第五章 ~ 新しい仲間と最初の遠征依頼 ~
朝の祓い屋衆の屋敷には、どこか緊張した空気が漂っていた。
トウマは、昨夜の疲労を引きずりながらも門をくぐる。
「ふぁぁー……眠っ」
昨日の井戸の一件で、正式に祓い屋として登録され、宗真からの呼び出しを受けたのだ。
「何だよ、こんな朝っぱらから……」
中庭に行くと、すでに二人の見知らぬ人物が立っていた。
一人は、黒髪を後ろで結び、鋭い目つきの男。
腰には妖しい光を放つカタナ。
どこか死人のように表情が薄く、ひとり無言で座っている。
もう一人は、短い茶髪でつり目の少女。
腕を組み、不機嫌そうに空を睨んでいる。
「え、誰?」
トウマが首をかしげると、奥から宗真が現れる。
「よし、全員揃ったな」
「全員……?」
「紹介するぞ。こいつが藤原シン。祓い屋衆の中でも、腕は確かだ」
「……ふーん」
シンは目を細め、淡々とした声で言う。
「新人か。まぁ、すぐ死ぬタイプに見えるな」
「はぁ!?なんだとコラ!」
怒鳴りかけると、宗真が手で制す。
「次にこっちが早川ナナ。頭は切れるが、短気だ。気をつけろ」
「余計なお世話だっつの」
ナナはイラついた顔のままトウマを睨む。
「なんだお前、ほんとに祓い屋?その顔で?」
「う、うるせぇ!」
「ふふっ、まぁ死ななきゃいいけど」
完全にナメられている。
「よし、お前ら今日から一組だ」
「えっ!?一緒に!?」
三人同時に声を上げる。
「そうだ。この町から西の楠村って村で、奇妙な現象が起きてるらしい。
お前ら三人で調査しろ。正式な遠征依頼だ」
宗真は地図を広げ、場所を指し示す。
「今夜出発しろ。二泊三日の予定だ」
「よっしゃー!」
トウマは飛び上がって喜ぶが、ナナは面倒そうにため息。
「ったく、なんでこんな奴と組まなきゃ」
シンは相変わらず無表情でカタナを撫でている。
「ま、騒がしい奴もいれば、夜の間は賑やかだろ」
静かに呟く。
「さて、支度しとけ。装備と食料は屋敷で用意する。
今回の依頼は、現地で正体不明の気配ありだ。気を抜くな」
宗真の言葉に、三人は各自の準備に散った。
トウマは屋敷の裏手にある倉庫へ行き、旅道具を受け取っていた。
護符や薬草、乾燥した握り飯数個と水筒。
「ふふん、これだけあれば余裕だな」
だが、その背後から冷たい声。
「そんなもんで妖怪倒せんのか?」
振り返ればシン。
カタナを肩にかけ、薄く笑っている。
「な、なんだよ!俺だって昨日ちゃんと祓ったし!」
「へぇ、井戸の女か。どうせビビりながらだったろ」
「うぐ……」
図星だった。
「お前、叫び声で妖怪が逃げるんじゃね?」
「るせぇよ!」
シンはそれを聞いてフッと鼻で笑った。
そこへ、荷物を抱えたナナが現れる。
「ったく、まだ荷造りも終わってないのか、バカども」
「うっせーな、お前こそ荷物多すぎだろ!」
ナナの背中には、食料袋と巻物が詰まった袋が二つ。
「頭使う分、準備も万全にすんのが普通」
「ふん、頭より腕だ」
シンがぼそり。
「ほらほら、ケンカすんなって!」
トウマが慌ててなだめるが、二人の視線は冷たい。
「……ってことで!そろそろ行くか!」
「はいはい」
ナナが肩をすくめ、三人は宗真に挨拶し、屋敷を後にした。
町の門を出た瞬間から、トウマの声が響き渡る。
「おおお!これが俺たちの初遠征かー!うひょー!」
「うるせぇ」
「バカか」
シンとナナが同時に突っ込む。
道中、トウマは無駄にテンションが高く、鳥を追いかけたり、草花をむしったり。
「ったく、こいつホントに祓い屋か?」
ナナはため息をつき、シンは面倒そうに耳を掻いた。
「ま、雑用くらいにはなるかもな」
「誰が雑用だ!」
怒るトウマだが、二人は完全無視。
そうこうしているうちに、太陽は傾き、森の奥に楠村の灯りが見え始める。
「お、見えた見えた!」
「なぁ……ここ、雰囲気ヤバくね?」
確かに、村の周囲には妙な霧が漂い、静まり返っていた。
遠くでカラスの鳴き声が響く。
「……気配、濃いな」
シンが目を細め、ナナも護符を握りしめる。
「いいか、油断すんなよ。マジで」
「お、おう!」
トウマも緊張の面持ちで、三人は村の中へと足を踏み入れた。
村の入り口に立つと、三人はしばし足を止めた。
薄い霧が足元を這い、家々の灯りもどこか陰鬱。
「……気味悪ぃな」
シンがぼそりと呟き、カタナの柄を軽く撫でる。
「なんか空気重いし……」
トウマも辺りをキョロキョロ。
「変な音、聞こえない?」
ナナが耳を澄ませると、微かに「カタ…カタ…」と板のきしむ音が森の奥から響いてくる。
「とりあえず宿取ろうぜ。腹減った」
いきなり空気を読まないトウマに、ナナが即ツッコミ。
「バカか!まずは村の状況確認が先だろ!」
「飯は命の源だぞ」
「源でも先にやることがある!」
言い争う二人をシンが静かに遮る。
「……来たぞ」
「え?」
気配に気づいた瞬間、霧の中からぼんやり人影が現れた。
ヨロヨロとこちらへ歩いてくる中年の男。
「ひ、人か……」
ナナがほっと息をつくも、その顔色の悪さに眉をひそめる。
近づくと、男は虚ろな目で三人を見上げた。
「……おぉ……助けてくれ……」
「な、何があったんだ?」
トウマが駆け寄ると、男は震える指で村の奥を指した。
「化け物が……村の子供たちが……あの祠の森へ……」
「祠の森?」
「う、うぅ……」
男はそのまま気を失い、地面に倒れた。
「おい!」
「……マズいな」
シンは目を細め、ナナも険しい顔に。
「子供が行方不明って、洒落になんないわよ」
「よし、すぐ行こう!」
「……ま、行くしかねぇか」
シンがふっと笑い、カタナの柄に手をかける。
「トウマ、ビビんなよ」
「へ、へへ!俺だってやる時はやるんだ!」
「さっき飯って騒いでたくせに」
「うっ……今はそれどころじゃねぇ!」
ナナに茶化され、顔を赤くするトウマ。
「……面白ぇ。行こうぜ」
三人は霧の中、村の奥へと歩き出した。
三人は祠の森へと足を踏み入れた。
昼間とは打って変わって、夜の森は異様な静けさに包まれていた。
虫の声もなく、ただ風に揺れる竹の葉の音だけが響く。
「なぁ……なんかめっちゃ怖くね?」
トウマが小声で呟く。
「今さら何言ってんのよ」
ナナが呆れた声で返し、シンは無言のまま前を歩く。
しばらく進むと、森の奥からかすかな声が聞こえた。
「……う……うう……」
「おい、今の……!」
トウマが顔を上げた瞬間、茂みの奥から何かが飛び出してきた。
ぬるりとした灰色の体に、大きな口と不気味な目玉。
「ぎゃああああああああっ!!」
トウマは思わず尻もちをつく。
「妖怪だな」
シンが静かに呟き、すっとカタナを抜いた。
刃が月明かりに鈍く光る。
「早っ!」
「下がってろ」
シンが静かに踏み込み、すれ違いざまに一閃。
妖怪の腕がもげ、バチバチと黒い瘴気を上げる。
「まだだよ!」
ナナが護符を構え、妖怪の額へ投げつける。
「破!」
護符が妖怪に張り付き、動きが鈍る。
「今だ、トウマ!」
「う、うおおおおおお!!」
ビビりながらもトウマが護符を二枚まとめて突き出す。
光が走り、妖怪はバチバチと音を立てて消滅した。
「……はぁ、はぁ……や、やったか?」
「ふっ、さっきよりマシだな」
シンが肩をすくめ、カタナを納める。
「ビビりながらでも動けたのは偉いわよ」
ナナも苦笑する。
「だ、だろ?俺だってやる時はやるんだって!」
「でもなー……叫び声だけはなんとかしろ」
「そこ!?今のとこ褒めろよ!」
再び三人の軽口が飛び交う中、森の奥から再び呻き声。
「まだいるな」
シンがカタナの柄に手をかけ、ナナも護符を構える。
「まとめて片付けるわよ」
トウマはゴクリと唾を飲み込みながら、二人の背中を追った。
霧の奥、いよいよ本命が待ち受けている気配。
森の奥、ぼんやりと光る祠が現れた。
その周囲に倒れた小さな草履や手毬。
「子供たちの……」
ナナが顔をしかめる。
「気配……いるな」
シンが低く呟いたその瞬間、祠の影から巨大な影が現れた。
それは、体は人の数倍、顔は溶けたように歪み、腕が三本、口は耳まで裂けている。
両肩には子供たちの魂が鎖のように巻きつけられていた。
「……これが元凶か」
ナナが護符を手にし、構える。
「わ、わわわわ、デケぇ!!」
腰が引けるトウマ。
『ヒィィィ……ククク……』
化け物は瘴気を撒き散らしながら、こちらへと腕を振り下ろした。
「避けろ!」
シンが跳び、トウマは転がって回避。
「よし、ナナ!挟むぞ!」
「言われなくても!」
シンが横から一閃。
だが、化け物の分厚い皮膚に弾かれる。
「チッ、硬いな」
「ならこれでどう!」
ナナが連続で護符を投げ、瘴気を拘束する。
「今だトウマ!」
「ええええええっ!?俺!?」
「行け!バカ!」
叫ばれ、トウマは半泣きになりながら駆け出す。
(くそっ、俺だって……俺だって……!)
とっさに、昨日宗真からもらった古びた護符を取り出し、全力で化け物の顔面に叩きつけた。
「消えちまええええええ!!」
護符が眩い光を放ち、化け物の体が爆ぜるように崩れ、鎖ごと子供の魂も解放される。
『ヒィィィィィ……』
断末魔の声とともに、化け物は霧とともに消えた。
「……勝ったか」
シンがカタナを納め、ナナも息をつく。
「やった……やったー!」
トウマはその場で崩れ落ちるように座り込んだ。
「ま、少しはやるじゃん」
「ふふ……まあまあ」
二人は微かに笑みを浮かべ、ようやく三人の距離が少しだけ縮まったようだった。
朝焼けが森を染める頃、三人はようやく村へ戻ってきた。
途中、解放された子供たちを背負い、気絶したままの子供を一人ずつ抱えて。
「なんとか……終わったな」
シンが口元だけで微笑む。
「しっかしマジで疲れた……」
トウマはボロボロの顔で肩を落とす。
村に戻ると、待っていた村人たちが歓声を上げた。
「戻ったぞー!」
「うちの子が!」
「あんたら、命の恩人だ!」
村の老人が涙ぐみながら、三人の手を握った。
「本当に……ありがとう!」
「ふっ、当然だ」
シンが静かに答え、ナナは照れ隠しにそっぽを向く。
「ま、子供泣かせる趣味ないし」
「へへっ、これが未来の世界一の祓い屋の実力ってな!」
トウマのセリフにシンとナナは無言で頭をはたく。
「いってぇ!」
その夜、三人は村の小さな宿に泊まり、珍しく同じ部屋で飯を囲む。
「ま、たまにはこういうのも悪くねぇな」
シンは冷酒をちびちびやり、ナナはおにぎりをかじる。
「それにしても、あんたマジでバカね」
ナナが呆れ顔で言う。
「いきなり飛び込んで行くなんてさ」
「ははっ、だって逃げたら負けじゃん」
トウマはにかにか笑う。
「……バカだ」
「バカだな」
二人同時に呟き、思わず顔を見合わせ、ふっと笑った。
ほんの少し、距離が縮まった夜だった。