プロローグ:絆の谷、最初の幕 3
舞台上では、火を吹く獣と、それを追う道化が楽しげに踊っていた。
曲芸師が宙を跳び、観客席には笑い声が溢れる。
「わあ……本物の魔界劇団だ……」
「本当に、夢みたい……!」
観客席――というより、谷の広場の中央に自然とできた輪の中で、
精霊たちは目を輝かせて見入っていた。
老いた精霊も、小さな子供のような精霊も、皆等しく“観客”になっていた。
その様子を見ながら、ユベルは少しだけ視線を巡らせた。
「……ねぇ、ネオス」
「ん?」
「……ねぇ、あの子……さっきと同じ台詞、何度も言ってると思わない?」
ネオスは視線を追う。
ひとりの精霊が、前の演目に拍手したときと全く同じ言葉を、全く同じ調子で繰り返していた。
「“最高だった……あんな演技、見たことない……”」
――その台詞を、まるで脚本に従うように、笑顔のまま何度も。
「……気のせいか?」
「だったらいいんだけどね」
ユベルは笑っていた。
でもその声は、どこか張り詰めていた。
場面が切り替わり、舞台上では“悲劇の王女”の劇が始まっていた。
「君は誰? なぜ泣いているの?」
「私は……名前を忘れたの。でも、きっと誰かのために、泣かなくちゃいけないの……!」
セリフのひとつひとつが、美しく、劇的だった。
だが同時に――あまりにも完璧すぎた。
ネオスは、自分の胸の奥に小さな違和感の棘が刺さっているのを感じた。
笑っている周囲の精霊たちから、“心の声”が聞こえなかった。
それは、この谷ではありえないことだった。
そして――
「さぁ、観客の皆様にも、ひとつ役をお願いしたいのです」
舞台の中央に立つ道化師が、満面の笑みで両手を広げた。
「“この物語に魂を宿すため”に、皆様のお力を――ほんの少しだけ、お貸しください!」
観客席から、一斉に歓声と拍手が起きた。
けれど、ネオスは――その瞬間、ハッキリと感じた。
何かが“抜け落ちた”音がした。
それは、まるで……何かが自分たちの中から消えていくような――
「……ユベル、もうやめよう。何か、おかしい」
ネオスがそう言ったとき、
空気が、**“演劇では使わない音”**を立てて、裂けた。