、ここではない場所にはそれら全員がいない、という事なのだろうか。《アーマードロウ》は拘束を振り払う為、右フックを叩き込む。

 しかし《ブラッド》の左腕が、ロボットアームが駆動し《アーマードロウ》の右腕を握り締めた。ぎこちなく、覚束ない動きなのは変わらない。だが、細かな物を持つのに適していないアームは今、万力のように《アーマードロウ》の右腕を固定した。

「実際、少し驚いてもいる。俺が今まで見てきた世界は、大抵誰かが欠けてた。それか、もっと世界自体が滅茶苦茶になってたか。俺は」

 《ブラッド》が右の拳を握り締める。エイトは息を呑み、攻守が切り替わったことを悟る。

 距離を取ろうにも、右腕が掴まれたことで動けない。ゼロ距離、つまりは彼の領域で、片腕だけで凌ぐ必要がある。

 《ブラッド》が右の拳を振るう。《アーマードロウ》は左腕のみでそれを防ぎ、逆に掴もうと試みる。《ブラッド》の拳はするりと抜け、《アーマードロウ》の左手には血の湿った感触だけが残される。

 そして自在に動く《ブラッド》の拳が、何度も胴を撃ち抜く。

「俺は、お前達やこっちの俺を軽視するつもりはない。多分俺よりずっとまともで、だからこそ強い。そういう確信が持てた。だからこそ」

 防御に集中しようと《アーマードロウ》は左腕を動かす。しかし《ブラッド》はその左手を横合いから叩いて弾き、がら空きとなった胴体を強打、そのまま首を鷲掴みにした。

「ぐ……!」

 《ブラッド》の右手もまた、万力のように締め上げてくる。《アーマードロウ》の重装が、少しずつ宙に浮く。《ブラッド》が片腕だけで持ち上げているのだ。

「プラトーは俺が殲滅する。こっちの俺のやり方じゃ、いつか必ず誰か死ぬ。向こうじゃなくて、お前達の中で誰かだ。お前なら分かってるんじゃないのか? エイト」

 外装がひしゃげ首が締まる。エイトは、《アーマードロウ》は困ったなと内心苦笑する。小気味良い反論が浮かんでこない。

「それたぶん、唯以外はみんな分かってるよ。唯だって、もしかしたら頭のどこかでは分かってるかもね」

 だからエイトではなく、ゼロが口を開く。

「命は重いんだってあんたは、ああ、あんたじゃない方のあんたは言ってたよ。馬鹿っぽくない? だって命は木っ端みたいに吹っ飛ぶものじゃん?」

 ゼロは言葉を続ける。エイトは、ゼロの思い描いている光景が自分のことのように感じられた。

 今、ゼロはその重みを思い返している。切断され転がった少女の首を、抱えて歩いた時の重さを。

「だけどさ。どっちか選べるのなら、あたしは」

 手の中の重みを、失意を怒りを。ゼロのうちを感じ取りながら、エイトはそうだと肯定する。

 《アーマードロウ》は全身に力を込め、重装を炸裂させた。

『......《Breakdraw(ブレイクドロウ)Relics(レリクス)

 《アーマードロウ》は《ブレイクドロウ》となり、重装が弾け飛ぶその圧で拘束を解き、後方に飛び退いて着地する。

 そして、着地と同時に四肢の亀裂からレリクトのジェット噴射を放ち、瞬間的に加速……離れた分だけ詰め寄り、《ブラッド》の胴に左の掌底を叩き込んだ。

 《ブラッド》は、派手に吹き飛ぶようなことはない。一歩二歩と後退あとずさるのみだ。

「俺達は。茨の道と知って尚、人間らしく戦うことを選んだ。命を知る唯の選んだ道を、俺は信じている」

 エイトはそう言うと、自ら左義手を外した。白の軽装は霧散し、エイトとゼロがそこに現れる。

 それに応えるように、《ブラッド》は右腕を動かし、首の後ろに回す。何らかのスイッチや機構がそこにあるのだろう。快音が響き、《ブラッド》の外装が血の塊となって地面に広がった。

「あんたさあ。それもうちょっと何とかならないの? 地面びしゃびしゃじゃん」

 顔をしかめながらゼロはそう言う。氷怨の唯はあしらうように小さく何度か頷くと、崩れたジャンクの上に腰掛けた。

「君は君で本気ではないようだが、俺達もまた本気ではない。過剰な心配は、互いに不要なようだな」

 《アーマードライブ》や《ブレイクドライブ》を使えば、また違った結果になるだろう。そして、それは《ブラッド》にも同じ事が言える。前回見た《ブラッドリバー》は、性能こそドライブシリーズより下に見えるが。まともにやり合えばどうなるか分からないというのが。エイトの感覚だった。

「……人間らしくか。あのエイトがな」

 氷怨の唯は小さく呟く。だが、かぶりを振ってエイトを見据える。

「俺のやる事は変わらない。プラトーを殲滅する。日常を守る為、非日常は殺す」

 ふむ、とエイトは呟く。

「次元がどうと言っていたな。その目標を果たした後、次元に呑まれると」

「ああ。俺の存在自体が、もうあやふやなんだ。あのドクターの所為で次元の狭間にぶち込まれてな。俺の座標は多分、もうそこにしかない」

 エイトは黙って続きを促す。隠すようなことでもないのだろう。氷怨の唯は言葉を続ける。

「つまり、どこにもない。だから、座標を自分で定義付けた。プラトーの存在する次元だ。プラトーが存在するからこそ、俺が存在する。この説明で分かるか?」

 エイトは頷く。別の次元、異なる世界の片羽唯は、次元の狭間に呑み込まれた。そこで死を待つだけだったが、彼は。きっとそれこそ進化したのだろう。

「だから君は、プラトーを殲滅した後に消えるのか」

「ああ。そして次の世界に飛ばされる。終わりがあるかは分からない。いちいち数えてないし、その必要もない」

 氷怨の唯は目を閉じ、ジャンクの上に寝転がる。

「……俺達みたいなのは、戦い続けることでしか自分を赦せない」

 他でもない自分に言い聞かせるように、氷怨の唯は呟く。

 エイトは背を向け歩き出す。答えは得た。荒唐無稽であり得ない状況、だが目の前の彼は間違いなく唯であり、陰っても尚その在り方は正しい。

 これはこれで、片羽唯の選んだ道なのだ。

 であれば、自分達に言えることは何もない。

「……ゼロの命は」

 氷怨の唯が小さな声で言う。エイトとゼロは立ち止まり、僅かに振り返る。

「いや、みんなの命は。確かに重かったよ」

 エイトは頷く。ゼロは鼻で笑ってから、一言だけ返した。

「知ってるよ」

 今度こそ二人は背を向け、ジャンクヤードを後にする。

「……そうだな」

 氷怨の唯はそう呟く。掠れ枯れ果て、ノイズ混じりであっても。その声はやはり、どうしようもない程に唯の声色だった。

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