第1章:きらめきのかけら 3
谷の空気は、静かだった。
草の匂い、風の囁き、流れる雲――どれも変わらない、けれど。
「……ネオス、そっちに実がなってるよ」
ハネクリボーの声に、ネオスが顔を上げる。彼の瞳は柔らかく、どこか遠い記憶を見つめるように微笑んだ。
そんな二人の様子を見て、ルビーカーバンクルはほんの少しだけ、胸の奥が締め付けられるのを感じた。
(……レインボードラゴン……。みんな……)
心の中に、くすぶる不安がある。
あの異変の日――仲間たちは次々に闇に呑まれ、最後にレインボードラゴンまでもが姿を消した。
どうにか逃げ延びたルビーは、希望を求めてこの谷に来た。
ネオスがいる、この谷なら……と。
だけど。
「……あれが、ネオス……?」
谷で出会った彼は、確かに姿形は同じだった。けれど、あの日見た“ヒーロー”の輝きは、もうどこにもなかった。
記憶を失い、ただ静かに暮らす姿――それは、あまりに現実離れしていて、ルビーはまだ戸惑っていた。
「ネオス。今日、少し時間をもらえないかな」
ぽつりと声をかけると、ネオスは少しだけ目を細めた。
その表情に、なにかを思い出そうとするような、かすかな痛みがよぎった気がして――ルビーは思わず目をそらす。
「……行ってみようか」
ネオスの一言に、ハネクリボーが明るく羽ばたいた。
三つの影が谷を後にする。
――静けさは、終わりを告げようとしていた。
谷の風がわずかに揺れ、そこに混じるかすかな“闇の気配”を、ルビーは確かに感じていた。