憤怒のかけら 2
Scene:影の記憶 ― 回廊の底
音もない。
ただ、重たい闇だけが、どこまでも沈んでいる。
いつからここにいるのか、もうわからない。
あの声も、あの光も――もう、思い出せない。
「…………」
D-HERO ドレッドガイは、仰向けのまま天井を見つめていた。
だがそこに“空”などなかった。広がるのは、石の模様だけ。
視界を覆う鉄格子、軋む鎖、そして血のように冷たい空気。
“正義のヒーロー”と呼ばれたこともあった。
だが、正義が傾いた時――真っ先に囚われたのは、自分だった。
「……救うべき世界に……裏切られたか」
誰に向けたものでもないその声は、反響さえしなかった。
孤独と怒り――それだけが、彼の中で熟成されていった。
己を閉じ込めたのは“敵”ではなかった。
信じていた“味方”が、都合の悪い理想を持った自分をここに落としたのだ。
「怒りを持つ者が、正義であってはならない――か。
……だから俺は、消された」
目を閉じるたび、遠い記憶がよみがえる。
民を守るために立った戦い。仲間の叫び。散っていった“同志”。
けれど、その熱は冷たい鎖に打ち砕かれ、心の奥で“憎しみ”に形を変えていった。
「……だからこそ……俺は……」
その時、微かな音が聞こえた。
それは、“扉が開く”音だった。
長い時間の果てに、ようやく訪れた“終わり”。
――否、これは始まりだ。
「……この怒りは、忘れてはならない」
彼はゆっくりと立ち上がる。
足元には、今も“拘束”の名残が残っていた。
けれど、鎖はもはや彼を縛れない。
「正義を名乗る者が、正しさを失った時――
その偽善は、焼き尽くされなければならない」
冷たく、静かな怒りが、彼の中で燃え始めた。
そして今、同じように“怒り”に溺れた者を――
かつての自分と同じような目をした存在を、
今度は、自分の手で閉じ込める番だ。
その決意が、ドレッドガイの足を“あの祭壇”へと向かわせていた。




