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8.一目惚れ(オーディス)

 一週間後、オーディスは昼休みになると図書室に向かった。言い寄る令嬢たちはいとも容易くバルウィンが巻いてくれた。


(できるならもっと早く助けて欲しかった……)


 オーディスが図書室に入ると女性司書がいたので会釈だけをして奥へと進む。バルウィンから教えられた一番奥の棚の裏を覗くと、そこにはヴァネッサが座って本を読んでいた。あの日と同じ美しい姿勢で本に集中している。

 声をかければヴァネッサがきょとんとした表情でオーディスを見上げる。その無防備な顔が可愛くてオーディスの胸は高鳴った。体中の体温が上がり熱くなる。

ヴァネッサは固まったままオーディスを見ている。反応のなさにオーディスは不安になり首を傾げた。


「バルテル様。読書中に申し訳ないのだが、時間をもらえるだろうか?」

「なんでしょうか? ウエーバー様」


 もう一度声をかければヴァネッサはオーディスの家名を呼んだ。彼女はオーディスのことを知っている。その事実に喜びが湧き上がる。たったそれだけのことが嬉しいなんて不思議な気持ちだった。


(ああ、そうか。私は彼女のことが……)


 お礼を伝えればヴァネッサは遠慮する。その控えめな言葉に感動した。オーディスの周りにいるのは遠慮を知らない女性ばかりだった。重ねてお礼を伝え用意してあった飴を渡した。バルウィンが缶のデザインが女性に人気だと教えてくれて購入した物だ。ヴァネッサはそれを嬉しそうに受け取ってくれた。笑顔が可愛い……。こんな笑顔が見られるのならもっと良い物を用意すればよかった。


(私はヴァネッサ様が好きだ。これが一目惚れと言うやつか? もっと彼女のことを知りたい。できれば一緒に過ごしたい)


 オーディスは翌日から毎日昼休みに図書室へ通った。ヴァネッサと読書をして過ごす。オーディスに打ち解けて欲しくて、警戒されないように少しずつ話しかけた。その甲斐があってプライベートな話ができるようになった。

 ヴァネッサには浮ついたところがない。いずれ伯爵家を継ぐのだと今から勉強に勤しんでいる。学生時代は羽目を外そうとする人が多い中で、その真面目さは称賛ものだ。「私がしっかりしないと妹に恥をかかせてしまいますから」と家族思いでもある。オーディスはヴァネッサのことを知るほど惹かれ、愛しい想いが強くなっていく。


(私は、ヴァネッサ様に婚約を申し込みたい)


 それには問題があった。ヴァネッサはバルテル伯爵家を継がねばならない。そのためにどれだけ一生懸命学び取り組んでいるかを知っている。だがヴァネッサがオーディスの想いに応え婚約するとなると、ウエーバー公爵家に嫁いでもらわなければならない。オーディスには兄弟がいないので代わりに家を継げる人がいないのだ。当然ヴァネッサは伯爵家を継げなくなる。それはヴァネッサの誇りと今までの努力を奪うことになる気がした。

 ただヴァネッサには妹がいるので伯爵家の跡継ぎは何とかなる。でもそれはオーディスの勝手な考えだ。結局オーディスはヴァネッサに自分の想いを伝えることができなかった。

 卒業式の前日、ヴァネッサに話があるから卒業式が終わったら図書室に来て欲しいと言われオーディスは密かに浮かれ期待した。


(これは噂の卒業イベントの告白というものかもしれない!)


 卒業式を終えるとオーディスはすぐに図書室に向かいたかったのだが、ラストチャンスとばかりに女性たちから告白を受けた。それをすべて断ると急いで図書室に向かう。ヴァネッサはオーディスを見ると嬉しそうに微笑んだ。オーディスの期待は膨れ上がる。

 ヴァネッサはオーディスにプレゼントをくれた。それは丁寧な刺繍が施された布で作った栞だった。


「これは栞だね。刺繍はもしかして…………ノア?」

「はい。私の勝手なイメージで申し訳ないのですが、よかったら使って下さい」


 刺繍を指でなぞる。凛々しいドーベルマンの顔。オーディスはヴァネッサに子供の頃飼っていた愛犬の話をしたことがあった。ノアという名のドーベルマンでオーディスの一番の親友で家族。残念ながら老衰で亡くなってしまった。寿命なので仕方がないとはいえ悲しかったと。それを覚えていて刺繍してくれたのだ。オーディスは目を閉じ胸に去来する幸せを噛みしめた。

 以前、教室でその話をしたことがあった。その場にいたクラスの女性たちは公爵家なら血統書付きの犬がいくらでも飼えるのだから、次に飼う犬はもっと可愛い犬にした方がいいと笑いながら言っていた。オーディスは酷く傷ついたし、無神経な言葉に失望した。自分にとってノアは家族だ。家族を亡くした悲しみに思いを馳せてくれた人は今までいなかった。 


「ありがとう。私のノアだ。嬉しいよ。私はこれからもノアと一緒にいられるのだな」

「喜んでもらえてよかったです」


 照れたように頬を染め笑うヴァネッサが愛おしいと思った。オーディスは我に返ると己の迂闊さに頭を抱えた。自分はヴァネッサに何も用意していなかった。


「あ……。すまない。私は手ぶらで来てしまった」


 オーディスは手を額に当てうな垂れた。気の利かない自分が情けない。ヴァネッサに呼び出されたことに浮かれ過ぎた。彼女にプレゼントを贈る絶好のチャンスだったのに……。今までオーディスは最初のお礼の飴以外にヴァネッサに贈り物をしたことはない。


(ケチだと思っているかもしれないな)


 一応、それには理由がある。もしも渡したことを誰かに見つかれば、ヴァネッサが女性たちから嫌がらせを受けるかもしれないと思ったのだ。


「いいのです。これは三年間、私と仲良くして下さったお友だちへのお礼ですから」

「お友だち……。そうか、そうだね……」


 ヴァネッサの言葉に浮かれた気持ちが一瞬で吹き飛んだ。そして落胆し表情を曇らせる。オーディスは友人以上の関係を望んでいたがヴァネッサはそうではなかったのかもしれない。

 確かに二人の仲は友人でしかなかった。学園内では適切な距離で接してきた。そもそもオーディスは女性に言い寄られることが多く、自分から関係を深めようとしたことがなかったので、踏み込み方が分からない。

 このまま別れてしまったら、ヴァネッサとの関係が終わってしまう。焦ったオーディスはこの場でプロポーズをするべきかと考えた。そうすればヴァネッサがオーディスのことを恋愛対象として意識してくれるかもしれない。でも伯爵家の跡継ぎという立場がある以上、オーディスの気持ちには応えてくれないだろう。どうすれば……。


「その……バルテル様は家を継ぐのだよね? 妹のアデラ様はどうされるのかな?」


 オーディスにとってはアデラが伯爵家を継ぐ可能性はないのかという期待を込めての質問だった。

 オーディスはヴァネッサの妹アデラに以前一度だけ会ったことがある。二人は全然似ていなかった。ヴァネッサは凛とした淑やかさのある女性でアデラは天真爛漫で可愛らしい雰囲気だ。アデラと話をしたが彼女はヴァネッサをとても慕っていて、ヴァネッサの優秀さを称えると嬉しそうに破顔した。その姿は姉妹仲の良さが垣間見えて微笑ましかった。

 もしヴァネッサと結婚すればアデラはオーディスにとって義妹になる。彼女がバルテル伯爵家をヴァネッサの代わりに継いでくれるのならば、オーディスはいくらでも力になり支援するだろう。オーディスはそんな甘い想像をしたがヴァネッサは急に硬い表情になった。


「アデラの将来はまだ決まっていません。もちろん家は私が継ぎます。ウエーバー様は……アデラのことが気になりますか?」


 ヴァネッサはさっきまでの柔らかいお日様のような表情から一転、険しい表情になった。その瞳は冷ややかだ。オーディスは焦った。自分はなにか彼女の気に障ることを言ってしまったのか?


「……いや。何でもないんだ。変なことを聞いてすまない」


 オーディスは上手く取り繕えない。ヴァネッサはあっさりと別れを告げた。


「私、これで失礼しますね。お忙しいのに呼び出してしまってごめんなさい。ウエーバー様、お元気で」


「ああ……。バルテル様もお元気で。栞をありがとう。大切に使うよ」


 ヴァネッサはもう笑顔を見せることはなかった。足早に、一度もオーディスを振り返ることもなく図書室を出て行ってしまった。オーディスは引き留めることもできずに、ただ床を見つめた。

 

 オーディスの初恋は呆気なく散っていった。



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