4-20 覚悟
いつも通りの時間──じゃないな。少し早い。
普段より少し早く目を覚まし、体を起こす。
「……緊張なんて、しないと思ってたのにな」
ボソッと、誰にも聞こえないような声で呟く。
前世も含めればもう二十歳を超えている。
前世でイベントだの発表だのは経験してるからか知らないが不思議とこれまでは緊張なんてしなかった。
でも多分、今回は違う。
これまで経験したことのないイベント、これまで悪、罪と教えられてきたことを衆人環視の中、明確な意思を持って行うのだ。
前世の教育の成果か罪悪感か、私の中の何かがそれは良くないことだと引き止める。
もちろんこれまでの成果の発表会と考えれば楽しみでしかない。これまで積み上げてきたものを試せるんだから今すぐにでも行きたいという思いもある。
けど、その過程で誰かを傷つけるという可能性を孕んでいることが嫌なんだろうな。
こればっかりは現代人の悪いところだ。いつまでたっても覚悟ができない。
この世界に住む人は場所にもよるが常に命の危険に晒されているんだ。そんな中、他人を傷つける覚悟ができてないやつは半人前も良いところという風潮がある。
もちろん無駄な血を流さないことに越したことはないという考えが一般的だ。
しかしそれ以上に他人の利益ばっかり優先して自分を守れないやつは半人前どころか見習い以下という考えの方がこの世界の一般常識だ。
だからこそ、他人を傷つけたくない。狙うのは無傷かつ武器破壊や強奪による戦闘不能のルール上の勝利。
一般の生徒相手ならこれで十分勝てると言い張れる実力と自身がある。
……一般の生徒に対しては、だけど。
もちろん完全な勝利は狙う。
けどどうしても無理そうなのが残念ながらいる。
自信があるだけに、その一部に対してやりたくないという気持ちが浮き彫りになる。
いや、相手もちゃんと積み重ねてきたんだから当たり前だ。そんなことを考えるのは傲慢も良いところだ。
それにやらなきゃやられるのは私だ。
「……覚悟、決めなきゃな」
「さあ始まりました『ランドラ魔闘大会』二日目!昨日の勝者二十二組に加えて上位魔術師、戦魔術師クラスを加えて試合が行われます!あ、その二クラスを書き加えた対戦表が正門前に掲示されてるのでまだ見てない方はそちらへどうぞ」
あ〜朝からやかましい。
魔道具のせいで頭に響くからもうちょっと声のボリューム抑えてほしい。
「まあそんなことは置いといて今年のくじでは特別クラスが勝ち進めば決勝で当たる奇跡的な組み合わせ!対戦表の真逆に位置するので本日の最初と最後の試合は特別クラスの試合です!その実力を十全に発揮し勝ち進むか、大番狂わせが起こるか楽しみですね!」
「はい!今日の始まりと終りにふさわしい試合をしてくれると信じてます!」
やめろ、そんな注目を集めるようなこと言うな。
目線が痛いから、ほんとやめて欲しい。
ほんとなんで英雄嗜好の人ばっかり集まってるんだよ。
「それでは始まりの挨拶はこんなもんでいいでしょう!それでは出場選手以外は退場してください!そして戦魔術師クラスの皆さんと対戦相手の選手は準備してください!」
逃げるように選手専用の控室に引っ込む。
もう目線が痛くてしょうがない。
「はぁ〜。ほんっとやめて欲しい」
「だね……」
「けどあの解説なら勝てば俺らが、負ければ相手があの解説を受ける役になるんだ。どっちにしろ誰かがその役は背負わないといけないんだから気にしないほうが良い」
マルクから気負いすぎるなと励まされる。
でも誰かがその役をしなきゃいけないって事自体が嫌なんだよな……
「ま、仕方ないよ。準備しよ!」
「だな」
「……わかった」
軽く伸びをし、ストレッチをする。
サポーターを身に着け、指先だけ出るタイプのグローブを装着する。
そして仕込みの一つの指輪をつける。
剣、仕込んだ小道具の状態は良好。使うことはないと思うか確認するに越したことはない。
メインで使う剣を腰に佩き、圧縮した剣をポケット、手首、ペンダントに偽装して首に掛けて仕込む。
服装も完璧。制服なのは置いといて見栄えは良いし小道具もバレないだろう。
装備品の準備は完璧。
あと、準備ができてないのは、覚悟だけ。
目を瞑り、頬を叩き、深呼吸をする。
葛藤を抑え、一番優先するのは自分の体と勝利であって相手ではないと言い聞かせる。
数十秒座り込んだまま、そんな考えを頭の中で巡らせる。
「……よし、行こう」