第1章:きらめきのかけら 4
谷を出て、森へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
さっきまであれほど穏やかだった風は止まり、空には不気味な雲が広がりつつあった。木々のざわめきも、どこか遠くで聞こえる唸り声のように聞こえる。
「……なんか、嫌な感じがするよ」
ハネクリボーがぽつりと呟いた。
ネオスは無言のまま歩いている。けれど、その歩みはほんのわずかに慎重になっていた。
ルビーカーバンクルは、胸の奥に張り詰める緊張を感じながら、一歩一歩、地を踏みしめた。
――何かが、近くにいる。
「ここ……以前は、もっと明るかったはずなんだ。レインボードラゴンと一緒に通ったことがあるのに」
その瞬間。
ガシャリ。
乾いた金属音のような足音が、森の奥から響いた。
ネオスが立ち止まり、視線を向ける。
――そこには、かつての仲間の姿があった。
「……サファイア・ペガサス……」
けれど、その姿は異様だった。輝くはずの体は黒く染まり、瞳には微塵の光も宿っていない。
翼は裂け、宝石のようだった蹄は暗い霧をまとっている。
「応答は……ないよ」
ハネクリボーが呟いたその時、サファイア・ペガサスはゆっくりと前脚を持ち上げ、ルビーたちに向かって突進してきた。
「避けて!」
ネオスがルビーとハネクリボーを抱えて飛び退く。
「っ、ちがう……サファイア・ペガサス、やめて……!」
必死に叫ぶルビーの声は届かない。
その瞳は、もはや“仲間”を映してなどいなかった。
「……なら、少しだけでも止めてみせる!」
ネオスが構える。だが、その表情はどこか曖昧だった。戦い方も、力の引き出し方も……もう、忘れてしまっているのかもしれない。
ハネクリボーが前に出る。
「ネオス、僕が時間を稼ぐ! ルビー、君は……君だけは希望でいて!」
暗闇の中で、わずかに光を放つ小さな勇気――。
物語は、静かに、そして確かに動き始めていた。