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7.出会い(オーディス)

 ウエーバー公爵家の嫡男オーディスはその身分ゆえに、学園に入学するなり災難に見舞われていた。自分との婚約を望む令嬢たちに毎日付き纏われるようになったのだ。

 朝、登校すれば女子生徒に囲まれ、昼休みになれば女子生徒に食堂に誘われ、放課後になれば女子生徒に追いかけられる。決してこれはモテ自慢ではない。オーディスは長身でそれなりに体格はいいが、それでもギラギラとした下心満載の表情で女性に迫られれば恐ろしくて逃げたくなる。

 別パターンで「私、引っ込み思案な性格だけど勇気を出して声をかけました」と上目遣いで健気さをアピールしてきた女性がいた。オーディスは紳士らしく優しく丁重にお断りした。するとその女性は涙を浮かべ踵を返したが、教室を出るところで舌打ちをしたのを聞いてしまった。


(こわっ!)


 さらには愛人にして欲しいと言われたこともある。あり得ない。オーディスの両親は仲睦まじく、それを見て育ったオーディスの憧れは愛し愛される夫婦なのだ。そんなわけでオーディスはあっという間に女性不信になった。


「助けてくれ。もう、うんざりだ……」

「公爵家に生まれた宿命だと思って諦めろ。真面目に返事をしないで適当にあしらえよ」


 一応オーディスを慰めている(?)のは、親戚筋でブラント侯爵家の三男バルウィン。年齢は一緒でオーディスの側近候補として幼いころから共に過ごしている。本人は将来冒険者になりたいと言っていたが、父親に反対されオーディスの側近になるように強要されてここにいる。まあ、普通反対されるだろうな。バルウィンの両親は将来の見えない冒険者ではなく、安定した将来を手に入れて欲しかったのだろうと思う。それに家同士の付き合いもある。貴族の(しがらみ)は後継ぎでなくても免れることはできない。


「オーディスが嫌なやつだったら家出して冒険者になるつもりだったけど、いい奴だったから俺が面倒を見てやるよ」


 なぜか不遜な態度で上から目線だが、実際バルウィンは頼りになる。オーディスが最も信頼している男だ。彼は人付き合いも卒なくこなし広い情報網を持っている。剣術も才能があるし頭もいい。それだけの才能があるのに爵位が継げないのは惜しいと思う。


「適当にあしらった結果、それで後々恨まれても面倒だ」

「ふっ。確かに」


 バルウィンは他人事だと思って笑っている。


「みんな私の婚約者になれば楽ができるとでも思っているのか? 公爵夫人は着飾るだけでは勤まらない」

 

 彼女たちはオーディスとの婚約をゴールだと思っているように感じる。実際は婚約がスタートだろう。公爵家に相応しい振る舞いや知識を身に付けることをまったく考えていなさそうだ。


「そこまで現実的に考えられる女性は、そもそも身の程を弁えてオーディスにすり寄ってこないさ。オーディスはさながらブランド品だな。身に付ければそれだけで自分のステータスが上がる」

「自分のステータスを上げる目的で私の価値を下げられては困る。ウエーバー公爵家が侮られることになるのだから」


 ある日の放課後、いつものように令嬢数人に声をかけられた。断ったのにお茶に行きたいと付き纏われた。こんな風に迫られてオーディスが好意を抱くと本気で思っているのか。耐えられなくなりオーディスは走って逃げ出した。女性たちは追ってきた。


(執念深すぎる!)


 隠れるところを探しながら廊下を曲がる。誰もいないことを祈りながらそこから三つ目の教室に飛び込んだ。急いで窓際の大きなカーテンの裏に隠れた。教室に入った時に一人机に向かう女性の姿が視界に入ったが、追手の足音が近づいていたので隠れ直すのは悪手だと判断した。追手の女性たちが手当たり次第に教室の扉を開けてオーディスの名前を呼んでいる。もう、ホラーとしか思えない。


(勘弁してくれ……)


 とうとうこの教室にまで来た。ああ、万事休す。教室にいた女性がオーディスをかばうとは思えない。オーディスは絶望的な気持ちになった。


「こちらにオーディス様は来ませんでしたか?」

「いいえ。誰も来ていません」


 凛とした声が聞こえた。


「そう……ありがとう」


 女性たちはすぐに別の教室へ移動していった。オーディスはしばらく息を顰め音がしなくなるのを待った。そしてカーテンから出る。女性は書類を整理しているようだった。横顔がキリリとしていて理知的に見える。


「もう、行ってしまいましたよ」


 どうやら匿ってくれたようだ。ありがたい。


「……ありがとう。助かったよ」


 女性は手を止めると顔を上げて柔らかく微笑んだ。その微笑みに目が釘付けになる。


「どういたしまして。彼女たちは左側に行きましたから、帰られるのなら反対へ」


 オーディスはすぐに我に返ると会釈をして教室を出た。もちろん右へと向かった。

 すでに追手のことは頭にない。先ほどの女性は誰だろう。オーディスを冷やかすこともなく、また言い寄ることもしなかった。姿勢が綺麗で凛とした姿が強く印象に残った。 

 屋敷に帰ってもオーディスはその女性が気になって仕方がない。とはいえオーディスがあの教室を訪ねれば、きっと余計な噂が流れて迷惑をかけてしまう。

 翌日、バルウィンに相談した。


「その女性にどうしてもお礼が言いたい」

「それなら俺が調べてやるよ」

「すまない。頼む」


 バルウィンはオーディスを揶揄うことなくすぐに調べてくれた。でも顔はニヤニヤしていた。その日の放課後にはあの女性が誰だか判明した。


「バルテル伯爵令嬢ヴァネッサ様だ。いつも昼休みには図書室の隅で本を読んで過ごしている。礼を伝えるなら人目に付かない方がいいだろう?」


「そこまで調べてくれたのか?」

「俺は有能だからな」

「ありがとう。恩に着る!」


 バルウィンはウインクをすると片方の口角を上げた。

 ヴァネッサにお礼を言いたい。それは本当だが口実でもあった。オーディスは彼女の存在が気になって仕方がない。もちろん感謝の気持ちは大きいが、なぜそこまでヴァネッサを気にするのかは自分でもよく分かっていなかった。でも会えばきっとこの気持ちの正体を知ることができる。そんな気がした。



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