表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランクアームズ -BloodRhizome-  作者: 秋久 麻衣
-歪む時空、氷と血-
1/12

氷怨の鎧


 何もかもが凍てついた世界を、一騎のレリクスが歩いていく。人智を超えた鎧を……レリクスを身に纏い、戦い続けた男の足取りは重い。

 そのレリクスは、凍り付いた世界の中で唯一動いている。それどころか、その鎧は濡れていた。絶えず滲み出る血液がレリクスの外装を赤黒く染めている。水であろうと血であろうと、濡れていれば凍り付くのは必至、にも関わらずそのレリクスは歩き続け、血の足跡を氷の床に残していく。

 それもその筈……この冬をもたらしたのは、他でもないこのレリクスだからだ。

 凍てついた世界を、もたらされた冬によって陥落したプラトーの施設を進み続けた赤黒いレリクスは、凍結した通用路を歩き、冷え固まった扉を右の拳で粉砕する。

 その研究室には、一人のドクターがいた。

 秘密組織、或いは研究機関であるプラトー。そこに属し、合法非合法問わず研究を繰り返すドクター。

 その善悪や恩恵など、語るべき点は大いにあるだろうが、血濡れたレリクスにとってはどれも意味を成さない。

 彼の思考はシンプルだった。

「探したぞ。ここにいたか」

 血濡れたレリクスが言葉を発する。酷く疲れ、掠れ、機械の軋む音とノイズが混じっているそれは。そんな有様へと至っても尚、強い意志を感じさせる声色だった。

 血濡れたレリクスに言葉を掛けられた側の人間は……下半身が凍り付き、苦痛に悶えているドクターは、小さく首を横に振る。やれやれ、と呆れている様子だ。

「……私は、我々プラトーを構成する部品の一つでしかない。些か過剰、拘り過ぎているように見えるが」

 苦痛と死が迫っていても、そのドクターはいつもの調子で言葉を吐く。

「本当に危ない奴はこの手で確実に殺す。そう決めている」

 対して、血濡れたレリクスは簡潔に、事実だけを返す。そして、対話する気など端からなかったのだろう。凍り付いた部屋に踏み入り、右腕の、否右義手の拳を握り締める。

「そうか。プラトーを殲滅する、その言葉に偽りはないようだ」

 ドクターの言葉に何かを返すことはなく、血濡れたレリクスは真っ直ぐに歩き、ドクターの目前まで近付く。

 拳を軽く引き、後はそれを解き放つだけ。その数瞬前に、ドクターは珍しく笑みを浮かべた。

「だが甘い。ドクターという生き物は」

 血濡れたレリクスが拳を放ち、ドクターの胴体を撃ち抜く。新鮮な赤色は飛び散る前に凍り付き、瞬く間にドクターを凍結させていく。

「最期まで……研究に、勤しむ、ものだ」

 完全に凍り付いたドクターを、右義手を振って粉砕した。胴を、主要臓器を直接破壊し、身体を粉々にする。過剰、拘り、その通りかも知れないが、殺し損ねるよりは良い……そう血濡れたレリクスは考えていた。

 赤い氷雪を眺めながら、目的は果たしたと血濡れたレリクスは溜息を吐く。そうして踵を返そうとした瞬間、足が動かないことに気付いた。

 自身の足を見下ろす。凍ってはいない。言うなればそれは。

「空間の……底なし沼か?」

 両足はずぶずぶと沈んでいく。氷や床を無視し、ここではないどこかへと。脱出しようにも身体は動かずならばと抵抗は止め思案を始める。

「フェイスも似たような技を使った。空間に直接固定する妙な技。あれとは少し違う」

 なるほど、と血濡れたレリクスは頷く。

「これがお前の研究か。空間や次元、そういったあれやこれ」

 そうこうしている内に、血濡れたレリクスは少しずつ、だが確実に呑み込まれていく。

「難しいことは分からないが」

 血濡れたレリクスは全身に力を込める。

「俺は……ただ喰らうだけだ」

 そう呟き、血濡れたレリクスは集約した力を用い、自ら空間の渦に飛び込む。

 呑み込まれるのではなく、全てを喰らう為に。







 血濡れたレリクスが辿り着いたのは、何もない空間だった。次元と次元の狭間、世界と世界の余白……人が、生命が存在出来る場所ではない。

 まともな人間であれば数分と保たず自我が溶け、消えていくだけだろう。

 だが幸いにも、或いは不幸にも。血濡れたレリクスはまともではなかった。数秒か数分か、或いは数年数千年か。

 彼は何もない空間を喰らい、それを咀嚼し、ただ一つ残った目的を(かなめ)とし、自らを楔に見立て世界に打ち込む。

 血濡れたレリクスは顔を上げ、周囲を見渡す。何もない空間ではない。月明かりに照らされて木々が生い茂り、遠方には街の明かりが見える。

 肌感覚で分かる。この世界は、自分がいたあの世界ではない。それもその筈、あの世界での目的は既に果たしているからだ。

「多少足止めを食ったが」

 数年数千年、或いはそれ以上の歳月をそう切り捨てながら、血濡れたレリクスは右義手の拳を握り締める。

「プラトーを殲滅する。ここでも、どの世界でも」

 ただ一つ残った目的を口にしながら、血濡れたレリクスは夜の闇に消える。

 彼が目的を達するまでに、三日と掛からなかった。そして、目的の消えた世界は(かなめ)を失う。

 彼は再び次元に呑まれ、その度に(かなめ)を用いて楔を打ち込む。

 数回数千回、或いはそれ以上の世界を。

 血濡れたレリクスは歩み続けた。






ブランクアームズ ーBloodRhizomeー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ