迷い揺れる
そんなことがあったとは露知らず、唯達は緑と光の待つ施設へと帰ってきた。
あれから、リンはずっと黙ったまま考え込んでいる。何を考えているかは分からないが、何が原因かは分かっている。あの男だ。
唯は自分と同じ顔をした、といっても上半分しかないが。同じ顔をした男のことを思い返す。血と氷に染まり、プラトーへの憎悪を隠そうともしていない片羽唯……氷怨の唯は、なるほど確かに敵ではない。
そこまで分かっていながら、唯の心情は穏やかではない。氷怨の唯、その凄惨な状態は、この際どうでもいい。問題なのは、その行為だ。
あいつは徹頭徹尾、殲滅という行為を選ぶ。
自分は、それを認める訳にはいかない。
通用路を進み、緑達の待つ部屋の扉を開く。微かに血の匂いを感じ取り身構えるも、中では緑と光が何食わぬ顔で待っていた。
「お疲れ様です」
「おつかれ、みんな」
緑と光の言葉に頷きながら、それぞれの定位置へと歩いていく。唯は適当なソファに腰掛け、リンは端末に近付き、エイトは壁に背を預けゼロはその足下に座り込む。
「こっちにも来ましたよ。氷の唯くん」
そして、緑はしれっととんでもないことを言った。唯は思わず立ち上がり、緑の方を向く。
「はあ? いつ? 今さっき? なんで?」
質問を浴びせるも、緑は小首を傾げる。
「用事があるって言ってました。プラトーの情報をくれって。食べてましたよ」
緑にしては珍しく、どこか不明瞭な答え方だった。しかし、その様子はどこか悪戯っぽい雰囲気に見える。唯は緑を見据える。
「なんか……ぼやっとしたことを言われている気がする」
「分かりますか? 分かったら落ち着いて、一旦座って深呼吸して下さい」
子どもをあやすように窘められた。腑に落ちない気分は抱えつつも、唯は言われた通り座ってから深呼吸を行う。
「渡したの? 情報」
リンが質問する。はいと緑は答え、映像を流す。そこには、白いカードを口に放り込む男の姿が、氷怨の唯が映っていた。
「全データを丸ごとコピーしたものを、ぱくりと食べました。噛み砕いて取り込んで、必要な情報を得たんでしょうね」
「噛み砕いてって……そんなこと出来るかよ」
唯はそう苦言を呈す。どうしても、この男に対しては否定的な言葉が出てきてしまう。
「原理は知らないって本人も言ってましたよ」
なんだそれはと唯は顔をしかめる。
「会話が出来たんだな」
「ね」
エイトとゼロは、緑と光を見ながらそう言う。確かに、自分達の時は取り付く島もないといった具合だった。
「分かったこともあります。多分、彼は一人です」
「一人でレリクスを運用するのは現実的じゃない」
緑の言葉に、唯は反論する。リンがいなければ、レリクスを使うことは出来ない。
そんな唯に、光がでもと口を開く。
「あの感じは一人だよ。実際に質問したけど、否定しなかった。ほんとは否定して欲しかったけど」
寂しげに光は言う。この論理を否定することは、光を無下にしているようで収まりが悪い。唯は意識的に怒りのボルテージを下げ、緑を見る。
「それで。どんな感じの奴だった?」
緑は少し考えてから、唯を指差す。
「あのさあ……」
唯の苦々しい表情を堪能したのか、緑はくすりと笑う。
「ごめんなさい、でもそんな感じです。あんまりにも……唯くんでしたよ」
悲しいぐらいに、と緑は付け足す。
「ねえ。一つ聞きたいんだけど」
すると、今まで傍観していたゼロが言葉を続ける。
「あんたはどう思うの? リン」
話を振られ、リンは珍しく押し黙る。沈黙が染み渡っていく中、リンはようやく重い口を開いた。
「私は。まだ、どうしたらいいか分からない」
唯からすれば、受け入れ難い答えだ。唯は何かを言い掛けるが、エイトが首を横に振る。
「向こうの唯の言い分というか、やってることはそう間違ってないって。あんたはそう考えてる感じ?」
リンは目を細め、ゼロを睨む。
「だから、分かんないって言ってる!」
珍しく、本当に珍しく。リンは感情的に怒鳴った。誰もが静まりかえる中、なるほどとゼロは呟く。
「これは重傷だね。一番冷静でリアリストなあんたが、あれは片羽唯だって信じてる」
なによ、とリンは食ってかかる。
「違うって言いたいの?」
「ううん。あれは多分、どうしようもなく、ムカつくぐらい唯だと思うよ。意味分かんないけどね」
リンとは反対に、ゼロは終始冷静だ。いつもとは真逆の反応に、誰もが二人の動向を窺う。
「私だってそう感じた。だから!」
「だから重傷なんだよ。いつものあんたなら、百パーセントあれが片羽唯でも。そんな状況はあり得ないってあーだこーだ言ってる」
リンは黙り、ゼロは言葉を続ける。
「それがないって事は、あんたは今ぶれぶれのふらっふらで、クソの役にも立たない図体通りのチビになっちゃったってこと」
ゼロはひょいと立ち上がり、エイトの靴を小突く。
「見てらんないよ。あれが」
ゼロの目が細められる。その目はリンではなく、唯の方を向いている。いや、正確には自分ではない。
ゼロは今、氷怨の唯を思い描いている。
「あの末路が、あんたの所為とでも思ってる?」
そう言うと、ゼロは出口に向かって歩き出す。その後ろに、エイトもついて行く。
「ゼロ、どこに」
唯がその背に問いかける。
「散歩。あんたはイラついてるし、あんたの相方は腑抜けてるし。緑と光は……まあ特にはないけど」
「ないんですね」
「ないんだ」
緑と光が安心したように言う。
「一応、あたしとエイトの考えは言っとくよ。唯」
振り返ったゼロが、今度こそ唯に視線を向ける。
「あたし達は、ここにいるあんたの道を尊重する」
「障害があれば槍で切り拓こう。だが、道を示すのは君だ」
そう言うと、二人は出て行ってしまった。
「……俺の道は」
答えは決まっている。決意もしている。だが、どうにも収まりが悪い。
リンは溜息を吐き、唯を見る。
「……少し頭を冷やしてくる。貴方も休んだ方がいいわ」
そう言うと鞄を探り、拳銃と着替えを持ってさっさと出て行ってしまった。シャワーでも浴びに行ったのだろう。有無を言わさぬ口調と態度に、声を掛ける暇さえない。
唯は緑と光に視線を向ける。
「私達も、基本的にはエイトさんやゼロさんと同じ意見です」
「丸投げしてるみたいになっちゃうけど。それでも、唯兄の選択を応援したいんだ」
分かっていると唯は頷く。お前が決めろと吐き捨てられた訳ではない。お前の決めた道なら歩けると、みんなは言っているのだ。
「でも、そうですね」
控えめな声で緑は続ける。
「ここにいる唯くんも、あの唯くんも。二人とも納得出来るような選択だったら。それが良いなって思いますね」
難しいことを言う。それでも唯は頷きながら、ソファに身体を預ける。
認められない境界線と、認めなくてはならない領域を。
もう一度考え直す為、唯は目を閉じた。




