プロローグ:絆の谷、最初の幕 1
風がやさしく吹いていた。
朝の空気は澄み渡り、空には浮遊する結晶樹が虹色の光を放っていた。
ここ「絆の谷」は、精霊界のどこよりも静かで、どこよりも平和だった。
ネオスは高台の岩に腰を下ろし、谷全体を見下ろしていた。
谷の中心では、精霊たちがそわそわと動き回っている。
誰もが落ち着きがなく、どこか浮き足立っていた。
「お待たせ、ネオスー!」
その声とともに、ネオスの肩に小さな羽がぽすんと乗る。
振り返れば、笑顔のユベルと、くるくる宙を舞うハネクリボーがいた。
「準備、もう始まってるわよ。早く行こう、ねっ?」
「……ずいぶん楽しそうだな、ユベル。君がこんなにはしゃぐなんて」
「ふふん、だって魔界劇団の巡回公演よ?
ずーっと観たかったの!絆の谷に来るなんて、奇跡みたいじゃない」
ユベルは本当にうれしそうに笑っていた。
その表情を見て、ネオスはなぜかほんの少しだけ――不安を覚えた。
けれどその気配を、ハネクリボーが「きゅう♪」と鳴いて吹き飛ばしてくれた。
「……まぁ、君がそこまで言うなら、見に行ってみるか」
「うん、絶対楽しいから!」
ハネクリボーが先導するようにぴょんぴょんと谷の道を跳ねていく。
ユベルはそれを追いながら、振り返ってネオスに手を振る。
その姿を見つめながら、ネオスはまた空を見上げた。
風の匂いが、いつもより少しだけ甘く感じた
けれどその甘さは、
まるで――何かが始まる直前の幕引きのようでもあった。