第三章 ~ 町の喧騒と初めての依頼 ~
朝日が町の門を照らし、門番が欠伸をしながらその扉を開けた。
その隙間から、埃まみれでヨレヨレの少年が飛び込んでくる。
「うおおおお!ついに町だーー!」
叫ぶのはもちろんトウマ。
昨日の騒動と逃亡劇、森での怪物との遭遇、狐面の女レンゲとの奇妙な出会いを経て、ようやく辿り着いた町の入り口。
「これが……城下町……すげぇ……」
トウマは口を開けたまま、町の様子を見渡した。
村の小さな集落とは比べものにならない。
行き交う人々、威勢のいい呼び声、露店に並ぶ色とりどりの品物、香ばしい食べ物の匂い。
「やっべ……これ、迷うパターンだな」
人波に押されながらも、トウマは歩を進める。
腹は減ってるし、宿も知らない。
何より金がない。
「どっか、タダで寝かせてくれるとこねーかなぁ……」
そう呟いていると、背後から誰かが肩を叩いた。
「おい、兄ちゃん」
「ひゃっ!?」
驚いて振り向くと、見るからにガラの悪い男。
肩幅が広く、顎には無精髭、目つきも悪い。
「さっきから人の店先でゴチャゴチャしてんじゃねーよ。邪魔だ」
「あ、す、すんません……」
ビビるトウマ。だが、男はさらにぐいっと顔を寄せてきた。
「どこの村のもんだ?」
「え、えーと、黄泉村……」
「ふん、聞いたことねぇな。ま、いい。カモが来たってわけだ」
男はニヤリと笑い、懐から小刀をちらつかせる。
「町に来たら、まず挨拶代ってのがあんだよ。分かるか?」
「な、なにそれ……」
「金だよ、金!持ってねぇってんなら、荷物置いてけ」
「いや、それは……」
困り果てたトウマ。その様子を、近くで見ていた中年の男が割って入った。
「おいおい、若いの。旅人からカツアゲなんざ、感心しねぇな」
「あ?なんだてめぇ……」
「こっちのガキは俺の店の客だ。手ぇ出すな」
「……ちっ、覚えてろよ」
男は舌打ちしながら立ち去る。
助けてくれたのは、小さな薬屋の店主だった。
丸い眼鏡に禿げた頭。優しげな顔つき。
「助かったぁぁぁ!おっちゃんマジ神様!」
「ははは、まぁ町じゃよくあることだ。初めて来たなら気をつけな」
店の前にトウマを座らせ、水を渡してくれる。
「旅の祓い屋か?」
「へへっ、未来の世界一だぜ!」
豪語するトウマに、店主は苦笑した。
「元気がいいのはいいが、町の掟も覚えな」
「町の掟?」
「ああ。今な、この町じゃ最近妙な噂が立っててな」
店主は周囲を見回し、小声で続けた。
「夜になると、町外れの倉庫街で妖怪が出るって話だ」
「妖怪!?」
目を輝かせるトウマ。
「マジで!?それ祓ったら俺の名も上がるってやつじゃん!」
「おいおい、相手は本物だぞ。素人が手ぇ出すと死ぬ」
「ふっふっふ……だが俺はただの素人じゃねぇ。未来の世界一だ」
満面の笑みで胸を叩く。
「……ま、止めても無駄か」
店主は呆れたが、奥から古い護符を数枚持ってきた。
「これくらいは持ってけ。代金は……無事に帰ってきたらでいい」
「おっちゃん!惚れるわ!」
夕暮れが近づき、町外れの倉庫街へとトウマは足を踏み入れる。
薄暗い通り。誰もいない。
風が吹き抜け、錆びた扉がギィと軋む。
「ふぅー、ちょっと怖いな」
手にした護符も、どう使えばいいのかわからない。
「ま、適当でいっか」
その時――
背後から不意に気配が。
「うわっ!?」
振り向くと、そこに立っていたのは、人の形をした濡れた影。
顔はない。ぬるりとした水音を立て、ゆっくりと近づいてくる。
「ひ、ひいぃぃ!」
護符を投げつけるが、風に舞って自分の顔に戻ってくる。
「いてっ!」
もう逃げるしかない。必死に駆け出し、倉庫の裏手へ。
影は執拗に追いかけてくる。
「なんだよこいつー!マジでヤベぇ!!」
次の瞬間――
「おい、こっちだ!」
声が響く。倉庫の屋根の上から、棒手裏剣を投げつけ、影を怯ませる人物が現れた。
それは、町の情報屋コタロウだった。
「バカ、そんなとこウロウロすんなって言ったろ!」
コタロウは軽やかに降り立ち、トウマの腕を引っ張る。
「な、なに?誰?」
「後だ!とりあえず逃げるぞ!」
二人は影から逃げ、町の灯りの下へと走り出す。
続く…
二人は路地裏を駆け抜け、人の多い通りへと飛び出した。
トウマは息を切らしながらも、ようやく影の気配が遠のいたことに気づく。
「はぁっ、はぁっ……助かったぁぁ……」
背中からずるずると腰を下ろす。
「マジで、死ぬかと思った……」
コタロウは竹の棒を肩に担ぎ、呆れたようにトウマを見下ろした。
「お前な、あんなとこ、一人で行くとか頭どうかしてんだろ」
「だ、だって妖怪退治すれば、俺も有名になれるかと……」
「無名の見習い祓い屋が一人で突っ込んで、死体になっても誰も名なんか覚えちゃくれねぇよ」
トウマは黙り込み、顔をしかめる。
「だが、まあ……命拾いしたのは運がよかったな」
コタロウはトウマの肩を軽く叩き、水の入った竹筒を差し出した。
「飲め」
「あ、ありがと……」
勢いよく水を流し込み、ようやく息を整える。
「んで、お前……名前は?」
「黄泉神トウマ!未来の世界一祓い屋だ!」
自信満々に名乗ると、コタロウは吹き出した。
「お前、面白ぇな」
「うるせぇ!」
「まぁいいや。町に泊まるとこは?」
「……ない」
「あー、だろうな。じゃあ、今夜うちに来い。狭いけど、寝床くらいはある」
「マジで!?いいのか!」
「見捨てたら、また夜中にあの影の餌だ」
「……絶対行きます!」
トウマは即答した。
コタロウの案内で、町の奥にある小さな古道具屋に辿り着く。
看板も剥げかけているが、中には古びた武具や巻物、よくわからない壺や仏像が並んでいた。
「ここ、お前んち?」
「ああ、オヤジが昔からやってる古道具屋。今は俺が管理してる」
店の奥に小さな部屋があり、敷布団が一枚と、埃っぽい棚が並ぶ。
「ここ使え」
「助かるぅぅ!」
トウマは飛び込むように布団に潜り込んだ。
「ふぅ……極楽……」
「だが、その前に」
コタロウは真剣な顔になり、床に座る。
「お前、本気で祓い屋になるつもりか?」
「もちろん!」
「なら、まず町の祓い屋衆に顔出せ。いきなり勝手に祓い事やって、迷惑かけたら干されるぞ」
「そ、そんなルールが……」
「当然だ」
コタロウは巻物を取り出し、町の祓い屋衆の名前と簡単な場所を教えてくれる。
「こいつが頭領の岩崎宗真。腕も評判も確かだ」
「おお、すげー!」
「朝になったら、挨拶しに行け」
「わかった!」
「ただし、絶対無茶すんな。今日みたいなバカは二度とするなよ」
「へ、へへ……」
その夜、トウマは布団に潜り込み、死んだように眠りについた。
翌朝。町の朝は早い。
露店の準備、物売りの呼び声、炊事の匂いが漂い始める。
「ふぁぁぁぁ……」
寝起きのトウマは、コタロウの差し出した粥をすすりながら外を眺める。
「昨日の影、あれ何だったんだろ」
「ああ、あれはこの辺じゃナミカゲって呼ばれてる奴だ」
「ナミカゲ?」
「水辺に棲む妖怪で、人の気配に寄ってきて、気配が弱い奴を取り込んで姿を真似る」
「うへぇ……マジ怖っ」
「だから夜の倉庫街なんかうろつくバカいねぇんだよ」
「……ですよね」
反省するトウマ。
「ま、でもお前、気が強いのは悪くねぇ。ちゃんと修行して、腕磨けよ」
「任せろ!俺、絶対祓い屋のてっぺん取るから!」
満面の笑みを浮かべるトウマに、コタロウは笑いながら茶をすすった。
そのあと、二人は町の祓い屋衆の元へ向かい、トウマは正式に町の祓い屋登録を申請。
頭領の岩崎宗真から軽く試験を受けることに。
それが、また一騒動の始まりになることは、このとき誰も知らなかった――。