重装が守ったもの
自分はこの世界の住人ではない。だからこそ、こういう場所が落ち着く。氷怨の唯はガラクタの積まれたジャンクヤードにいた。機械の成れの果てが集うこの場所は、今の自分にとって同胞の群れに等しい。
目を閉じ、意識を落ち着かせる。眠る、という機能が残っているかは怪しい。それでも、こうしてジャンクに腰掛け、じっと目を閉じていると身体が休まる。ような気がする。
何度もこんなことを繰り返してきた。だから、その全てを記憶することは出来ない。この身体に残ったものは、最初と最後の二つだけ。
だから、そう。目を閉じ休息を得ると同時に、最初の光景が瞼の裏に映し出されてしまう。今は、それでもいいと思っている。少なくとも、忘れてしまうよりは。進み続ける力になってくれるから。
今の自分と同じように目を閉じ、口を強く閉じた表情で。少女の首は湿った音と共に地面を転がっている。
自分が伸ばした左腕は届かない。肘から先がない所為で、何もかも届かなかった。
それが、今の自分に残った最初の光景だ。これを思い返す度に、作り物でしかない心臓が疼く。デバイスと化した喉が軋む。
自分はまだ戦えると、そう信じることが出来る。
一つ思い返してしまえば、後はあっという間なのだ。灰色の少女を失い、それでも立ち止まることを選べずに自分は進み続けた。ろくに話も聞かず、取り乱し、その癖立ち止まらずに進んだ。一人では何も出来ないと、知っていた筈なのに気付けなかった。
そんな馬鹿な男を庇い、背中に溶岩の斧を受けて。銀色の長髪が炎熱に煽られ、煌めいていく。そんな苦痛のただ中にあっても、彼女は恨み節一つ吐きはしなかった。
レリクスの外装すら焼き溶かす溶岩の斧が、生身の少女を絶命させるまで幾ばくもない。吐ける言葉はたった一言だけ、その一言さえ。
「生きて、唯」
その一言さえ、自分自身の為に使わなかった銀色少女の身体が、文字通り崩れていく。
それは一つの終わりであり、永遠への一ページとなった。燃え残った銀糸を、短くなった左腕で掬う。呆けたままの自分を、真っ赤に染まった《シールディア》レリクスが無理矢理立たせようとしていた。
そして、そんな情けない命を容赦なく絶つ溶岩の大斧を、白の騎槍が弾き飛ばす。
勝てないと分かっていた。それでも白の重装は立ち塞がり、最期まで戦った。
その勇姿を、自分は見ていない。《シールディア》に抱えられ、その場から逃げ出したからだ。
銀糸が舞う、焼け跡だらけの白い背中……それが自分の見た、エイトという名の男の最期だ。
その夜、傷だらけの金色少女が、ゼロが帰ってきた。生き残った訳ではない。ただ、死に場所を選んだだけだ。
「あいつの傍にいてやっても、良かったんだけど。伝言を頼まれたから」
誰がどう見ても助からない。そんな凄惨な状態であっても、ゼロはいつもと変わらぬ様子で口を開く。
エイトの伝言は思いの外長く、生前の彼を思い起こすのに事欠かない。それらを悪態混じりで伝え終わったゼロは、エイトがいつも背を預けていた壁にもたれ掛かる。
「そういう訳で。あいつとあたしの頑張りで、溶岩クソ野郎はしばらく動けない。逃げる分には何とかなるんじゃない? まさか、まだ戦うとか思ってないよね?」
ゼロの言葉に唯は、氷怨と化す前の唯は答える。その言葉を聞いてから、ゼロは短く笑う。
「……バカな奴だなって知ってたけど」
命が消えていく。その間際であっても、金色少女はいつものように人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「そんなになってまでやるんだ。ほんとバカだね」
どこか優しげな口調。少女の身体はゆっくりと支えを失い、脱力し、もう二度と動くことはなかった。
唯は子どものように喚き、駄々をこねるように感情を吐き出す。そして、同じように目を腫らした緑に頼むのだ。
「フェイスに連絡を取ってくれ。俺は」
不意に足音が響き、氷怨の唯は最初の光景を振り払う。目を開け、ガラクタだらけのジャンクヤードを見渡す。足音の主はすぐに見つかった。
「休憩中に失礼する」
「はあ。人の寝る場所じゃないでしょここ」
金色コンビ、エイトとゼロがこちらに近付いていた。
氷怨の唯は立ち上がり、同じように歩き正対する。エイトとゼロは立ち止まり、こちらをまじまじと見た。
「改めて見ても。あれは唯だな」
「ねー。あんたは元気してる?」
二人の様子は気安く、笑ってしまう程にいつも通りだ。これが元気に見えるのだろうか。
「聞かれる前に伝えておくが敵意はない。ここを探ったのは発信器だ。緑はああ見えて強かな奴だからな」
エイトはそう告げた。確かにそういう奴だったと、氷怨の唯は目を伏せる。腕を見せてくれと言ったのは思いつきだし、左腕が気になったというのも事実だろう。それはそれとして、発信器を忍ばせておく。確かに緑らしい。
「俺は関わるな、と言った筈だが」
こみ上げてくる感情を切り捨てながら、氷怨の唯はそう宣告する。
しかし、それに対してゼロは一瞬にして不機嫌顔に切り替わった。
「はあ? あんたが緑のとこに行くのは良くて、あたしが来るのはダメなの? 何様のつもり?」
氷怨の唯は目を閉じ空を仰ぐ。数え切れない程の次元を繰り返す中で、一つ分かっていることがある。ゼロに口答えはしない方がいい、だ。
溜息を吐き、氷怨の唯はエイトを見る。
「……用件はなんだ?」
話が通じやすい方に話を振りながら、氷怨の唯はゼロをちらと覗き見る。傷だらけでもなく、焼け跡もなく、生きて、憎まれ口を吐いている。ついでに下瞼を見せ、舌をぺろと出してこちらを煽っている。模範的なあっかんべーだ。
そんなことは気にも留めず、エイトは口を開く。
「確かめたいことがある。君の出自とその行動原理、もっと簡潔に言えば信用出来るかどうか」
本来、とエイトは続ける。
「片羽唯は一人しか存在しない。だと言うのに、我々は誰一人として君が偽物だと感じられない」
「偽物がいるなら会ってみたいもんだな」
「同感だ。どうせなら全員分を揃えて欲しい」
氷怨の唯の軽口に、エイトもまた軽口で返す。
「それで? 洗いざらい喋れば納得してくれるのか?」
エイトは頷くも、右手で左義手型アームドレイターを構える。
「同時に、俺達らしい手段も実行する」
「これ、あたしは反対してるからね。勘違いしないように」
エイトの目に嘘の色はない。ゼロは、まあ反対しているがやる気は充分にありそうだ。
「……気乗りしないな」
そう言いながら、氷怨の唯は左腕のロボットアームを動かす。腰のポーチにあるレリクト・シェルを、ぎこちない動きで掴んだ。
「だが一番手っ取り早い。そうだろう?」
『Connected Arm』
エイトは大胆不敵な笑みを浮かべながら左義手型アームドレイターを装着する。
流れるような動作で初弾装填を済ませたエイトは、ゼロに左義手の手の平を差し出す。ゼロはその手の平に、自身の手を添える。
ゼロの姿は燐光となって消え、アームドレイターへと灯っていく。
『ArchiRelics......《Armordraw》』
左義手の手の平を眼前で握り締め、エイトは集中を高める。
「フェイズ……オン」
始動キーを言い放ちながら、エイトは左義手を左背面へと振り抜く。
『PhaseOn......FoldingUp......』
左義手を中心に、白の重装が組み上がっていく。傷も焼け跡もない、頼もしい重装が。
『......《Armordraw》Relics』
左義手を背面から正面に振り抜き、反動をいなす。エイトとゼロは《アーマードロウ》レリクスとなり、その場で仁王立ちとなる。
今度はそちらの番だと、白の重装、そのバイザーがこちらを捉えている。氷怨の唯はもう一度だけ溜息を吐くと、左腕のロボットアームを動かしレリクト・シェルを直上に放り投げた。
ぎちぎちと音を立てながら、顎のパーツが稼働する。勢いを失い、重力に引かれ落ちてきたレリクト・シェルを、ポップコーンを食べるように鉄の顎で喰らう。
喉の機械が駆動し、シェルをすり潰し咀嚼していく。種火となるレリクトは、そのまま人工心臓へ……心臓型デバイスのブレスドサイファーへと送り込まれる。
顎、喉、心臓……その全てがレリクトデバイスだ。天才の発明品、ネックドランカーはいつもと同じように駆動し、注がれたレリクトは全身に広がる。
『construct』
種火は篝火に、篝火は業火へと変わっていく。人工心臓、ブレスドサイファーを中心に、氷怨の唯を黒炎が覆っていく。
『ArchiRelics......《blood》』
その様は、火にくべられた哀れな受刑者のようだろう。
「……変身」
両腕を力なく垂れ下げたまま、氷怨の唯は戦う為の言葉を呟く。
『Turned.......ErosionRust......』
その言葉を皮切りに、黒炎が瞬く間に凍り付いた。そして氷の中で、氷怨の唯の姿が外装に切り替わっていく。
氷の表面を光が僅かに反射したその一瞬で、氷怨の唯の身体はレリクスへと変わっていた。
そして、氷は独りでに溶けていく。
『......《blood》Relics』
黒炎の氷は黒く、溶けた後も尚黒い。それらは外装を滴る血となって、氷怨の唯を《ブラッド》レリクスに変えた。
《ブラッド》は動かず、本当にやるのかという視線を《アーマードロウ》に向ける。
「心配はいらない。頑丈さは売りの一つだからな」
「……知ってるよ」
衝突は避けられない。そう悟った《ブラッド》は右腕を顔を高さまで持ち上げて構える。
「では行くぞ」
そう宣言すると、《アーマードロウ》は重装を感じさせない速度で駆け出す。
一方は右ストレート、もう一方は左手で掌底を放つ。
拳と手の平がぶつかり合い、積み上げられたジャンクの観客達は衝撃で空に打ち上がる。
フロアが沸き立つ中、二騎は攻勢を続けた。




