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9.意外な訪問者(オーディス)

 学園を卒業して一年が経った。オーディスの失恋の傷はいまだ癒えない。


「いつまで引きずってるんだ……」

「……」


 バルウィンが面倒くさそうに呟いた。

 オーディスは現在ひたすら仕事に没頭している。ちなみに社交界でヴァネッサとは顔を合わせることはなく……というか最後にオーディスを見たヴァネッサの冷たい目が忘れられず、またあの目を向けられたらと思うと辛くてわざと会わないように避けていた。


「オーディス……お前本当に情けない男だな。あれほど協力してやったのに告白もできないなんて。せめて粉々に砕けてもいいから気持ちぐらい伝えろよ。卒業してから一年も経ったのだから諦めたらどうだ?」

「ううっ。砕けるのは絶対に嫌だ! 引きずっている自覚もある。バルウィンには感謝しているが、これ以上はもう……何も言わないでくれ……」


 反論の余地なし。自分でも情けないと思っている。オーディスは力なくうな垂れた。

 ヴァネッサは家を継ぐことを誇りに思っている。きっとオーディスが求婚しても断るに決まっている。あの後もどうせ断られるのならと行動を起こさなかった。バルウィンは肩を竦めると聞こえるように大きな溜息を吐いた。(おい。嫌味っぽいぞ……)


「でもそろそろ婚約者を決めないとまずいだろう? あちこちから見合い話が来ているじゃないか」

 オーディスが学園を卒業すると、貴族たちからバンバン釣書が届き出した。今オーディスの机の上に山積みになっていて向こう側が見えないほどだ。こんなにわが国には未婚の年頃の貴族令嬢がいたのかと驚く。


「下は十歳から上は五十歳くらいの未亡人からも来ているからな」

「私に幼女(ロリコン)趣味はない! あと年齢の上限も設けてくれ。バルウィン、頼むから選別して持ってきてくれないか?」

「嫌だよ。どうせ選別したところで全部断るのだろう? 無駄骨になる。俺は余計な仕事はしない主義なんだ」

「…………」


 そろそろ両親からもせっつかれ始めた。両親は大恋愛で結婚をしているので、家同士の繋がりのための縁談をオーディスに押し付けたりしなかった。だが自分で相手を見つけられないのならと釣書を集め始めた。その噂を聞いた娘がいる家から我こそはと送られてくるのだ。最近では直接オーディスに会いに来る強者もいるが、その辺りはバルウィンが丁重に追い返してくれている。


(私はまだヴァネッサ様を忘れられない。別の女性との婚約など考えられない)


 そんなある日、ある女性がオーディスを訪ねて来た。


「面会希望? また自分を売り込みに来た令嬢じゃないのか?」


 来訪を告げるバルウィンにオーディスは渋面を作る。言外に追い返せと含ませた。オーディスの女性不信は現在進行形である。

 婚約の申し込みを断られた令嬢が予告なく直接押しかけて来ることがあるが、会ったからといって結果は変わらない。そもそも面会の申し込みもしないで失礼じゃないか。その行動で心証が悪化するとは考えないのだろうか。その程度の常識もない女性を公爵家が嫁に迎えるはずがない。基本的に緊急性がなく約束がない女性は門前払いをしている。

 今日は約束が入っていないのに、わざわざバルウィンが伝えてきた。


「断るか?」


 たいていバルウィンは独断で追い返してくれるのに珍しい。再度問われてオーディスは相手が誰なのか途端に興味が湧いた。


「どこのご令嬢だ?」

「バルテル伯爵家の――」

「ヴァネッサ様か?! それを早く言え!!」


 キラキラと期待を込めてバルウィンを見ると、可哀想な捨て犬を見る目でオーディスを見ていた。なぜだ?


「いいや。妹のアデラ様だ」

「アデラ様?」


 オーディスは落胆……いや困惑した。アデラが自分を訪ねてくる理由が分からない。いや、待て。もしかしてヴァネッサが窮地に立たされ助けを求めに来たとしたら? 例えば望まない縁談を勧められているとか。足の臭い男にストーカーされているとか。もしくはお金に困窮しているとか。ヴァネッサは遠慮をする。そんな姉を心配してアデラがオーディスを頼ってきた可能性がある。頼られたからにはオーディスは力になってみせよう! 未来の義妹(アデラ)の相談に乗り見事解決して尊敬されたい! オーディスは初恋を拗らせているうちに妄想も逞しくなっていた。先ほど面会の申し込みをしないで訪問する令嬢は非常識だと考えていたことは、アデラには適用しないことにした。

 いろいろ察したバルウィンの目には憐れみが滲んでいるが無視をした。


「すぐに会う!」

「まあ、いいけど」


 

 応接間に行くと綺麗な姿勢でアデラがちょこんと座っていた。その姿勢はヴァネッサを思い出させ、やはり姉妹なのだなと感じた。オーディスはアデラの向かいに座る。その後にバルウィンが立ったまま控えた。


「アデラ様。久しぶりだ。今日は一体何の用だろうか? もしかしてヴァネッサ様に何かあったのか?」


 オーディスはいつも心の中でヴァネッサの名前で呼んでいた。本当はずっと名前で呼びたかったが、彼女の了承を問うきっかけが掴めず呼べないままだった。今は無意識に出てしまった。

 興奮気味のオーディスに対し、アデラはお茶を飲んで「さすが公爵家の茶葉は違いますね。美味しいです」と感想を述べていて至って落ち着いている。アデラはティーカップをテーブルに置くとオーディスを見据えた。


「お久しぶりです。ウエーバー公爵子息様。その節はお世話になりありがとうございました。また本日は突然の訪問を受け入れて下さりありがとうございます。さて時間は有限、ということでさっそく用件を申し上げます。不躾は承知の上ですが、ウエーバー公爵子息様には恋人もしくは婚約者候補の女性はいらっしゃるのですか?」


 アデラの物怖じせず堂々としているところはさすがヴァネッサの妹だと感心したが、オーディスはアデラの質問の意図が分からず首を傾げた。アデラを見れば口元に笑みを浮かべているが目には感情が映っていない。オーディスが口を開きかけたところをバルウィンが遮ってアデラに質問をする。


「それは――」

「あんたがそれを聞いてどうする? もしかしてオーディスの婚約者には自分が相応しいとでも売り込みに来たのか?」


 バルウィンの声は冷ややかだ。

 オーディスにとってアデラはヴァネッサの妹という存在なので、彼女が自分の婚約者になりたがっている可能性をイチミリも考えなかった。だからバルウィンの発言に面食らった。

 それにしてもバルウィンの言い方はキツイ。この態度は招かざる令嬢を追い返すときと同じだ。でも今の相手はヴァネッサの妹アデラだ。もう少し慮った態度は取れないのかとオーディスは頭を抱えた。

 バルウィンはオーディス以上に上背がある。顔もちょっと厳めしい。良く言えば男らしい、悪く言えば怖いと評される。意図的に威圧されれば女性たちはみんな震え上がる。これではきっとアデラは泣いてしまうだろう。アデラは小柄でいかにもか弱そうな女性だ。可哀想じゃないか。彼女の真意を確かめるにしても穏やかに話をするべきだ。オーディスはバルウィンに態度を改めるように注意をしようとした。


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