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6.プロポーズ

 ヴァネッサはベッドの中で自分を抱きしめた。そうやって泣くのを堪えるのが精一杯だ。家族の前で何もなかったようには振る舞える自信はない。

 だから体調がすぐれないと部屋に籠った。父や母、アデラが心配して声をかけてくれたが、寝ていれば大丈夫だといえばそっとしておいてくれた。

 明日にはいつもの自分に戻るから今だけ……。


 アデラがオーディスとのことを内緒にしていたのは悲しいし傷ついた。けれどそれを責める権利はヴァネッサにない。だって恋をするのは自由だ。それに昔アリーナのことを隠していたようにヴァネッサを気遣って黙っていたのかもしれない。いや、アデラはヴァネッサの気持ちを知らないから照れ臭かったのだろう。


 ヴァネッサはオーディスに自分の想いを告げることができなかった。彼には婚約者も恋人もいなかったのだから、告白をすればよかった。失恋したほうがきっと気持ちを切りかえられたはずだ。だけどヴァネッサは失恋が怖くて何もしなかった。だからこの苦しみは自業自得だ。


「オーディス様はウエーバー公爵家の嫡男で、バルテル伯爵家を継ぐ自分では彼のもとに嫁ぐことはできない」


 自分にかけた呪縛。ヴァネッサには子供のころから家を継ぐために毎日努力してきた誇りと意地がある。跡継ぎであるということがヴァネッサの存在価値であり心の拠り所だった。家を継ぐことにこだわり続けたのはヴァネッサだ。それに今更やめると言えば、そのシワ寄せはアデラにいく。アデラに跡継ぎ教育を強いるのは酷すぎる。


 もしヴァネッサの気持ちを今、アデラやオーディスが知れば困惑するだろう。不快にさせてしまうかもしれない。それに気まずくなりたくない。


(オーディス様への想いを忘れるのよ。それができないなら心の底に重石を付けてこの気持ちを深く沈めなくては。誰にも知られては駄目。絶対に隠し通さなければ)


 どちらも大好きな人。その二人が幸せになる。素晴らしいことじゃないか。

 それに二人が並んでいる姿は一対のお人形のように美しかった。凛々しいオーディスに天使のように可愛いアデラ。ヴァネッサよりもよほどお似合いだ。アデラは優しい子だからきっと彼のいい伴侶になれる。アデラの姉として、オーディスの友人として祝福しよう。


 思い返せばアデラは一年前から勉強を張り切りだしいつも忙しそうだった。学園から帰るといそいそと出かけていく。「どこに行くの?」と聞いても「ト、トモダチノトコロ……」とちょっと挙動不審だった。オーディスと会っていたのだろう。公爵家に嫁ぐために頑張って学んでいたのだ。アデラの努力に水を差したくない。

 ヴァネッサは静かに枕を濡らした。

 二人に心からの「おめでとう」を言いたい。でもそのためにはもう少しだけ時間が欲しい。


 翌日の朝、ヴァネッサはいつも通り朝食を家族と摂った。


(目も腫れていないし。大丈夫。私いつも通りにできている)


「お姉様。お体は大丈夫ですか?」

 

 アデラはヴァネッサを心配げに見つめた。


「ええ。もう大丈夫よ」


 ヴァネッサはアデラを安心させるように微笑んだ。アデラがホッとしたように笑った。

 ヴァネッサにとってアデラは愛する妹。この子が幸せになれるのならこの恋は封印できる。オーディスならアデラをきっと幸せにしてくれる。誰よりも妹を託すのに相応しい人。私は二人を心から祝福できる。一晩かけてそう自分を納得させたが、アデラの笑顔を見て改めてこれでよかったと思えた。


「よかったわ! それでお姉様。実はこれからお客様が来るの。お姉様にぜひ会って欲しくて」


 アデラはウキウキと浮かれている。両親も生温かい目で頷いている。


「これから?」

「ええ。そうよ」


 誰が? もしかしてオーディスが挨拶に来るのかもしれない。この様子だと両親は知っているのかも。ヴァネッサは無意識に胸を押さえた。心臓が絞られるようにぎゅっと痛む。いくら何でもそこまで心の準備はできていなかった。上手く取り繕えるのか。笑えるのか。


 馬車の音が聞こえた。屋敷の中まで聞こえるのだから立派な馬車だ。アデラが嬉しそうに足取り軽く出迎えのために玄関に向かう。ヴァネッサは深い呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせた。

 今から心からの笑顔を二人に――――。でも心は泣きそうだ。

 アデラの案内で正装姿のオーディスが現れた。


(やはり今日オーディスは正式にアデラに婚約を申し込むのね)


 絶望的な気持ちで初恋の人が自分以外の女性に贈る大きな赤い薔薇の花束を抱えているのを見つめる。オーディスの姿は幼いときに読んだ大好きな絵本の中の憧れの王子様のようだった。見惚れてしまいそう。でもアデラのための姿だと思うと切ない。


「ようこそ、ウエーバー様」


「久しぶりだね。ヴァネッサ様」


 心臓が大きく跳ねる。オーディスが初めてヴァネッサの名前を呼んだ。こんな形で家名ではなく名前で……。


「お、お久しぶりです」

 

 声が震えないように必死だ。果たして上手く笑えているだろうか? アデラはオーディスをじっと見ている。その姿に胸が軋む。オーディスの顔は緊張で強張っているように見える。

 オーディスは一度アデラに向かって大きく頷くと、ヴァネッサの前に跪き手に持っていた薔薇を恭しく差し出した。そして凛とした声で言った。


「ヴァネッサ様。あなたが好きです。どうか私と結婚して下さい」


「………………はっ?」


 口から出たのは疑問符付きの間抜けた声だった。ヴァネッサの頭の中は疑問符だらけだ。アデラを見れば満面の笑みでヴァネッサに向かってガッツポーズをしている。これは一体……どういうこと? オーディスはアデラにプロポーズをしに来たはずではないのか。でも私の名前を呼んで、それで……。


「オーディス様………………これはどういうことでしょうか?」


 ヴァネッサはいつも心の中で彼の名前を呼んでいた。でも実際に呼んだことはなかった。でも今、驚きのあまり無意識に名前を呼んでしまったがそれに気付いていない。


 ヴァネッサは現状が把握できず、喜ぶことも返事をすることも忘れて呆然とするだけだった――。



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