憤怒のかけら 9
Scene:時計塔の街 ― 塔の影にて
瓦礫を越えたその先――朽ちた街並みの奥に、黒鉄の塔がそびえていた。
かつて時を刻んでいたはずのその塔は、今や沈黙を守る墓標のように静まり返っている。
「……ここが、時計塔……」
ルビーカーバンクルが呟くように言う。
ネオスの足が自然と止まる。
見上げた塔に、何か胸の奥を突き刺すような感覚があった。だが、それが何かは分からない。
「……いるよ。中に」
ハネクリボーがそっと言う。「目を覚ましてる。たぶん……もう、解放されてる」
ネオスは静かにうなずくと、錆びた扉を押し開いた。
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暗がりの中、奥に佇むひとつの影。
それは、鋼のように硬質な仮面をかぶった戦士――ドレッドガイだった。
「来たか……」
低く響く声に、空気が緊張を帯びる。
「……ドレッドガイ?」
ネオスが名を呼ぶが、その語感に確信はない。
「記憶がないか」
ドレッドガイは笑ったように見えたが、その声に笑みの温度はなかった。
「それでも、“光の意志”は、まだ貴様の中に残っているらしいな……」
「だが、俺はもうかつてのような“希望”を信じる者ではない」
ネオスは黙ってその姿を見つめていた。
「見たか? この街の有様を」
「歪んだのは誰だ? 闇か? 世界か? それとも――希望とやらか?」
ネオスは、少しだけ目を伏せる。
「……わからない。俺は、何も思い出せない。でも……それでも、“誰かを助けたい”って思う気持ちは、確かにある」
ドレッドガイの目がわずかに細められる。
「綺麗事を……だが、今の俺にはもう不要だ」
彼のマントが音もなく揺れた。
その奥に隠されたもの――それは、狂気にも似た“正義の執念”だった。
「この塔に、今は“もう一人”いる」
「名を、ブルーD。かつては同胞だったが……今の奴は、力に飲まれた獣だ」
「だから俺は、幽閉した。俺の手で、あの狂気を――閉じ込めた」
ネオスの目が揺れる。
「……それは、本当に“正しい”のか?」
「正しいかどうかなど、問題ではない」
「俺にとっては、それが“唯一の正義”だった。それだけの話だ」
一瞬の静寂が降りた。
「……だがネオス」
「貴様が、まだこの世界に“光”を遺しているというのなら――見せてみろ」
ドレッドガイが一歩、前へと出た。
それは挑発でも、敵意でもない。“見極め”としての行動。
ネオスは、小さく息を吸い込んだ。
「……わかった。なら、俺の“今”を見てくれ」
彼の中に宿る小さな光が、霧のような闇をゆっくりと押し返していく。




