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幕間 ― もうひとりの私へ

真っ白な空間だった。

色も音もない、無重力のような空間に、ユベルはただ浮かんでいた。


手を伸ばしても、何にも触れない。

声を出そうとしても、喉が焼けるように痛むだけ。

けれど――


『どうして、そんなに怯えているの?』


背後から声がした。

懐かしくて、けれど決して戻りたくない声だった。


『私たちは……一緒だったじゃない』


ユベルは振り向かない。

振り向けば、“何か”が決定的に壊れてしまう気がしたから。


だけど、耳を塞いでも、声はやまない。


『ねぇ、あなたが泣いたとき、誰がその涙を拭った?』

『あなたが憎んだとき、誰がその怒りを燃やした?』

『あなたが望んだすべてを……“私”が叶えてあげたじゃない』


「違う……違う……っ」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど弱かった。


足元が割れる。

底のない闇が広がっていく。


そこに、赤いマントをまとった青年が現れた。

アルベルだった。


「夢を見るには……ずいぶんと静かな空間だな」


ユベルは顔を上げる。

だが、その瞳に映るアルベルは、もはや“現実”の存在ではなかった。


「……ここは……?」


「君の中の世界。君が、忘れたくて、でも忘れられなかった“感情”が沈んでいる場所さ」


アルベルは微笑む。

その笑みは、悪意に満ちているわけではない。ただ、圧倒的に“諦め”を知っている者のそれだった。


「君は抗った。善いことだ。でも、忘れちゃいけない。いったん堕ちた者が、もう一度堕ちるのは――」


彼はユベルに顔を寄せ、囁いた。


「……簡単なことなんだよ」


ユベルの背中に、冷たい何かが這い上がる感覚。

感情が、輪郭を失っていく。


怒りも、悲しみも、愛しさも――すべてが溶けていく。


「助けて……」


その声は、もう誰にも届かない。


「……ネオス……助けて……わたしが……わたしで……なくなる……」


指先が、闇に呑まれていく。

白と黒の境界が崩れ、ユベルの輪郭は滲んでいった。

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